第5話 初めての体育祭
第5話 誠の想いは何と踊るのか~初めての体育祭~①
六月も後半、七月の体育祭の準備の仕事が少しずつ生徒会に入りだした。
「なあ、秋城。毎日この目安箱を生徒会室に持ってきて中身を確認してるが、まだ一回も要望が書いてあったことなんてないぞ。置く場所変えてみたりとか、もっと生徒に宣伝したりするか?」
「そうだね。誠は一か月足らずで二組の相談を解決してくれたが、目安箱についてはまだだったね。目安箱委員長として、目安箱を軽視するわけにいかないから、何か方法を考えておくよ。朝市先生や小夜先生にも、積極的に生徒が生徒会を利用してもらえるように宣伝してもらおう」
「ああ、頼む。俺もいい方法がないか考えてみるよ」
「やけに積極的だね」
「自分の役職の仕事がないとおさまりが悪いだけだ。生徒会にいる以上責任は果たす」
「律儀な男だね。それより大地、体育祭のスローガンは決まったかい? 生徒会に入ってのいきなりの大仕事だが、体育委員長として、しっかりやってくれ」
「いや、スローガン考えてはみてるんですが、どうにもこんなのでいいのか分からなくて」
「大地が考えたのならどんなのでもいいさ。言ってごらん?」
「『みんなで楽しむ体育祭~夏の大合戦~』っていうのなんですけど」
「えー! 大ちゃん! めっちゃいい感じ!」
「普通に考えてきたわね」
「ふ、普通で悪かったな。文句があるなら一緒に考えてくれよ」
「文句なんて言ってないじゃない。私はそのスローガンで賛成よ」
「ああ、僕もそれでいいと思うよ。誰か他に意見がある人がいれば遠慮せずに言ってくれ」
誰も異議を唱える奴はいなかった。月見の考えたスローガンはありがちだが、逆にそれは体育祭というイベントの特徴をよく捉えられているということだ。
体育祭は学校において、集団の結束を高めるために最適なイベントである。紅組、白組と分かれた時点でまずは一つの集団ができる。そして競技を通して、相手の組という共通敵と戦う。
集団が結束する要因は大きく分けて二つ。自グループに共通の目標がある、または自グループに共通の敵がいる、ということ。体育祭はこれらの要因が強い。学校という集団生活の場において外せない行事だ。
ただ月見のスローガンにある、みんなで楽しむというのは達成不可能な理想だ。集団の結束が高まるということは、それだけ、集団の中の異端者を排除する動きが強まるということだ。大抵は、体育祭が楽しかったという感想は、集団の中で声が大きい者によって語られる。そしてそれがその集団としての総意としての感想となり、今回の体育祭は成功だったねという評価が下る。
排除された異端者がどう思おうがそれは無視されるべき誤差に過ぎない。みんなで楽しむなんてことは体育祭に限らず、どの行事でも不可能なのだ。だからといって、月見のスローガンに反対したりなんてしない。むしろ生徒会として打ち出すにはぴったりの、いいスローガンと言える。それに月見は本当にみんなが楽しむ体育祭を目指しているのだろう。
「じゃあ、大地のスローガンを採用しよう。スローガンを書いたポスターや、横断幕などを準備しなくてはならないね。それに競技のルールの調整や、救護所などのブースの管理、クラスの体育委員との連携などやることがいっぱいだ。これまで先輩方が残してくれたノウハウなどはあるが、大変なことには変わりない。これからまた忙しくなるけど、みんなよろしく頼むよ」
「みなさん、分からないことが多くて、たくさんご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします!」
月見が体育委員長として改めて挨拶をして、体育祭に向けて準備すべきことの整理に入った。
次の日の朝、下駄箱に行く途中、美化委員長担当の花壇のところにいる霜雪が視界に入った。毎朝、霜雪は花壇の手入れをしているが、今日はやけにその後姿が気になったので、花壇の方に足を運んだ。
「おい、霜雪。どうかしたのか? ってこれどういうことだ?」
花壇を見ると、綺麗に咲いていたはずの花が、まるで誰かに踏みつぶされたようにぐちゃぐちゃになっていた。
「あら、冬風君、おはよう。誰かがいたずらしたみたいね。一応確認したんだけど、荒らされている花壇はここだけだったわ。もうこの花たちの開花時期は過ぎてたから、荒らしやすかったのかしら」
霜雪は感情を声に乗せず、淡々とした口調で言った。後ろの俺に振り向きもしなかったので、俺は今霜雪がどんな表情なのかも分からない。
「どういう理由で花を荒らしたりするのかしらね? 冬風君分かる?」
「詳しい事情とかは分からないが、こういうことをする奴は心が弱いんだ。自分では対処できない問題や、相手に直面した時に自分で立ち向かう勇気がないから、その鬱憤を何か違うもので晴らそうとする。怖いんだよ。自分の弱さを認識するのが。向き合えないんだ。自分にも他人にも」
「へえ、詳しいのね」
「俺も昔は似たようなことされてたことがあったしな。霜雪がこの花壇を管理していることは、はたから見て分かるから、他の花壇が荒らされていないことを考えると、これは霜雪個人に対する攻撃かもな。何が理由かは知らんが、クラスでは今まで何かあったのか?」
「いいえ、この学校に来てからは比較的そういうことはなかったわね。そもそもあなたと同じで、他人と関わることなんてなかったから」
「今までそういうことがなかったんなら、これは突発的なもので、慢性的なものではないだろうな。ならこんなことが続くことはないからそこは安心していいと思う。だからといって、これが許されるとかそういう問題じゃないけどな」
「あら、片付けるの手伝ってくれなくてもいいわよ」
「いや、やらせろ。意外と俺はこの花を気に入ってたんだ。このノースポールとかいう花は俺に似ているって誰かが言ってたしな。自分の供養は自分でするよ」
「そう、ありがとう」
「素直にお礼なんて初めて聞いたな」
「あら、私は素直よ。あなたに感謝することが今までなかっただけ。けど、今は感謝しているわ」
「もっと明るい顔で感謝してくれたら俺も嬉しいんだがな。こんなことされてすぐは笑えないだろうから、また期待しとくよ」
「そんな時が来ればいいわね」
「そうだな」
霜雪と協力して取り敢えずは荒らされた花壇を片付けた。
「少し時間を置いて、また花は植えるとするわ。あと、このことは生徒会では言わないで。生徒会の人たちは、こんな私にも優しくしてくれるから、きっとこのことを聞いたら、怒ってくれる。ただ、私のことでみんなに心配を掛けたくはないの。これは私の問題だから」
「ああ、夏野とかが聞いたら顔真っ赤にして怒るだろうな。分かった。俺は何も言わないよ」
「よろしく頼むわ。じゃあ、また生徒会でね」
「ああ、またな。ん? 教室に行かないのか?」
「ええ、少し外にいたいの。先に行ってくれる?」
「分かった。じゃあな」
俺は花壇に向き合って動かない霜雪を背にして下駄箱に向かう。俺は今霜雪がどんな表情をしているのか分かる。
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