202X.08

 202X.08 ──作文

 

 202X.08 ──作文

 

 

 部屋を整頓していたら、小学生のときの作文が出てきた。暮林清奈は無言で何度か読み返し、微笑をして、その旧い原稿用紙を畳み直してどうしようかと迷った。

 サクちゃん先生はどうしているのかな。元気だろうか。私はあの先生、結構良かった。うちの子どもの勉強も見て欲しいな、なんて、そんなわけにもゆかないのだけど。

 リモート授業がいつまで続くのか、でも私はそれに娘たちよりもおおきな不安を持たないようにしようと思っている。

 休校していた分、夏休みが削られる。

 私はそれらひとつひとつに悶々としないように決めたのだ。

 

 生きる。恋せよ烈しく生きよ。水しぶきをこの足で高らかに蹴散らしながら。

 ねえ、だから、お願いだから、恋に墜ちるくらい素晴らしい、果てない碧空のような、身を焦がす夕映えのような、子をつくることに希望があるような、素晴らしい世界を、私たちにください。私が、私たちが、希望を見過ごさない瞳をたずさえているということを、あなたがたは決して忘れないで欲しい。私はそう伝えたいだけなんだ。

 

 

    †

 

 

   お母さんのこと

 

 

 八月になったら、お母さんが帰ってきます。

 お母さんはいつも、玄関から入ってきて、飛び出していく私の首に腕をまわして、

(ごめんねえ、お土産もなくて)

 と云います。ううん、と私は首を振ります。そんなこといいからです。

(セナちゃん大きくなったわね)

 お母さんは嬉しそうに笑います。私のあたまを撫でながら、私の髪に指を通しながら、

(新しい麦わら帽、買わなきゃね)

 と。

 きっとお母さんは私を連れて、デパートへいくと思います。麦わらとか、白いシミーズとか、夏のワンピースとか、いろいろ買ってくれるでしょう。それから屋上の食堂でごはんを食べます。たぶん、プリン・アラモードも。

 ゆうとくんも八月になったら帰ってきます。

 私がひとりで公園のぶらんこに座って、漕がずに熱くなった鉄の錆臭い鎖を握りながら、地面にべたんと寝そべっている、黒過ぎて目に白く白く眩しい私の影を眺めていると、小さな手が後ろからぱっと目隠しをして、

(セーナちゃん、だーれだ?)

 という声がして、ふり返るとそれはゆうとくんです。

 ゆうとくんは、私が幼稚園に通っていた頃、お隣に住んでいた男の子です。あれからもう何年も経って、私はもう小学校の中学年なのに、ゆうとくんはいつまで経っても小さなままです。毎年、毎年、小さなままです。

 幼稚園のときはみんながやっていた「だーれだ?」なんて、今はもう誰もやりません。

 私たちは毎日家にいて、ゆうとくんと家の近くや公園で遊んで、お昼には冷たいおそうめんを食べると思います。お母さんの作る、細かいおねぎを散らしたそうめん。

 ゆうとくんとかき氷も作りましょう。水色のパンダのかき氷機を代わりばんこに回して、シロップをかけて食べましょう。イチゴとメロンとレモン。

 それから扇風機の前で、あーーーー、って声を出して遊ぶでしょう。ゆうとくんはあれが大好きだから。私たちは仲良しなのに、ほんの少し、弟の遊びに付き合ってあげてるみたいな気がしておかしい。でも前は私たち、沢山けんかをしたのに、今のゆうとくんは、いいよいいよって、すぐに云う。とってもやさしくて、私はそれがなんだか少しかなしいです。なぜなのかわかりません。

 お母さんだってそうです。とても静かで、とてもやさしいです。だから私は自分のことがはずかしいみたいな気持ちになって、それで、いい子にしていようと思います。

 

 お母さんも、ゆうとくんも、送り火の日の夜にはいってしまいます。だから、私は送り火の夜をいつも、はしゃぎ過ぎてしまって、よく覚えていられません。本当はさみしくて、それできゃあきゃあ、はしゃぐのです。お母さんが私に、いい子でね、と云います。ずっといい子でね、やさしい子になってね。私は泣きそうなのをがまんします。

 

 ゆうとくんとお母さんが乗った電車が事故になったとき、私はカゼで、ゆうとくんのお母さんにあずけられていました。体そう教室にいくところでした。大雨の日でした。病気じゃなかったら私も、一緒に電車に乗っていました。

 

 もうすぐ八月がやってきます。

 私は今年も、前に祖母に教わった、冷たい蜜白玉を作って待っていようと思います。

  

                    十二組  交野坂清奈

 

 

    &

 

 

子供をつくろう

 

 

子供をつくろう、ぼくらは。

 

僕たちはあまりに多くの人を

失ってしまったから

子供をつくろう

 

埋め合わせるためでなく

失った人のことを伝えるために

 

 

 

子供をつくろう、ぼくらは。

 

僕たちは優しかったあの人を

失ってしまったから

優しい子供をつくろう

 

埋め合わせるためでなく

いつかあの人のオムレツが

おいしかったことを話すために

 

 

 

子供をつくろう、ぼくらは。

 

僕たちはかわいかったあの子を

失ってしまったから

かわいい子供をつくろう

 

埋め合わせるためでなく

たまに見せるえくぼが

とても好きだったことを

やっと伝えるかんじで

 

 

 

子供をつくろう、ぼくらは。

 

僕たちは弱かったから

多くの人を奪われてしまったから

強い子供をつくろう

 

取り戻すためでなく

思い出を守っていってくれるように

 

 

 

ばーちゃんのしわだらけの手から

とーさんのごつい手から

女の子のやわらかい手から

赤ちゃんのちっちゃい手から

 

そしてかーさんのお腹を触って

子宮の中の命まで

脈々と繋げてく

 

ために

 

 

子供をつくろう、ぼくらは。

 

僕たちはあまりに多くの人を

失ってしまったから

子供をつくろう

 

埋め合わせるためでなく

失った人のことを伝えるために

 

 

 

 

 

ほら

コウノトリが飛んでった

 

その向こうをかすめる火葬場の煙

骨を軽すぎると形容するのは

子供たちが計り方を知らないから。

 

彼ら彼女らが遺した

言葉や体温、シャンプーの香りが

白いカケラにずしりと

こびりついている。

 

だから

骨をゆっくりひもとき伝える。

風が流れてく。

                                                                                                                                                                                                                                                      

そして今年も暑い夏がきた。

来年も夏はくる。その来年も。

 

種はやがて大輪のひまわりになり

ショートホープは値上がりして

子ネコは町の王様になり

空は背丈のぶん少し低くなり

思い出は未来になる。

 

 

 

 

ぼくらは子供をつくろう。

また、会えるように。

 

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『夏空こわれる』 泉由良 @yuraly

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