ケーキと機嫌
気まずい! 気まずい! びっくりするほど気まずい。
ホークが、すぐ後ろの席で座っている。アルテは気に……は、ならないか。同僚だし。
でも私は気になってしょうがない。一緒の席でもそれはそれで気まずかったかもしれないけど。
「リリーナ食わないのか?」
ケーキがきたけど、昨日と違って、見られているというたったそれだけで世界が一変した。昨日した、「半分こ」とかどう考えてもカレカノのデートじゃないですか! 今日も? 無理です! 知らない人ばかりだと思ってた昨日とは違うのです!!
「食べます。だけど、今日はそれぞれで食べましょう」
そうアルテに伝えると、彼はしょんぼりとしょげてしまった。
あぁ、何で私が罪悪感に苛まれないといけないの?
でも、そうか。もしかして、ホークはアルテのことが好きで、なのに私がくっついてるから「嫌い」って思ってるのかもしれない。なんて、考えると彼女が昨日言った言葉はすとんとピースがはまる。
【アルテを想う人】
私はまだ出会って少ししかたってない。だけど、アルテに惹かれてしまったのだ。他にも彼を好きになった人がいてもおかしくないよね。
ふぅと、タメ息をつくと、アルテがまたあの雑な半分の大きい方を私のお皿に置いた。
「ちょっと、だからさ……」
「いいから、昨日みたいに笑ってくれよ。でないと、俺が困る」
「困るって……」
うーん、難しい事を言うなぁ。本当に。
「まったく、切るならこうしてね」
そう言って、私は綺麗に切り分けたケーキの片方をアルテに渡した。
彼は「知ってるぞ」と言って、かかっと笑った。
つまり、これはわざとですか。
◇
「では、私はこれで」
「おぅ」
え? え?
家に戻ると、ホークはお辞儀をしてどこかへと歩いていった。
「どういうこと?」
「いったん、ルミナスのとこに戻るんだろう。報告を兼ねてな。すぐ戻ってくる」
「晩御飯とかは?」
「ん、一緒がよかったか?」
「あ、えっと」
「いくら女同士でも、急に仲良くなんて出来ないだろう」
はい、というか嫌われてるそうです。
「俺が動けないから、色々彼女に動いてもらうつもりなんだ」
繋いだ手を持ち上げながら、アルテは言う。
何ですか、その、地獄の鬼のような仕打ち。別にホークの気持ちが確定したわけじゃないけど……。
「アルテは……」
「ん?」
この鈍感!! と、叫びたい気持ちを抑え私は口をきゅっと閉じた。
「今日何作る予定?」
「そうだなー。炒め野菜と肉だな。肉」
「お肉、焼くの難しい?」
「お、やってみるか?」
「うん」
頷くと、そのままキッチンへと連れていかれた。
「そうそう、そこで裏返す!」
「はい!」
「ちょ、まてっ、あーーーーーー」
お肉がぐにょりと変な形で折れ曲がる。
「失敗……」
「いいから、ほらもう一度。こうやってだな」
今日は、上から手を添えられて教えられた。ドキドキしてたのがバレないといいけど……。
いつか、上手く出来る日がくるのかな。
明日はもう、レースまであと一日だよね。
腕輪の戻し方も探さないと。アルテは探してるのかな。もしかして、ホークにお願いしてるとか?
「おい?」
「あ、ごめんね」
「大丈夫か? 一日ぼーっとしてる事が多かったが」
「何でもないよ」
私は、焼き上がったお肉を自分の口に放り込んだ。
「アルテが焼いた方が美味しいね」
「何言ってんだ。美味いぞ。また焼いてくれ」
真っ直ぐにこちらを見て、言ってくれた。
優しいね。お世辞とわかってるけれど、そう言ってくれる彼はとても大人に見えた。
はぁ、子どもっぽいな。私――。
◇
明かりが消えて、目を閉じる。でも、なかなか眠れない。
私は、アルテの手を少しだけ引いてみた。
「アルテ」
すぐに、彼は返事をくれる。
「なんだ?」
「ホークさんのことってどう思ってるの?」
「……意味がわからんぞ?」
メイラの時と違って、私は普通に聞いてしまった。けれど、意味がわからないと言われ困ってしまう。
「えっと、アルテはホークさんといつから知り合いなの?」
「あー、アイツとはそうだな。子供の頃から知ってる。昔からあんな感じのヤツだぞ」
「そうなんだ。幼なじみってこと?」
「そうだな。まあ、それに近い。アイツは小さい頃からルミナスの付き人になるために男になるっつって、あんな髪にしてるんだ」
「えっ」
それじゃあ、もしかして、ホークは……。
「今やっと願い叶って、側にいられるのに、ルミナスから借りちまって悪いなとは思ってるよ」
「それで……」
「もしかして、何か言われたのか?」
「あ、ううん」
「二人ともピリピリしてるなとは思ってたんだ。すまなかった」
アルテ、気がついていたんだ。それで、あのケーキだったのかな。
「そっか、そっか」
「何だ?」
「ううん、こっちのこと」
どうやら、私の恋愛レーダーがポンコツだったみたい。
ホークはルミナスのことが好きだったんだ。
「一人で納得されても俺がわからないんだが」
「ごめんね、私の勘違いだったみたい」
「む……、そうか」
「おやすみなさい」
納得がいかなそうな声がしたけれど、私は会話をそこで終わらせた。
「あぁ、おやすみ」
目を閉じた私の耳に、低くて優しい声が届いた。
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