第24話 不穏な手紙
あれから、数ヶ月が過ぎ、私は十四歳になった。
今まで結構な頻度で花束を届けに来てくれていたジョシュア様も学園に入ったことで忙しくなったようで、メッセージを添えた花束が時々贈られてくるだけになった。
ユーリとはあれ以来やり取りはない。きっと何処かをまだ旅しているか、辺境伯領に帰って、楽しくやっているのだろう。
勿論、婚約者であるライル様とは定期的に会っている。
ジョシュア様が来なくなって、なんだか嬉しそうにしている。しかし、この前は偶々届いた花束をライル様が見かけて、メッセージに「学園で待っている。早く共に通いたい。」と書いているのを見て、そのメッセージを破り捨ててしまった。ライル様はジョシュア様が好きじゃないんだろうか?
付き合ってみると、意外に良い人なのに。ジョシュア様はお兄ちゃん気質なのか、面倒見がいいのだ。
あと、最近気づいたことなのだが、ライル様は甘えん坊なようで一緒にいると、常にピッタリと隣にくっついてくるし、良く手を繋ぎたがる。
すっかりこの生活に馴染みすぎて、ゲームのことを忘れていたが、そういえばライル様はお父様は忙しく、お母様は病弱で、実は愛情に飢えているという設定だったはず。だから、甘えん坊なのだな…とある時、私は納得した。
ヒロインがライル様を癒すまでは、この甘えん坊のライル様付き合ってあげようと思っている。あと一年だし。
……実を言うと、ライル様とこうしているのは心地いいからヒロインに譲りたくはないけれど…仕方ない。ここで欲を出したら、私は本当に悪役令嬢になってしまう。
ソフィアに代わって悪役令嬢のポジションにおさまってはみたが、私だって出来れば死にたくはないのだ。私が死んだら、お父様やオルヒやソフィアが悲しむもの。
◆ ◇ ◆
そんな平和な日々を過ごしていたある日の夕方、私のところへある一通の手紙が届いた。その手紙には恐ろしいことが書いてあった。
『お前の友人を預かっている。こいつに危害を加えられたくなければ、誰にも話すことなく、今日の深夜、一人で街の広間に来い。』
そして、封筒には私が最初に主催したお茶会で配った押し花の栞が入っていた。
恐ろしくて身体が震える。
これを持っているのは、ソフィア、ジュリー、アリエス、シンシア、エリーザ様の五人だ。
「ど、どうしよう……。」
今から五人の家に安否確認する時間はない。
私が行かなければ、五人のうち誰かに危害が及ぶ。
こうやって手紙を私に送ってくるということは、犯人の目的は私なのだろう。私のせいで、五人のうちの誰かを巻き込んでしまったのかと思うと、辛くて堪らなかった。
私は手紙を机に伏せ、その上に突っ伏した。
どうしよう…考えろ……。考えろ…。
その時、オルヒから声がかかる。
「お嬢様?どうかされましたか?」
「あっ、いや、何でもないの!」
私は無理矢理笑って、オルヒに微笑みかける。
が、オルヒは険しい表情を崩さない。
「お嬢様。ひどい顔色です。その手紙に何か良くないことが書いてあったのでは…?」
「う、ううん!本当に何でもないの。
顔色が悪いのは、寝不足だからよ。
今日は早く寝ようかな。」
「そう、ですか?
では、今日の夕飯は早めに準備させましょう。旦那様は本日はお戻りになりませんので。」
そうだった。お父様は今日、遠いところへ視察へ行っていて、帰ってこないんだった。
……犯人はそれも知っていたのだろうか。
「うん…。お願い。」
私は憂鬱な気持ちで、手紙を机の奥深くに閉まって、鍵を掛けた。
◆ ◇ ◆
夜、ベッドに横になり、みんなが寝静まるのを待ちながら、私はぼーっと考えていた。
…やっぱり私はこの世界にはいちゃいけない存在なのかもしれない。だから、こうやって危険な目に遭うんだわ。それに大切な友人まで巻き込んで…。
貴族令嬢である彼女たちにとって、拉致されただけでも大変な醜聞だ。たとえ無事だったとしても、その間に男たちに乱暴されたという見方をする風潮もあるから、拉致された事実が公な物となれば、まともな婚姻は期待できないだろう。
「私のせいで……」
申し訳なさすぎて、涙が滲む。
「でも……じゃあ、どうやって生きたらいいのよ…。」
私が生きているだけでも、攻略対象であるウィルガは公爵家の跡継ぎにはなれないし……どう頑張ったとしてもゲームと関わらないのは無理な気がした。
それにソフィアが悪役令嬢を務めるのだって放って置けない。いや…ソフィアはもう悪役令嬢にはならないか。私がいなくても、ジュリーやシンシア、アリエスがいる。あの三人が側にいてくれれば、ソフィアはもう大丈夫な気がした。
でも、もしかしたら、そのうちの誰かが拉致されているかもしれない。そう思ったら、覚悟が決まった。
「……必ず救い出してみせる。」
私は決意を言葉に乗せた。
みんなが寝静まった後、私は窓の外にカーテンを垂らして、そこから部屋を抜け出した。目立たないように格好はシンプルなワンピースに、ローブを被る。
その私の手には木刀が握られている。
人に言っちゃいけないとは書いてあったが、武器を持ってきてはいけないと書いてはいなかった。どこまで抵抗できるかわからないが、無いよりはあったほうがいいだろう。
街の広間まで走る。ポツポツとしか灯りの付いていない街には人がほとんどいない。いるのは酔った大人か、浮浪者のような人たちだ。
その中を通るだけでも恐ろしいが、友人がもっと恐ろしい思いをしていると思ったら、足を止められるはずもなかった。
何とか街の広間に着く。いつも人で賑わっているそこは恐ろしいくらいに人が居なかった。私が真ん中で立ち尽くしていると、真っ黒なローブを被った長身の男が建物の影から出てきて、こっちに来いと言うように顎で指示をした。
私は震える膝に鞭を打ち、歩みを進めた。
案内されたのは街の端にある古い倉庫のような小屋だった。
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