ああ、もうこれ、決定なんですね……私の意思など、無視なんですね……。

 そう私が項垂れていると、先程よりも真剣さが滲んだ声音で、先輩に話し掛けられた。

「それからハトちゃん。美化委員の仕事をしていく上でもそうだけれど、君はもう少し疑うということを覚えた方が良い」

「疑うこと、ですか?」

「君は二度も続けて『はずれ』くじを引くなんて、そのような偶然がそうそう起こり得ると思うのかい? 二、三人という少人数での確率ではないのだよ? 二十人、三十人という人数にて行った中で引き当てる。それがどれだけの確率で起こることなのかを、結果だけに流されず考えてみてほしい」

「え、えっと……」

 数学はちょっと……。

「滅多にないこと、ということは察しました。なんとなく、ですけど」

「ははっ、そうか。きっと君には、プラシーボ効果が覿面てきめんに現れるのだろうね」

 硬い声音から一転。先輩は、楽しそうに笑った。

「プラシーボ効果、ですか?」

「聞いたことはないかい? たとえるなら、腹痛を訴える者に胃薬だと言って、ただの飴を渡すとしよう。渡された人間は、胃薬だと信じて飴を口にする。すると不思議なことに、それだけで胃痛が治るというものだ。暗示操作だね」

「暗示操作……」

「疑うことを知らず、そうだと信じ思い込むこと。与えられた情報だけを鵜呑みにして、考えることすらしない――とはいえ。そうやって今まで生きてこられたのならば、それはそれで幸せなのかもしれないね」

「先輩?」

 くすりと口元で笑ってみせる先輩。

 しかし私には、どこか寂しげに見えた。

「ということだから、ハトちゃんは詐欺に遭わないよう気を付けることだね」

「さ、詐欺ですか?」

「いや、実は気が付いていないだけで、既に遭っているという可能性も……?」

「お、脅かさないでくださいよ!」

「あはは、すまないね。しかし、本当にオレゴンの渦のような出来事だった」

「お、おれ? 何ですか?」

 そういえば昨日、そんな単語を耳にしたような……?

「おっと、そろそろ時間だね。鳥ノ森学園の生徒たるもの、授業に遅れてはならないよ。ましてや君は、美化委員の副委員長なのだからね」

 予鈴が校内に響き渡る。

 なんて真面目な生徒か。言っていることが、まるで風紀委員か生徒会執行部のようだ。

 と思考している間に、先輩は早足で去って行ってしまった。

「ちょっ、まだ話が……って、早い……」

 手を振りながら行ってしまった白衣をやむなく見送って、私は階段を上って自身の教室を目指した。

 私も美化委員になったのだ。ターゲットになるような真似だけは、避けなければ。

 そんなことを考えながらも、すたすたと競歩のごとく歩き去って行った背中を思い出し、私はくすりと笑みを零すのだった。

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