第59話
冒険者ギルドで複数の仕事を受けた僕は、女剣士を連れて街道を進んでいた。
目指す場所は街道を外れた、『ハンター間道』を通った先にある、『風の峡谷』だ。
「本当に私が倒せるの? レベル18の魔物が沢山いるんだよ」
「たったレベル18にビビる方がおかしい。お前はトドメを刺せばいいだけだ」
「うん……」
僕の後ろを歩く女剣士は、不安そうにしている。
話を聞く限りでは、自分のレベルと同じレベルの魔物を倒すのが一般的で、自分よりも格上の魔物を倒す場合は、その魔物と同じレベルの冒険者に手伝ってもらうそうだ。
つまり今回は、僕がその凄腕の冒険者役をすればいいという事だ。ならば、問題は何もないじゃないか。
「ここを左に進んで、森の中を登ればいいんだな?」
「分かんない。こっちに来た事ないから……」
「ふぅーん……まあ、マップ通りに進めば大丈夫だろう」
女剣士に聞いてみたものの、道案内の当てにはなりそうにない。
神フォンのマップを見ながら、進むしかないようだ。
街道といっても、結構幅広い。
普通に街から町に進む場合は、時々地面に立っている看板を頼りに進めばいい。
それに地面も草木が刈り取られているから、普通の道なら分かりやすい。
でも、脇道になると途端に難しくなる。
看板も立っていなければ、木や草が生い茂っている。
この先にハンター間道の入り口があるようだけど、今通っているのは腰の高さまで伸びている雑草地帯だ。
紳士的なダークエルフである僕は、ヒュンヒュンと剣を振って、女剣士の露出した太腿が雑草達に傷モノにされないように、頑張って雑草達を退治している。
「ふぅー、もう少しで入り口に着くからな」
「うん、ありがとう……」
僕の優しさと頑張りを後ろから見ている女剣士は、きっと今日も家に泊めてくれるはずだ。
ついでに剣術のトレーニングにもなる。
雑草を剣で倒しまくれば、初級剣術ぐらいは習得できるかもしれない。
好感度アップと戦闘能力アップの、まさに一石二鳥だ。
「ねぇ、本当に私も行かないと駄目なの?」
「んっ?」
やっとハンター間道の入り口を見つけたのに、女剣士はその場から動こうとしない。
ここに来るまで、ずっーと元気が無かったけど、僕も無理やり連れて来た訳じゃない。
女剣士がレベルアップしたがっていたから、連れて来たんだ。
「レベルアップしたいんだろう?」
「それは、まあ、したいけど……」
「だったら、雑魚を倒すよりは、自分よりも少し強い魔物を倒した方が効率がいい。お前は弱った魔物を安全な距離から、魔法でトドメを刺せばいいだけだ。簡単だろう?」
「そうだけど……」
目指す風の峡谷に辿り着くには、難関エリアであるハンター間道を通らなければならない。
女剣士はこのハンター間道にビビりまくっている。
確かにこの間道に出現する魔物三種類は、女剣士の話を聞く限り強敵だと思う。
けれども、恐れていては何も出来ないはずだ。
一応、間道という事で道は整備されているし、ノイジーの森のように獣道を進むような事にはならない。
足場はちょっと勾配があって、不安定かもしれないけど、見通しはそこまで悪くはない。
上空から虎蜂二匹、地上からワイルドボア一匹に援護してもらえば、勝てない魔物はいないはずだ。
「とにかく行くぞ。それに何を心配する必要があるんだ。俺が魔物に殺される方が助かるんじゃないのか? 俺が魔物にやられたら、お前は自由だ。街に急いで戻って、今まで通りに暮らせばいい。ほら、行くぞ」
「そうだね。今日は何だか凄く優しいね。別人みたい」
「これが俺の普通だ。いきなり攻撃して来なければ、俺も危害を加えるつもりはない。初めて会った時の闘争心はどこに消えたんだ?」
こんな所でグズグズしている時間はない。
僕は女剣士の左手を右手で強引に握ると、緩やかな山道を一緒に登り始めた。
この最強さんが、大量にいるモブ魔物如きに負けるはずがないだろう。
「でも、本当に気をつけた方がいいよ。街の近くで一番強い魔物が住んでいるのは、ここなんだから」
「ああ、そうだな……」
ハンター間道に生息する魔物は三種類だけで、そのどれもが強力な固有能力を所有しているそうだ。
獲物を粘着性の糸で拘束して動けないようにする、『サソリ
森の植物に擬態して、近づいて来た獲物を奇襲する、『カラフルキャット』。
胴体から生えた二本の手で物を掴んで投げつける大蛇、『ツーハンドスネーク』。
でも、僕の目と神フォンさえあれば、奇襲を受ける事は、おそらく絶対にない。
すでに神フォンのマップが複数の赤色点滅を捕捉している。
まずは適当に半殺しにして、使えそうだったら、お友達交換だ。
「見つけた。お前は危ないから、下がっていろ」
「うん、分かった……気をつけてね」
「……」
間道を少し外れた先に魔物がいたので、マップの赤色点滅を頼りに探してみた。
そして、茶色の大きなサソリ蜘蛛を見つけてしまった。
大きさは縦横百二十センチ、高さ七十センチ以上はありそうだ。
友達枠に一匹分空きがあるので、倒すつもりはない。
まずは僕と友達だけで半殺しになるまで攻撃する。
【名前=サソリ蜘蛛。種族=蜘蛛獣族。レベル=18。
HP=5100/5100。MP=507/507。
腕力=257。体力=405。知性=145。精神=168。
重さ=普通。移動速度=普通。経験値=35。換金エル=45。
固有能力=『粘着糸』】
サソリ蜘蛛という名前なのに、見た目はほとんど大きなサソリだ。
それでも、六本の足からは蜘蛛のような微細な毛が沢山生えていた。
女剣士の話通りならば、釣り針のような曲がった尻尾から、蜘蛛の糸を発射するそうだ。
警戒するとしたら、多分、そこだけだ。
「お前達は上空を飛び回って、あいつの注意を引きつけろ。尻尾から飛び出す糸には気をつけるんだぞ」
『『ビイイ!』』
まずは二匹の虎蜂を影から出した。
二匹は羽音が煩いので、サソリ蜘蛛の上を飛んでいれば、蜘蛛糸の的になってくれる可能性がある。
そして、上空に意識を向けてくれれば、下への注意がお留守になる。
僕は地魔法の攻撃範囲である十メートルまで、サソリ蜘蛛に気づかれずに接近すると、地面に左手をついた。
「〝突き抜けろ、地の咆哮〟」
『シュピッー⁉︎』
ガァンと地面から突き出した岩棘にサソリ蜘蛛は弾かれた。HPダメージは905だった。
「硬いな……」
予定では胴体に突き刺さって、身動きが取れないところをボコボコにするつもりだった。
でも、そうはいかないらしい。
レベル差が原因なのか、それとも、身体が想像以上に硬いのか……。
とりあえず、HPダメージは与えられている。いつも通りに集団リンチで友達にしよう。
「こっちだ!」
『シュピ‼︎ シュピ‼︎』
岩棘の犯人を探しているサソリ蜘蛛の前に、僕は大袈裟に飛び出した。
すぐにサソリ蜘蛛は僕に気づくと、両手のデカいハサミを振り上げて向かって来た。
計算では、虎蜂の攻撃二発、僕の攻撃三発で友達に出来る。
他にも方法はあるけど、チマチマ小石でHPを削るのは面倒だ。
『シュピー‼︎』
「んっ⁉︎ セイッ‼︎」
サソリ蜘蛛の尻尾が動いたと思ったら、尻尾の先端から、六角形の白い蜘蛛の網糸を発射して来た。
素早く剣を横に振り払って、ボフッ‼︎ と飛んで来た蜘蛛の網糸を剣にくっ付けた。
蜘蛛糸は切れないけど、わざわざ回避する必要はなさそうだ。
蜘蛛糸を飛ばして来たら、剣にくっ付ければいい。
『シュピー‼︎』
「ふっ……ヤァッ‼︎」
『シュピッ⁉︎』
サソリ蜘蛛が左ハサミを振り回して来たので、後ろに軽く飛んで回避する。
回避後に剣を振り上げ、素早く前に進んで、左ハサミに振り下ろした。
ガァン‼︎ とまるで金属のような硬さだけど、HPダメージは通常通りだった。
「くっ! ぐっぐぐぐ、取れない!」
でも、予想外の事が起きてしまった。剣が左ハサミにくっ付いて離れない。
刀身に付いている蜘蛛糸が、強力ボンドのように、くっ付いている。
『シュピー‼︎』
「うわぁー⁉︎」
サソリ蜘蛛の右ハサミが、僕の胴体を目掛けて、素早く振り払われた。
慌てて回避したものの、剣は左ハサミに奪われてしまった。
「やっぱり……トオル! 危ないから離れて!」
「なっ⁉︎ あいつ……」
女剣士の声が聞こえたと思ったら、僕の言いつけを守らずに木の陰から飛び出していた。
そして、右手に持っている剣の剣先は、サソリ蜘蛛に真っ直ぐに向いている。
僕がやられそうだと思って、加勢するつもりのようだ。
まったく余計な事を……。
「〝渦巻け、炎の咆哮。ファイヤーロアー〟」
女剣士の魔法の詠唱と共に、剣の刀身は真っ赤な炎の渦巻きに包まれる。そして、一気に剣先から炎の渦巻きが発射された。
『シュピッ~~~⁉︎』
ヒューン、ゴオオォォォ‼︎
刀身から発射された直径一メートルの炎の渦巻きは、十三メートル離れた先にいるサソリ蜘蛛の全身を、容赦なく焼きながら通過していく。
炎が通過すると、左ハサミにくっ付いていた僕の剣が、カランと地面に落っこちた。
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