おかじょ!
「サブスクリプション?」
「そう。ほら、最近流行ってるじゃない? サブスク」
「たしかに流行ってはいるけど、それが私たちとどういう関係があるの?」
「うーん、どうって聞かれると難しいんだけどぉ」
あたしは腕組みをして唸る。なんでも思い付きでしゃべり始めてしまうのは、あたしの悪い癖だ。結局いつも、珠江ちゃんにあれこれとダメ出しをされて、最終的にはその話はなかったことにされてしまう。
あたしは、ぽんと手を打つと、人差し指をぴっと突き立てる。
「要するに、あれよ。超有名ホラー映画でさ、そのビデオを見たら1週間以内に死ぬとかそういう類の……」
「ああ、見たら別の五人に同じビデオをダビングして送りつけろっていう」
「それ、別のやつが混じってる」
珠江ちゃんは頭がいいはずなのに、ときどきこういう変なボケをかます。天然なのだか、それとも狙ってなのだかはわからない。
「でね、呪いのビデオなんていっても、今じゃ現物のビデオデッキなんてまず見かけないわけよ。正直、DVDでさえも怪しいでしょ? 一世を風靡し、小学生たちを恐怖のどん底に突き落とした呪いのビデオも、もはや過去の遺物になっちゃってるじゃない?」
「で、その呪いのビデオをサブスクでって? 月々500円で呪いのビデオが見放題、誰が見るのよそんなもん」
「だってぇ、オカルトマニアだったらつい見たくなるじゃん、そういうビデオ。オカジョの悲しい
あたしが口をとがらせると、珠江ちゃんはふうっと息をついて肩をすくめた。
あたしと珠江ちゃんは高校のオカルト研究会で知り合った、都市伝説マニアだ。古くは口裂け女や人面犬、あとはちょっと前に話題になったきさらぎ駅みたいに、まことしやかに語られている様々な怪奇現象を、実際に自分たちで調べることが趣味という、はっきり言って男子受け要素ゼロのオカジョコンビだ。
まあ、男の子と都市伝説を天秤にかけたとしたら、天秤の傾く勢いに男の子が吹っ飛ぶレベルで都市伝説が好きだし、学校で随分と浮いた存在であることをあたし自身は否定しない。
だからといって、ここにいる珠江ちゃんのことを、オカルト趣味だとひとくくりにして悪くいう人は、まずいない。
ちょっと冷徹そうな目許は、相手を簡単に自分の間合いに入らせまいとする鋭さはあるけれど、磨き抜かれた宝石のような琥珀色の瞳や、絹糸のように艶やかな長い黒髪、白くて透明感のある肌、そのどれをとっても非の打ちどころがなく、事実、学校の生徒たちからも校内で五本の指にはいるといわれている美少女だ。
あたしにとって、このクールビューティ珠江ちゃんと、オカルト趣味に没頭しているときが、至福のひとときなのだ。
「ふたりとも、何の話?」
そういって、あたしたちに近づいてきたのは
ふわふわのウェーブがかった明るいキャラメルブラウンのロングヘア。すらりと背は高くて、そのくせ出るところがしっかり出ている、大人ボディ。おまけに一度耳にしたら、決して忘れることができないような魅惑的な甘い声。
あたしたち二人とも、希先輩がいるから、この世界にやってきたといっても過言ではない。そのくらい、あたしと珠江ちゃんは彼女の美しさの虜になってしまったのだ。
「またカナがワケわからないことをいい出したんです。今度はサブスクだそうです」
「だって、地元の都市伝説、『死のヴィーナス』もようやくメジャーな存在になったんだし、仲間が欲しいじゃん。オカジョ仲間。あたしなりに、どうやって勧誘できるかを考えてみたんだけど……ねえ、ノゾ先輩はどう思います? 呪いのビデオのサブスク」
「呪いのビデオ? 見たら一週間以内に五人に同じもの見せろってやつ?」
「ノゾ先輩もかい! そうじゃなくて、今ってネット動画全盛期じゃないですか? ユーチューブとか、ティックトックとか。凄いのになると、一度に何万人って人が見るわけでしょ。そこに、今やすっかり落ち目となった呪いのビデオ勢をねじ込んでやりたいっていう、親心といいましょうか……」
「でも、ネットの世界ではそういうビデオよりも、ランサムウェアだとか、勝手にお金が振り込まれるとか、そういうほうが怖いっていうし」
「希先輩、怖いの意味が違いますよ」
さすが珠江ちゃん。ボケにはちゃんとツッコめる。
要するにアタシたちが求めているのは、人の深層心理に入り込んで、トラウマともいえる恐怖の記憶を植え付ける、そういう体験だ。
「まあ、それは冗談だけど、正直どうかなって私は思うな。呪いのビデオってその存在が秘密に包まれているからいいのであって、ガンガン拡散される呪いの動画とか、ちょっと嫌よね。それに、今は昔と違って誰でも簡単に映像が加工できるようになってるし。近頃じゃ、ふた言目には『はい、合成』だもん。ロマンなくなっちゃったわよね」
ため息まじりにいう希先輩に、珠江ちゃんもうなずく。
「そうですね。実際、心霊動画よりも、ドラレコに映った事故映像の方がある意味でトラウマになりますから」
「もはや都市伝説自体が時代とともに都市伝説になっていく感じだよ」
「なんだか哲学的ね」
そういって微笑んだ希先輩が、一瞬、表情を変えた。急に雪でも降ってきたかのような、冷気を伴った真剣な顔つきになる。
先輩は「しっ」と人差し指を、その柔らかそうな唇の前に突き立て、静かにとジェスチャーを送る。
さっきまで、あたしと珠江ちゃんの間で横たわっていた緩んだ空気が瞬時にさらわれる。
「誰かいる……」
希先輩が声を殺していう。かくれんぼで物陰に潜む子どものように息をのんで、あたしは耳に神経を集中させる。
ひたひたと足音がする。
間違いない、ナニモノかがあたしたちに近づいてきている……
「……うぶ……って……ちのおか……した……」
足音にまじって人の声も聞こえる。泣き出しそうなほど、震えた声。
女だ。たぶん、あたしたちとそんなに年も違わないような、若い感じのする声。
あたしは希先輩を見る。
先輩はいびつなまでに口元を歪めて、狂気じみた笑みを浮かべている。
そうだ、あたしはこの笑顔に魅せられて、ココにやってきたのだ。
珠江ちゃんもあたしと同じように、恍惚とした表情で先輩を見つめている。
先輩はゆっくりと世界の境界に近づくと、興奮を抑えられない様子でいった。
「ビデオも悪くないけれど、やっぱり実際に体験してもらわないと、本当の恐怖ってわからないと思うの」
ひたひたと足音が迫っている。
今は、女の声があたしたちにもはっきりと聞こえる。
「ねえ、やっぱりやめよう!」女が声を震わせる。
「大丈夫だって」一緒にいる男が小馬鹿にしたように笑う。
「本当に、ココやばいって! 絶対いるから!」
「平気平気。死のヴィーナスなんて、所詮誰かの作り話、都市伝説なんだから」
男は気にも留めない。しかし女はついに泣き叫ぶようにいった。
「作り話なんかじゃないわ! だって、このトンネル。去年、ウチの学校のオカ研の女子二人が、変死体で発見された場所なのよ!」
希先輩は、獲物を狙うハンターのような目つきで、こっち世界とあたしたちがいた元の世界との境界線に、ゆっくりと手を伸ばした。
闇のカーテンに溶けるように、先輩の姿は指先からむこうの世界へと消えていく。
死のヴィーナスと呼ぶにふさわしい、狂おしいほどまでに美しく愛しい笑みを浮かべながら。
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