第42話

「ハッ! もしかして、トオルさん……そんなぁ……やだぁ」

「うっ……」


 アルアが僕のもっこりはんを見ながら、口を押さえて驚いた顔をしている。

 どうやら、完全に気づかれたようだ。もう言い訳は不可能だ。


「すみません。我慢できずにお風呂場の音を拝借しようとしました。煮るなり、焼くなりしてください! 奴隷にもなります。その代わり、どうか、どうか追放だけはお許しください!」

「トオルさん……」


 僕は水色髪の美少女に土下座して頼んだ。

 哀れみの視線が後頭部に降り注ぐけど、そんなのはいつもの事だ。

 もしも、この事が町の人達に言い触らされたら、僕は町から追放されてしまう。

 そうなれば、路上生活に戻されて、食糧も手に入らなくなる。

 そうなったら、村を襲う野盗になるしかない。

 それだけは奴隷になってでも、何とか阻止しないといけない。

 むしろ、奴隷にして罰を与えて欲しい。


「分かりました。この事は二人だけの秘密にしましょう」

「ありがとうござい」

「——待ってください。まだ、話は終わっていませんよ」

「へっ?」


 誠意が通じたのかと思って、お礼を言おうとしたけど、素早く右手を突き出されて、発言を制されてしまった。

 やっぱり、そう簡単にはいかないようだ。

 焼かれるのは嫌だけど、奴隷になるのは大歓迎だ。

 むしろ、やっぱり奴隷にして欲しい!


「こほん。許すのは、トオルさんが一週間以内に初級魔法の火・水・風・地を習得して、使いこなせるようになった時です。才能の無いのぞき魔は町には置けませんが、才能の有るのぞき魔ならば、少しは我慢できます」


 可愛らしく咳払いした後に、アルアは四属性魔法習得を、追放処分免除の条件として言ってきた。

 もう水と地は習得しているので、残りは火と風だけだ。だったら楽勝かもしれない。

 呪文さえ分かれば、二つ合わせて、十時間もあれば習得できる。

 もう免除されたのも同然だ。


「ちょっと難しいかもしれないですけど、残り三種類です。頑張れば町に残れますよ。やってみますか?」

「はい、頑張ります! よろしくお願いします、師匠!」

「師匠はやめてください。アルアでいいですよ。では、早速始めましょうか。どの属性から挑戦しますか?」

「えっーと……」


 当然、地魔法を習得した事は話さない。

 わざわざ難易度が上がる情報を、話す意味が分からない。

 だとしたら、残りは火と風だけだ。

 ここは基本中の基本である、火から習得してみよう。

 覚えられれば、町から追放されても、とりあえず、火起こしするのは楽になる。


「火からお願いします」

「分かりました。じゃあ、まずは広場に移動しましょうか。ここだと狭いですからね」

「はい!」


 アルアと一緒に、アクセサリー屋と冒険者ギルドの建物の間から抜け出して、広場に移動する。

 チラッと僕の家の前を見たら、ダミアがいなくなっていた。

 岩棘はあるけど、丼は無くなっているから、復活して自力で抜け出したのだろう。


「ここにしましょうか」


 広場の中心、ちょうど冒険者ギルドの前でアルアは立ち止まった。

 手には杖のような物は持っていないから、道具は必要ないみたいだ。

 

 気の所為か、カウンター越しに三つの建物から視線を感じる。

 レクシー、マニア、リーベラの誰かが見ているのかもしれない。

 修業中、事故に見せかけて、アルアに変な事は出来ないという事だ。

 

「まずは魔法を使う方法を説明します。トオルさんは魔法を使うには、三つの方法がある事は知っていますか?」

「えっーと……」


 アクアの服装は白のスクールシャツの上に、クリーム色のカーディガンを重ね着している。

 紺色と白のチェック柄のハーフパンツを履いていて、胸元には同じ柄の大きなリボンがつけられている。

 まるで制服を着た同級生の美少女と、一緒に勉強している気分だ。

 でも、今は先生と生徒の立場なので、真剣に答えないといけない。

 多分、答えは呪文詠唱と無詠唱だと思う。そして、残る一つは魔法アイテムだ。


「呪文詠唱と無詠唱と魔法アイテムですか?」

「う~~~ん、魔法アイテムはちょっと違うんですけど、一応は正解です。正解は、呪文詠唱と魔法詠唱と無詠唱です」


 困った顔をしながら悩んだ末に、正解にしてもらった。

 アルア先生のチョロ甘い採点に助かったけど、ちょっと違ったみたい。


「えっーと、呪文詠唱と魔法詠唱は違うんですか?」


 僕は違いの分かる男じゃないので聞いてみた。

 コーヒーの微糖と無糖は、ほとんど同じ味がするのだ。


「ええ、違いますよ。トオルさんが使う水魔法の呪文詠唱は、『叫べ、水の咆哮』ですよね?」

「はい、そうです」

「それとは別に、魔法の名前があると思いますよ。それが魔法詠唱です」


 えっーと、つまりは、『アクアロアー』と叫べば魔法が使えるという訳か。

 まあ、呪文詠唱が十文字で、魔法詠唱が六文字だから、ちょっとだけ早く発動する事が出来る訳か。

 う~~~ん、今のところは、そこまで必要じゃない技術かな。


「ちなみに呪文詠唱が一番難易度が低くて、魔法詠唱、無詠唱と難易度が上がっていきますよ。嘘だと思うなら、魔法詠唱で魔法を使ってみてください」

「分かりました。〝アクアロアー〟」


 シーーーン……いつもと同じように右手を突き出して叫んでみた。何も出なかった。

 これは恥ずかしい。魔法が使えないのに、魔法を使おうとする厨二病患者と同じだ。

 でも、本当に難易度が上がったみたいだ。

 一万回言えば使えるだろうか? それはちょっとキツイ。


「もしかして、魔法詠唱と無詠唱が使えないと追放ですか?」


 少しだけ落ち込んだ表情でアルア先生に聞いてみた。

 チョロ甘先生ならば、合格点を下げてくれるかもしれない。


「フッフフフ。それはちょっと難しいので、また今度です。呪文詠唱で四属性使えれば合格ですよ」

「ほっ、良かったです。僕の実力だと三つの呪文詠唱だけでも難しかったです」

「そんな事ないですよ。トオルさんなら、すぐに覚えられます。それとも、もう覚えていたりして……あんな風に」

「えっ?」


 笑顔のアルア先生が、僕の家の方向を真っ直ぐに指差している。

 何の事を言っているのか分からないけど、指先が指しているものを探して見た。


「あっ……」


 ある物を見つけてしまった。

 アルアは正確には家を指差していた訳ではなかった。

 家の前にある、岩棘を指差していたのだ。

 

「あれって、初級地魔法ですよね? この町で魔法が使えるのは、私とトオルさんだけです。でも、私はあんなものを出した記憶が」

「——申し訳ありませんでした!」


 もうそれ以上は何も言わなくていいから、分かっているから……。

 そんなラブコメ主人公気分は一切無いけど、全てを察した僕は、アルア先生の前に素早く土下座した。


「別に怒っていませんから。トオルさんはノゾキ魔で嘘吐きなだけなんですよね? 火と風の呪文を教える必要ありますか? もう使えるんですよね?」


 ニコリ♪ ひぃぃ‼︎ 笑顔が怖い!

 駄目だ。もう信用度は地に落ちたようなものだ。

 取り返しがつかないかもしれない。

 でも、やるしかないんだ。


「本当です! 本当に使えるのは、水と地の魔法だけなんです! お願いします! 見捨てないでください!」

「どうしようかなぁ~?」

「うっ……」


 土下座腕立てと言ってもいいぐらいに、何度も頭を上げては下げてを繰り返して、謝り続けた。

 くそぉー、僕がこんな惨めな目に遭っているのは、全てはダミアの所為だ。

 朝から変なトロロそばを食べさせた所為だ。


「あっ♪ そうだ、こうしましょう! トオルさんが魔法を覚える試験はなかった事にします。覚えているかもしれない魔法を、試験に出しても意味ないですからね」


 アルア先生が、何か良い案を思いついたようだ。

 ここで素直に正直に、「本当に火と風は覚えてません!」と言っても、嘘吐きの言葉は信用されない。

 アルア先生が、何か思いついたのならば、それをやるしか僕には選択肢はないのだ。


「トオルさんには、私が指定した強力な魔物を倒してもらいます。一週間以内にです。私としては、魔法が使えるのはどうでもいいんです。冒険者として、魔物を倒せる実力があればいいんですから」


 ほっ、意外と楽な試験で助かったかもしれない。

 魔物退治ならば、友達に代わりにやってもらえばいい。


「分かりました。どんな魔物でも言ってください! 僕がいざとなったら、頼りになる男だと証明してみせます!」


 土下座をやめて、素早く立ち上がると僕は胸を張って答えた。

 ドーンと来いだ!


「フッフフフ。その言葉が嘘にならないといいですね。倒して欲しい魔物は『クラーケン』です。ノイジーの森を出て、北側に少し進めば海に出ます。あとは神フォンの矢印の方向に向かえば、見つけるのは簡単ですよ」

「クラーケンですか……分かりました。任せてください!」

「はい、任せました。頑張ってくださいね」


 新しい試験内容を発表すると、アルア先生はアクセサリー屋に帰って行った。

 クラーケンは、確か巨大なイカの怪物だったはずだ。

 虎蜂だと水中戦には向いてないから、友達を水中戦が可能な魔物に変えないとな。

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