第47話 怪しい雰囲気

 社長と一緒に事務所に入った俺。

 事務所のカウンターには作業着と安全靴が置かれている。


「作業着は済まんが…、これを着てくれ。クリーニングはして有るから!」


 社長はそう言って、中古の作業着を俺に渡してくる。

 安全靴は流石に新品だった。


「更衣室と言うか、着替える場所も案内するよ。其処で着替えてくれ」


 社長は歩き出すので俺は付いて行く。

 山本さんは社長と言ったし、社長も自己紹介はしない。

 社長の名前は長居さんで良いのだろうか?

 しかし……態々聞くのも気が引ける。


「このロッカーを使ってくれ。鍵はロッカーの内側に入っているから、貴重品などは自己管理してくれ」

「ここで着替えて、着替え終わったら事務所に来てくれ」


 更衣室に成る場所に案内されて、社長はそう言うと事務所の方向に戻っていく。

 この会社の中ではなのだろうが、どう見てもの一角にしか見えない。


(中小企業だから文句は言えないか…)


 最初に勤めた食品工場は、きちんとした更衣室が有った。それは食品工場だから当たり前かも知れないが……


 俺は作業着に着替えて、スマートフォンはロッカーに置いていく。

 財布は迷ったが今日は持って行く事にした。

 着替えを済ませて事務所に向かう。


 事務所に入ると社長と、30代位の男性社員が仕事絡みの話をしていた。


 話の途中で入るのは良くないと感じて、俺はしばらく無言で待つ。

 しばらくして、話は終わった様だ。


「小川君……今日から入る、アルバイトの青柳君だ!」


 社長は小川さんに俺を紹介する。


「工場長の小川です」


 小川さんは、張りの有る声で自己紹介をする。


「初めまして。今日から働かせて貰う、青柳比叡です」


「青柳君ね…。よろしく!」

「青柳君は、金属加工業の仕事経験は有る?」


「すいません……。食品工場なら有りますが、金属加工業は未経験です」


「……未経験か。学園も普通科だよね?」

「MC旋盤と言っても分からないよね…!」


 何故か小川さんは、俺を小馬鹿にする口調で聞いてくる。


「MC旋盤ですか…?」


 俺はMC旋盤を想像しようとすると……


「あ~、大丈夫。考えなくても良い!」


「ずぶの素人か…」


 小川さんは小声で言うが、まる聞こえで有る。


「……社長」

「やっぱり……僕の所では無理だわ!」

「バリ取りの仕事はパートさん達で足りているし、この感じじゃ機械管理も出来ない筈だ!」


「まぁ、そう言うな。小川!」


「いや、社長。無理なのは無理!」

「この子……絶対に図面なんか読めないだろ!!」


 小川さんは工場長だけ有って、社長に強気で発言する。

 社長も小川さんを説得しているが、小川さんは折れる気配が無い。


「……そうか。分かった」

「青柳君はこちらで面倒見るよ…」


 社長は折れるが、小川さんは更に言う。


「社長。人が足りないからと言って、素人を入れないでくれ!」

「未経験が入っても、3ヶ月位でみんな辞めていく!!」


 この工場は人の出入りが激しい見たいだ。

 綺麗な仕事では絶対無いし、1歩間違えれば大怪我をする可能性も有る。

 給料(時給)の事は、おおよそ山本さんから聞いてはいるが、最低賃金から10円を足した位の時給で有った。


 小川さんはそう言って、恐らく図面を持って事務所から出て行った。


「参ったな~~」


 社長はそう呟く。


「まぁ、青柳君……。気にしないでくれ!」

「小川は言ったが、人が足らないのは事実だし、簡単な機械作業でも人はどうしても居る」

「小川の考え方は間違っては無いが……、工場長だから全体を見てしまうのだろう」


「青柳君。先に書類を書いて貰おうか?」

「それが書き終わったら、社内の案内をしながら、みんなに紹介して行くよ」


 俺は社長から渡された書類を書いていく。

 書類と言っても複雑な物は無くて名前、住所、電話番号を書いて、印鑑を押すだけで有る。


 その時、同時に社内ルールを簡単に説明されるが、俺はアルバイトなので有給も期待出来ないし正社員だと有る、細かい縛りも少ない。

 俺にとって大事な部分は勤務時間、休憩時間、休暇位で有った。


 ……


 書類を書き終わった後は、社長に連れられて社内を案内される。

 この会社は工場が3つ有って、日曜日に社長と面談した工場が一番大きくて、事務所が有る建屋に1つ、離れに1つで有った。


 感じ的に一番大きい工場が社長の管理で有って、事務所側の工場が小川さんの管理の感じで有った。

 離れの工場は古めかしい旋盤が中心で、如何にも職人と言う人達が真剣な眼差しで作業をしていた。

 社内案内と紹介も終わって、日曜日に社長と面談した工場に戻って来る。


「……大体こんなもんだ!」

「青柳君には日曜日話した通り、ボタン押しとバリ取り(仕上げ加工)をやって貰うが……俺の所には青柳君にやって貰う事は無い!」


「えっ」


「あぁ、大丈夫だ……。仕事は作るから……」


 社長はそう言うと、有る男性に声を掛ける。


「おぃ、専務!」


 社長は専務に声を掛けると、専務は社長に顔を向ける。専務はMC旋盤の前に居る。

 俺がさっき、工場内を案内された時には、居なかった人で有った。


「なにか?」


 社長の声は野太い声だが専務の声は、少し高音が高めの声で有る。


「今日入った青柳君だが、専務の所で面倒見てくれんか?」


「僕の所で…?」

「小川は?」


 専務は如何にも嫌そうな声で言う。


「小川は、素人は要らんと言った」

「俺の所では仕事なんて無いし、専務の所なら細かい仕事が有るだろう?」


 社長は専務にそう言う。

 俺はどうやら、たらい回しにされている。


「有る事は有るけど……」


「なら、良いじゃないか!」

「頼んだぞ!!」


 社長はそう言って、俺を置いて離れて行きながら言ってくる。


「青柳君! 仕事に関しては専務に聞いてくれ!!」

「じゃあ、頼んだよ!!」


 社長は俺を専務の下に置いて行ってしまった!

 初日からこの状態では、俺はどうなるのだ!

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