紫乃の親

 応援団が決まった。


 クラスの陽気な人たちが勝手にグループを作り、やってくれているそうだ。


 オレも少しの詳細は聞いているが、まだ踊りの練習には参加していない。


 体育祭実行委員の集まりが多く、応援団の集まりに行けないのである。


 だから、オレはあまり目立たない所で踊る事になった。他の部活仲間は、委員会に入っていないので、熱心に練習を励んでいる頃だろう。


「私も応援団の方行ってきて良い?」

「ああ、いいぞ」


 後は1人でもできそうな仕事しか残っていない。オレに任せて紫乃に応援団の練習に行かせた方が、クラスのためにもなる。


 懸命な判断ってやつだ。


「ありがとう。またねっ」

「はーい」


 紫乃の背中を見送り、オレは1人になる。


 もう来週で体育祭。出る種目も全て決まり終えているが、スケジュールがまだ決まっていない。


 放送委員を交えた打ち合わせと、どの競技に何分までという制限、出場選手の招集の役割をする人など、たくさんの人手が必要になる。


 そのためには、クラスの学級委員の存在や、先生の存在が必要不可欠。


 また明日、大きな会議がある。


 そこで先生含めの打ち合わせは最後になる。オレは体育祭実行委員の委員長でもないので、口を挟むことはしないが、明日はなんと紫乃がいない。


 だからオレがしっかりと話を聞いて、紫乃に伝えることは伝えなければならない。


 紫乃がいない理由としては──親が帰ってくるからだ。


 オレの親はバスケにしか興味がないので、来ないようだが、紫乃の親は体育祭

に行くと言っているらしい。


 だから明日から紫乃の家で泊まりこんでくると言っていた。


 つまり、今の交代制は一時終了し、ギャルがオレの家に約1週間泊まる事になる。


「紫乃の親に挨拶でもしていくか」


 そうして明日の夜、紫乃の家にお邪魔することになった。

 紫乃にも連絡をつけておいたら、喜ぶと思うよとのことで行くことになった。


 だが、別に泊まり込みで挨拶をしに行くわけではないので、美雨を置いてけぼりといった感じにはならない。


 置いてけぼりにしたらしたで色々問題になりそうだしな。


 そうして明日の夜──


「お久しぶりっすね」」


「裕也くん久しぶりね〜」


「おお、ゆうぼうかいな。久しいね」


「そうっすね。結構前ですもんね」


 子供の頃は敬語なんて使っていなかった。久しぶりに会うと、堅苦しくなってしまうのか、自然に敬語が出てくる。


 紫乃も、オレの親と久しぶりに会ったら敬語が出るのだろう。良くある事だ。どんな口調で話せば良いか分からなくなるのは。


「何年ぶりですっけ」


「こうして対面で会うのは小学生以来か」


 中学の頃はずっとオレの家だったからな。


 確かに、小学生以来かもしれない。が、全く変わっていない。若いこともあって、老けていないように見える。


 紫乃が可愛い理由も、この親からの遺伝的な部分があるだろうな。


「そんな前なんすね。元気にしてました?」


 そこで、お母さんが口を挟む。上品な口ぶりは大人らしさを際立てる。


「あら、裕也くんこそ元気にしてたかしら? 最近紫乃から裕也くんの話を聞く

のだけど、そこはどういった感じで?」


「ママぁ⁉︎ 余計な事は言わないって約束じゃん!」


「あらまぁー。私ってばついうっかり」


 テヘペロといった感じに舌を横に出す。

 そして、むぅと紫乃は頬を膨らませた。


「それより裕也。部活は頑張っているのかい」


「はい。頑張ってますよ」


 紫乃のお父さんは、昔バスケをしていたそうだ。あまり強豪校ではないが、バ

スケは今でも大好きらしい。


「おう、そうかい。今の大会はどんな感じなんだい?」


「今は後2回勝てば予選突破します」


 来週に試合、再来週に決勝。そこで予選が終わる。予選が終われば、次は8月上旬に行われるインターハイが始める。


 そこからが、オレらの目標のインターハイ優勝、ウィンターカップ優勝の第一歩目の始まりである。


「ウィンターカップが始まったら呼んでもらおうかな」


「わかりました。頑張りますね」


 お父さんも、ウィンターカップにしか興味がないようだ。インターハイ決勝戦もかなりの迫力と熱量だが、やはりか、全県の精鋭達が集められたウィンターカップの方が迫力も熱量も圧倒的に上回る。


 オレのお父さんも、紫乃のお父さんも、求めているのはウィンターカップだろう。


「楽しみにしているよ」


「ありがとうございます」


 オレはこの人たちの期待通り、そこまで目指す。

 そう、オレは改めて目標を頭の中で反芻させている時だ。


「優勝したら紫乃はお嫁さんかしら」


 お母さんが冗談っぽくではなく、ガチのトーンで口にした。


「ま、ママ⁉︎」


「あら? 子供の頃結婚する約束してたじゃない」


「したけど……それは子供の頃だから言ってたことで……」


 前に紫乃が言ってた事だ。子供の頃、結婚する約束をしたり、一緒にお風呂に

入ったりと、そんな事をしていたらしい。


 それを今、謎にお母さんが掘り返してきた。


「ああ! そういえばそんな事を言っていたな! そうだねぇ……、ウィンターカップ優勝したら結婚してみるかい⁉︎」


「しませんよ!」


 お父さんまで余計な事を考え出してしまったようだ。子供の頃、かなりお世話にはなっているが、こうやって少し大人になった時に冗談を言われたのは初めてだ。


「裕也のお父さんが良いっていうか分からないか、ワハハ」


「まずオレ結婚できる歳じゃないですからね」


「そうだったね、残念だ」


「すいませんね」


「ワハハ、良いんだよ別に。それより」


 そう前置きをし、急に話を変えようとしてきた。

 そして、外を見て、


「この辺は治安が悪いのかい? さっきギャルを見てしまってね」


 と、紫乃の事を心配しているのか、少し心配そうな表情をしながら言う。


「ギャル?」


 心当たりあるぞ、といった険しい表情をしながら、紫乃は聞き返す。


「そうなのよ。金髪で女子高生くらいの若い女の子だったのだけど、私たち睨まれ

たのよぉ」


 お母さんもそのギャルの事を覚えているのか、睨まれたと言う。


 おそらく──美雨、だろうな。


 紫乃と目を合わせてアイツだろうな、と表情で訴える。


「「結婚なんかしません」」


 そして、2人で同時に答えた。


「あらぁ、残念だわ」


 紫乃は呆れた顔を分かりやすく見せ、ため息混じりに口を開く。


「もぉ……ママうるさい。結婚はまだしないからっ」


 まだ、か。結婚はしないから余計な事を言わないで、と言うのかと思ったが、斜め上の2文字が出てきた。


 少し考えていたりするのだろうか。


 お母さんもその2文字に気づいたのか、口を当てお嬢様っぽく笑みを浮かべ

る。


「待ってるわね」


 結婚式、までは言わず、そこで口を閉じる。


「? 待ってて」


 紫乃は、話噛み合ってないと頭で理解しているようだが、親という近い距離の人だからか、適当に返して終わる。


 お母さんはふふっと笑うだけだった。


「裕也、時間は大丈夫なのかい?」


「あー、そろそろ帰ろうと思います」


「時間も時間だからね。また来ると思ういいよ」


 時刻は23時。

 家が対面にあるとはいえ、補導の時間が来てる。


「はい、またお邪魔します」


 お父さんたちは、紫乃の1人暮らしを、オレの家の近くという条件で与えた。だから家が近いというのも、こうやってすぐ会いに行けると思うと便利だ。


 また今度、ウィンターカップの時期に、オレのお父さんと紫乃のお父さんたちを合わせてあげたい。


 まあ、これはオレがウィンターカップの決勝までいかなければなし得ないこと

だが。


「またね、ゆうくん」


 そうして、紫乃は少し悲しそうな表情を浮かべるのを見届けてから、オレはギャル、美雨の家に戻った。


 どうせアイツはオレが家に戻ってくるまで起きて待っているだろう。


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