第156話 痛橋駅
僕は池袋のボロアパートに住んでいる大学生だ。
埼京線ですぐに行ける板橋に叔父夫妻がいて、たまにごちそうしてくれる。
その日も、昼ごはんを食べに来いよ、と誘ってもらって、僕は板橋へ行った。
埼京線のプラットホームの駅名表示板に「痛橋」と書いてあったような気がしたが、深くは考えず、改札から外に出た。
駅のロータリーにはまばらに人がいた。
皆、苦しそうな顔をしていた。
僕も微かに腹痛を感じて、顔をしかめた。
あれ、なにか変なものでも食べたかな?
思い当たることはなかった。
朝飯はトーストとゆで卵とトマトジュース。
胃がしくしくと痛い。
食欲が減ってきた。
うーん、これから叔父さんがごちそうしてくれるのになあ……。
叔父の家は一軒家で、板橋駅から徒歩十五分。
そこへ行く途中で出会った人の顔色は、いちように暗かった。
歯痛に耐えているような人や足を引きずっている人がいた。
肘を押さえている人や僕と同じように腹痛を我慢しているような人もいた。
なんだろう、妙な感じだ。こんなことはこれまでになかった。
叔父の家に着いた。
叔父と義理の叔母が、僕を出迎えてくれた。
この夫婦は子どもがいなくて、僕を実の子どものように大切にしてくれる。
「よく来たな。昼ごはんは寿司だぞ。缶ビールも冷やしてある」と叔父は言った。
「ありがとう。でも駅を出てから、なんだかお腹が痛いんだ」
「なんだそんなことか。痛み止めでも飲んでおけ」
叔父は僕に痛み止めの薬をくれた。
また妙な感じがした。
叔父は薬のたぐいを嫌っていたはずだ。
こんなに簡単に薬をすすめるような人じゃなかったのに……。
僕は薬を飲んだ。
胃痛はややおさまったが、完全には消えなかった。
僕は叔父夫妻と寿司を食べた。
痛みが残っていたので、ビールを飲むのはやめておいた。
「おれはいま膝が痛いんだ。アルコールは痛みをごまかすのにいい」
叔父はそんなことを言って、ビールをごくごくと飲んだ。
「ここへ来る途中、痛みを我慢しているような人をたくさん見かけたよ」
「そりゃあおまえ、ここはイタ橋だからな」
叔父の返答の漢字が、板ではなく、痛のように思えたが、そんなはずはない。
ここは板橋のはずだ。
痛橋なんて地名ではない。
昼ごはんをごちそうになり、お礼を言って、僕は埼京線に乗り、池袋へ帰った。
駅名表示板に「池どくろ」と書いてあった。
ここはどこなんだ?
駅員がドクロの仮面をかぶっていた。
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