第39話

「じゃあ、あとはよろしく。危なくなったら、回復アイテムを置いていくから使うんだぞ」

『『『ビイイ!』』』


 ノイジーの森に虎蜂三匹を残す事にした。

 回復アイテムを九本置いて、僕はコルヌコピアイの町に帰る。

 確か昆虫の睡眠時間は一日二時間個人的希望ぐらいだったはずだ。

 僕が町で休んでいる間も、虎蜂三匹には森の魔物を倒して回ってもらう。

 つまりは睡眠学習だ。寝ている間にレベルアップが出来るという訳だ。

 

 とりあえず、HPが減った時用に回復アイテムを九本も置いてある。

 僕無しでも、三対一で森の魔物達を蹂躙できるはずだ。

 安全対策もバッチリなので、安心して任せられる。

 さっさと町に帰って、夜ご飯を食べて、軽く初級土魔法を習得しよう。


「麺類は飽きたし、たまには贅沢してマーボーカレーにするか」


 晩ご飯を考えながら、神フォンのホームをタッチする。

 僕の身体は光に包まれていく。しばらくすると閃光を放って、町に転送された。


「ふぅー、やっぱり帰れる家があると落ち着くよ」


 コルヌコピアイの町にも夜があるようだ。町の中がノイジーの森に出掛ける前よりも暗くなっていた。

 やっぱり野宿生活から解放されると精神的な余裕が生まれる。

 今も森で残業中の友達三匹には悪いけど、僕は温かい食事を食べてから、温かいベッドの中で眠る事にする。


「食堂に行く前に、虎蜂のクエストが終わっているから、ギルドに行かないとな」


 虎蜂十匹の討伐報酬は240エルと少ないけど、今日だけでも二十匹も倒した。

 クエストが再受注可能ならば、寝ている間に虎蜂達がクエストを達成してくれるはずだ。

 ちょっとして小銭稼ぎが出来るかもしれない。


「すみません、マニアさん。クエストが終わりました。報酬を受け取りに来ました」


 クエスト嬢のマニアにカウンター越しに話しかける。

 前と一緒で書類の束を眠たそうな目で捲っていた。

 もしかすると、書類を捲るだけの仕事なのかしれない。


「んっ? 意外と早かったね。どのクエストが終わったの?」

「虎蜂です」

「りょ。じゃあ、神フォンを渡して。チェックするから」

「分かりました」


 受付カウンターにやって来たマニアに、言われた通りに素直に神フォンを手渡した。

 画面をタッチして、何やら調べているようだけど、イヤらしい動画の閲覧履歴はないので、何を調べられても困る事はないはずだ。

 

「ふむふむ……ほぉー……」

「何を調べているんですか?」

「んっ? 換金済みの魔物と収納している魔物をチェックしているところ。報酬が欲しいなら、魔物を倒したら必ず収納しないと駄目だよ」

「なるほど。なら、問題ないです」


 倒した魔物は全て収納済み、換金済みだ。

 これで換金した魔物の数は討伐数に入らないとか言われたら、軽くショックだ。

 そういう重要な情報があるなら、初めに言って欲しい。


「りょ。虎蜂二十匹を換金しているみたいだから、報酬はクエスト二回分で480エルになるよ。はい、報酬は神フォンに送ったから返すね」


 マニアから返された神フォンのエル残高を調べたら、確かに報酬分が追加されていた。

 初クエスト達成なんだけど、あまり喜びはなかった。

 まあ、大した報酬じゃなかったし、僕はほとんど見ていただけだから、そうなるでしょう。


「ありがとうございます。同じクエストを再受注したいんですけど、出来ますか? また、虎蜂のクエストを受けたいんですけど」

「再受注? ……あっ、それなら必要ない。一度受注したクエストはそのまま使い続ける事が出来るから。何度も同じクエストを説明して、受注する手続きは面倒でしょう。私が」

「あっはは……確かに面倒ですよね」


 再受注する必要がない事は分かったけど、マニアは明らかに、この仕事に対してやる気がなさそうだ。

 眠そうな目が今すぐに眠りたいと訴えてきている。


「そっ。だから、最低でも報酬が1000エル以上になってから来て欲しい」

「うっ、すみません。次からはそうします」

「りょ。あと営業時間は午前九時から午後六時までだから、もうとっくに営業時間外。ちょっと迷惑」

「うっ、重ね重ね、すみません」


 ペコペコと謝り続けているけど、どっちも最初に来た時に伝えていない方が悪い。

 僕としては聞いてもいない事で叱られたくはないけど、文句を言ったら仕事を受けられなくなりそうだ。

 まあ、電話越しでブチ切れる女神様よりは、生身の綺麗なお姉さんに目の前で叱られる方が気持ち良い。


「分かればいい。次からは報酬減額するから注意して」

「はい、気をつけます」

「じゃあ、おやすみ。閉店ガラガラガラ、ガシャン」

「……」


 無口キャラは撤廃した方がよさそうだ。

 マニアは両手を上に上げるとシャッターを掴んで、受付を強制終了してしまった。

 きっと、夜中にドンドンと叩いても開けてはくれないだろう。


 よく見れば、食堂以外の他の店もシャッターを閉めようとしている。

 多分、午後六時三十分を過ぎた頃からシャッターを閉めるんだろう。

 だったら、食堂が閉まる前に引っ越しの挨拶をしないとマズイ。


「すみません」

「はい⁉︎ えっ、えっ、わぁ~、凄いカッコいい人がいる‼︎」


 白の三角巾さんかくきんを頭につけて、白の割烹着かっぽうぎを着た黒髪の女が、木のテーブルに突っ伏して寝ていたので声をかけた。

 ビックリして飛び起きたけど、さらに僕の顔を見てビックリしている。

 どうやら、この町にも少しは見る目がある女がいるようだ。


「ちょっと、いいかな?」


 セクシーな声とキメ顔で頬を紅く染めている、サザエさんに出て来るお母さん女に話しかけた。

 

「ズキューン♡ は、はい、ダ、ダミア、十六歳。彼氏募集中でちゅ! ひゃあっ~、噛んじゃった⁉︎」

「そっ。俺はトオル、十五歳。今日からこの町に住む事になったんだ。お隣同士、よろしくね」


 ミステリアスなクール系男子風に、僕はノリノリでダミアに引っ越しの挨拶をする。

 そうそう、本来ならば、イケメンダークエルフに対しての反応はこれが正解なんだ。

 黒髪お下げの田舎女には、まったく興味はないけど、その気にさせれば、食事代が永遠にタダになるかもしれない。ちょっとだけ頑張ってみようかな。


「は、はい! あっ~~~、な、何か食べて行きますか? 色々とありますよ」

「じゃあ、マーボーカレー一つ。愛情たっぷりで」

「はい、少々お待ちください! あっ~~~、中に入ってテーブルに座ってください!」

「お邪魔するよ」


 カウンターを軽々と飛び越えて、食堂の中に入ると、遠慮なくテーブルに座った。

 割烹着女がチラチラとこっちを見ながら、料理を続けている。

 目が合うたびにアイドルのような笑顔を振りまいた。


「きゃ~! きゃ~!」


 ふぅー、アイドル活動も楽じゃないよ。

 

「マーボーカレー、お待たせしました♡」

「ありがとう」

「あのぉ~……年上の女は恋愛対象になりますか?」

「んっ? 全然、OKだよ」

「きゃ~~~~~‼︎」


 うるせいなぁ~! 食事中に騒ぐんじゃねぇよ!

 もちろん思うだけだ。絶対に口に出しては言わない。

 僕の食べる姿を見ながら、うっとりしているダミアは無視して、急いでマーボーカレーを胃の中に流し込んだ。

 ハァ、ハァ、ハァ……あとは言いたくないけど、食事代無料の為だ。言いたくないけど、言ってやる。


「美味しかったよ。また食べに来てもいいかな?」

「もちろんです! いつでもお待ちしています。なんなら、夜中に忍び込んで来てもいいぐらいです。きゃ~~、私ったら積極的ぃ~~~!」

「は、はっはは……う、うん、今度お邪魔するよ」


 正直言って、ここまでモテると逆に引いてしまう。夜のお誘いは丁寧に辞退するとしよう。

 僕はゆっくり休みたいし、魔法の習得に忙しい。それに一番重要なのは、相手を選ぶ権利があるという事だ。

 女なら誰でもいいと言える程に、僕は飢えた狼じゃない。田舎女に手を出すには早過ぎる。

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