第7話 嘘は誠を知りて想いを隠す~お泊り会~②
日付が変わって一時間ほど経った。上から何も音がしなくなったのでもう寝たのだろう。祭りの日の夜に徹夜するほどの元気はなかったようだ。
そろそろ俺も寝ようと思うが、なかなか体が動かない。腕で枕を作り、そのまま少し顔をうずめた。
「まこちゃん、ブランコこぐの上手いー!」
「そう、見てろよ。俺はもっといけるぞ」
大きく足を振ってさらにブランコをこぐ。そして勢いが最大になったところで飛び降りる。
「うわ! まこちゃん、大丈夫?」
「ああ、しっかり着地したぜ」
「すごーい、あたしにはできないなー」
そうは静かにブランコをこぎ続ける。
「あー、ずっとこのまままこちゃんとブランコしてたいなー」
俺もそう思う。他の誰といる時よりも、他のどんな場所よりも、そうの隣にいるのが心地良かった。
「けどそれは叶わない。明日もまた学校だ」
「……だね」
そうは俯くが、またすぐに上を向いてブランコをこぎだす。
「けど、明日もまたまこちゃんに会える! 次の日も、その次の日も!」
そうは出会った時よりもかなり前向きになった。
そうが言う通りにこのままならどれほどよかっただろうか。けど人も、環境も、何もかも変わらないものなんてない。せめて、せめてこの言葉を伝えられていたら。せめて最後にそうに言った言葉が嘘でなければ。
「……そう、好きだ」
夢か。そう理性は告げるが、目は開かず、体は起きない。どうやらそのままリビングで寝てしまっているようだ。
後ろに誰かがいるような気配もするがそれを確認することもできない。もういい、このまま寝てしまおう。急に背中に重みを感じ、クーラーで冷えている体が少し暖かくなる。
その心地よさにいざなわれるように俺は再び眠りについた。
「くっそ、寝落ちしたか」
朝起きるとそこはベッドではなく、固いテーブルだった。ただ寝落ちしたはずなのに、背中には自室から持ってきた毛布が掛けられており、リビングの電気も消えている。寝ている間無意識にこれらを準備できるほど器用ではないので誰かが寝ている俺を見て色々してくれたのだろう。後でお礼を言わなければ。毛布がなければクーラーにさらされて確実に俺は風邪を引いている。
時計を見ると七時だった。いつもの休日ならまだ寝ている時間だが、無理な体勢で寝たせいであまり熟睡できなかったらしい。なにやら懐かしい夢も見た気がしたが、思い出せない。
取り敢えず俺は自室に戻って毛布を戻し、部屋着に着替えた。
再びリビングに降りて朝食の準備を始める。何も食材の用意はなかったので取り敢えず、冷蔵庫にあった卵でスクランブルエッグを作り、後はインスタントスープと食パンだ。
人数分用意したが、まだ起きてくる気配がなかったので自分の分の食パンを焼いて、スープを作って先に食べた。
朝食を食べ終わり、ニュースを見ながらゆっくりしていると、続々と二階から降りてきた。洗面所に順番に入り、髪などを整えているようだ。
俺が全員分の朝食の準備を終えたころに、丁度全員が揃う。
「まこ兄、ありがとう!」
美玖がダイニングに座りながら言う。霜雪、夏野、星宮も席に着く。
「誠君、何から何までありがとう」
「まこちゃん、ありがとう!」
「冬風君、ありがとう」
「ああ、それより、昨日の深夜、誰かトイレに行ったか?」
「まこ兄! 女の子になんてこと聞くの!」
ただ毛布などの例を言いたかっただけだが美玖に咎められる。確かに聞き方が悪かったかもしれない。
「いや、何もやらしいことはないんだ。ただ、俺が寝落ちしてる時に誰かが俺に毛布を掛けて、電気を消してくれたようなんだよ。誰がしてくれたんだ?」
改めて俺は聞くが全員首をかしげる。
「誠君が自分でやったんじゃない?」
「寝ぼけてて覚えてないだけだよー」
そんなはずはないと思うが、これ以上聞いても真相は分かりそうにない。
「そうか」
俺はリビングに戻り、またニュースを見始め、美玖たちは朝食を食べ始めた。
十時頃になると夏野たちが浴衣に着替えた。
「ん、もう帰るのか?」
「うん、この格好じゃこのまま遊びに行ったりとかできないしねー」
星宮が答える。
「まこ兄も外着に着替えてきて! 駅までみなさんと一緒に行くよー」
今日、というかいつもだが夏休みに出かける用事はないので、散歩がてら美玖たちについて駅まで行くことにする。
「ああ、着替えてくるからちょっと時間をくれ」
自分の部屋に行き、着替えを済ませる。部屋を出る前に改めて毛布を手に取って見る。結局誰がこれを掛けてくれたのか。ん? なるほどな。俺は毛布に恩人の手がかりを発見した。
美玖は星宮をバス停まで送っていくことになり、俺は夏野と霜雪と共に駅に行った。そして霜雪の路線の電車が先に到着し、霜雪は帰っていった。
俺と夏野は駅の改札前のベンチに座る。夏野の路線の電車にはまだ時間がある。
「夏野、俺に布団掛けてくれたり、電気消したりしてくれたのお前だろ?」
俺は夏野に問いかける。
「もー、まこちゃん、まだそんなこと言ってるの? まこちゃんが自分でやったんだってばー」
「さっき毛布を見たら、茶髪が付いていた。俺の家にいた奴の中で茶髪は夏野、お前だけだ。俺は昨日、お前たちが美玖の部屋に行った後にリビングに毛布を持って行ったし、お前たちが起きた時には毛布はもう部屋に戻してあった。深夜にリビングに来てない限り、夏野の髪が毛布につくことはない」
「あたしの髪の毛がソファーに落ちてて、それが毛布をソファーに置いたときに付いたんじゃない?」
「俺はソファーに毛布を置いてたなんて言ってない。そこに毛布あったのを知ってるのは掛けてくれた本人だけだ」
夏野は諦めたかのようにふっと息を吐き、笑う。
「バレちゃったかー、まこちゃんは本当に探偵さんみたいだね!」
「なんで嘘なんかついたんだ? 別に感謝されはすれども、怒られるわけないのに」
「隠してもまこちゃんにはバレるのかなーって興味があっただけだよ」
夏野は笑い続けている。
「それも嘘だな」
そう俺が言うと夏野が「お手上げです」と言い、前を向く。
「本当は恩着せがましくなるから別に名乗らなくていいって思ったの。それとまこちゃんの独り言? 寝言? を聞いちゃったから。それをあたしに聞かれたって分かるとまこちゃん気まずいかなーって」
全く自分には覚えがない。
「俺なんて言ってたんだ?」
「全部ははっきりとは聞こえなかったけど、そう? って言ってた。誰か人の名前?」
起きた時に懐かしい夢を見た気がしたのは昔の、そうとの夢を見ていたからかもしれない。
「なるほどな。そうは俺の初恋の人の名前、というかあだ名だ。同じ小学校じゃなかったから本名は知らない」
夏野は遠くを見ながら「へえー」と相槌を打つ。
「まこちゃんにも初恋があったんだね」
そして再び笑いながら俺を見てくる。
「俺だって昔からこんな性格してたわけじゃないからな」
「その子とはどうなったの?」
「俺が引っ越してそれきりだ。今はどうしてるかなんて知らないし、向こうももう覚えてなんかないかもな。それに昔の話だ。今どうこうってことじゃない。それよりありがとうな。おかげで風邪を引かなくて済んだ」
「えへー、もっとありがとうって言ってー」
「隠そうとしたのに調子に乗るなよ」
そんなことを話していると夏野の電車の時間が来た。
夏野が改札を通る。
「まこちゃん、泊めてくれてありがとう! またね!」
「ああ、足怪我してるんだからはしゃぎすぎんなよ」
夏野は「うん!」と言いながらホームに消えていった。
理屈とひっかけで夏野が犯人というか恩人ということを確かめたが、今思えばなぜか最初から夏野だということが分かっていたような気がする。
秘めし思いは積もりゆく。
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