運命の夏祭り
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_田中先輩と会ってから一週間が過ぎ、ついに夏祭りの日になった。
待ち合わせの駅の前で、私は一人心臓ドキドキ鳴らしながら立っていた。
変なところはないだろうかと、改めて自分の服装を見下ろす。田中先輩と会った日には服を買う気になれず、結局後日また別のショッピングモールに買いに行ったわけだけど…これで合ってるんだろうか?
買ったのは、シンプルな白のブラウスに黒のスキニーだ。胸上から肩まで、透け感のあるアイレットレースの刺繍になっている。
あたえ先輩は浴衣でも私服でもきっと華やかだろうから、隣に並んだ時にバランスが取れる様意識したけれど、変じゃないかと不安になる。先輩はこの服装を見てどう思うんだろう。あまり好きじゃないかな。パステルカラーとかでまとめた方がよかったんだろうか。
そわそわする気持ちを抑えられずに立っていると、私の名前を呼ぶ先輩の声がした。
「もっちー!ごめんお待たせ!」
「全然待ってないですよ」
「嘘だー!飲み物買ってるじゃん!外で待ってて暑かったんじゃないの?」
「あ、いや、これは、その…」
手に持っていたペットボトルを指差され、私はしどろもどろになる。
図星だ。家にいても落ち着かなくて、待ち合わせの40分前には駅に着いていた。
「10分前に着いたからもっちーもそれくらいかなーって思ってたんだけど…ごめんね、待たせちゃって」
「いえ、私が…楽しみで落ち着かなかっただけなので」
「そ、そっか」
なんだか照れるなー、とあたえ先輩がはにかんだ。
あー、やばい。めちゃくちゃ可愛い。
先輩は紺色の布地に赤い椿が描かれた浴衣を着ていて、髪もアップスタイルだ。ゆるく出された顔周りの髪の毛がまた色っぽい。
「あの…浴衣、似合ってますね」
「ほんとに!?ありがと!」
素直に喜ぶあたえ先輩に、私はちょっとほっとする。もしかしたら、この褒め言葉も受け取ってもらえないかもしれないと思ったからだ。
先輩が必要以上に自分の容姿を貶める理由が、本当に中学の頃の出来事が理由なのかはわからない。けれど、原因がなんであれ、私はあたえ先輩には心からの笑顔でいてほしいと思っている。
「じゃ、行こっか!花火までまだ時間あるから、屋台回ろ!」
「はい」
二人並んで、祭り会場までの道を歩き出す。
「何食べよっかな〜、りんご飴はマストでしょ、あとたこ焼きと…」
隣を歩くあたえ先輩が、指折り数えながら言った。
「あんまり食べ過ぎると帯がキツくなるんじゃないですか?」
「うー、そうなんだよね〜…」
先輩が、ガックリと肩を落とす。そんなに食べたかったのか。
「じゃあ、先輩が食べたいもの、とりあえず全部買いましょう。私が半分食べますから」
「え、いいの!?」
勿論。あたえ先輩の笑顔が見れるなら、それ位のことはいくらでも。
…そんな本音は飲み込んで、私は普段通りの返事をする。
「私もお腹減ってますし、色々食べれた方が楽しいじゃないですか」
「ありがとう〜!!!」
今日一番の笑顔になった先輩に、私の頬も緩む。無邪気にはしゃぐ先輩は、なんだか小さな子どもみたいだ。
_会場に着き、私たちは早速屋台に並んでいた。
「やっぱり混んでますね」
「そうだね〜、あ!あのお面、今流行ってるアニメのじゃない!?」
「あぁ、従兄弟がアレのおもちゃ買ってました」
「やっぱ人気なんだねー」
そんな会話をしつつ、ぼーっと列が前に進むのを待つ。皆暑くないんだろうか。こんな蒸し暑い中並んでいたら、かき氷を頭から被りたくなってしまいそうだ。
あたえ先輩は大丈夫だろうかと、横に立つ彼女を見る。先輩は、どこか一点をじっと見つめていた。
「先輩?」
「えっ!?あっ…もう列進んだ!?」
「いえ、まだですけど」
先輩が見ていた方向を私も見たけれど、そこには流れる人混みがあるだけだった。
あたえ先輩が焦った声で、私に話しかけてくる。
「いや〜、りんご飴楽しみだなー!早く食べたい!」
「りんご飴なんて久しぶりです」
「そうなの!?私はお祭りに行くたびに食べてたよ」
…触れない方がいいのかな。
どうしたんだろう、とは思いつつも、私はそのまま先輩との会話に戻った。
_そうこうしている内に、花火の時間が近づいてきた。
「いっぱい買ったね〜!」
「そうですね」
あたえ先輩の両手にはりんご飴にたこ焼き、肘にぶら下げている袋には焼きそばにベビーカステラと、食糧にはしばらく困らない体勢だ。
「土手のあたりに座りながら食べよっか!」
「はい」
二人で土手に移動し、草っ原の上に荷物を置いた。
「あたえ先輩、どうぞ」
私は、先輩が座ろうとした位置にハンカチを敷いた。綺麗な浴衣が汚れてしまってはいけない。
「え、ありがとう!」
あたえ先輩が驚いたように目を丸くした。いえ、と私も返事をする。
「なんだかこんなに丁寧に扱ってもらっちゃって、照れるなぁ」
先輩が照れ笑いをしながら、頬を人差し指で掻いた。その頬は少し赤く染まっていて、私の胸もとくんと跳ねる。
二人で座り込み、先輩がスマホを取り出した。
「もう19時か〜、花火まであとどれくらいだろ?」
「もうすぐなはずなんですけど_あ、」
私の言葉を遮るように、夜空に大輪の花が咲いた。
「うわー!!キレー!!」
「本当ですね」
次々と打ち上げられる花火を見ながら、先輩と感想を言い合う。
花火なんて、小さい頃以来かもしれない。
「あ、ハートだ」
「色々あるんですね」
他に比べて控え目な音で、ハートや楕円など細やかなデザインの花火たちが打ち上げられる。10発、20発_どんどん花火が打ち上げられていく。
打ち上げ音の低い響きが、心臓を震わせる。
「そろそろフィナーレかなぁ」
隣で夜空を見上げる先輩の瞳が、花火の光を反射してキラキラと輝いている。花火を楽しむその笑顔は、きっと心からのものであると信じたい。
「先輩」
「ん?どした?」
_フィナーレの開幕を知らせる花火の打ち上げ音が、辺りに轟いた。
「好きです」
最後の力を振り絞るかのように、夜空にどんどん花火が打ち上げられていく。私の方を向いた先輩が、そのままの表情で固まった。
「私は…あたえ先輩のことが、好きです」
私は先輩を見つめながら、彼女の言葉をじっと待つ。
心臓が煩い。花火の音なんか比じゃないくらい、ドクンドクンと体腔に響く。
俯いた先輩が、唇を開いた。
「_ごめんね」
_夏祭りのラストを飾る花火が、打ち上げられた。
「…はい」
面白いくらいに、心臓が一瞬で冷え込むのがわかった。
「すみません、突然」
「ううん、こちらこそ…、」
「花火、終わりましたね。帰りましょうか」
私が遮った先輩の言葉は、「ごめんね」と続くのだろうと思った。立て続けに、その言葉を聞くのは御免だ。
私は立ち上がり、自分の荷物を持った。夏の暑さで体温は高いままなのに、心は凍りついたように重たい。
「あの、もっちー…」
先輩が立ち上がりつつ、遠慮がちに私に声をかける。
「結構遅くなりましたね。送ります」
「あ、あのさ…」
「_すみません、あたえ先輩」
先輩と向き合いながら、私は先輩の顔が見れずに視線を逸らした。
「今はちょっと…心の整理がつきそうにないので」
「そ、そっか…そうだよね」
「はい」
今、私はどんな表情をしているんだろう。
いつもと違う先輩の声が、私の顔が歪んでいることを何となく予想させる。
「…じゃあ、行きましょうか」
「う、うん…」
先輩の顔が見れないまま、私は先輩に背を向けて駅の方へと歩き出した。私の少し後ろを歩く先輩が、俯きながら遠慮がちに着いてくる。
_結局その帰り道は、沈黙を貫いたままだった。
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