第166話
燻してみたら。
そうソフィアに言われたイオは、驚くと同時に納得する。
(別に何らかの攻撃でわざわざ敵を洞窟の外に出す必要はないのか)
もちろん、燻すといったようなことをすれば、それもまた十分な攻撃となる。
そういう意味では、イオの考えは微妙に間違っているようなものだろう。
だが……それは今のイオにはあまり関係ない。
自分が攻撃をするかどうかというのは、この場合あまり関係がない。
今の状況で自分がやるべきなのは、ソフィアのアドバイス通り木々を燃やして洞窟の中を燻すだけだ。
幸い、ここは森だ。
洞窟の周辺は木が伐採されているものの、それでも周辺に生えている木を見つけるのは難しくはない。
普通なら焚き火をするときは乾いている木を使い、折ったばかりの木というのは生木で煙だけが大量に出る。
しかし、この場合はむしろそれが最適だった。
ソフィアの声が洞窟の中にも聞こえたのだろう。
明らかに焦っている気配をイオでも感じることが出来た。
当然だろう。
魔法やマジックアイテムのような特殊な手段があったり、あるいは洞窟の中で穴を掘って新たに外に続く通路を作っておいたりしない限りは燻された煙によって死ぬ。
そうならないためには、それこそすぐにでも洞窟を出る必要がある。
だが、洞窟から出ればイオの使う魔剣によって一撃で殺される……あるいは殺されはしなくても気絶させられる。
実際にはイオの使う魔剣は回数制限があるので、そこまで連続して使うような真似は出来ないのだが。
魔剣の研究している女からは、十五回は確実に使えるが二十回は無理と言われている。
今の状況ですでに二回使っているので、残り十三回くらい。
(短剣の魔剣を使うか、それともミニメテオを使うか……取りあえず敵が焦って出て来たら即座に魔法を使えるようにしておいて方がいい……か?)
イオはそんな風に考えつつ、左手に魔剣を持ち替え、右手で地面に置いておいた杖を手に取る。
もし呪文を唱えているときに敵が洞窟から飛び出してきたら、一度呪文を止めて魔剣に持ち替え、雷を放つ。
そうでない場合は、いつでも呪文を発動出来るようにしておきながら、待機させるというのが狙いだった。
(って、魔法を発動させる直前までで待機する……俺にそんな真似が出来るのか?)
ふとそんな風に思うが、イオの中には何故か出来るといった確信があった。
何か理由があって出来ると思っている訳ではない。
あくまでもそのように感じるというだけだったが……イオも何故そのように思えるのかは分からない。
(出来れば魔剣を使いたくないと思っているから、無理にそんな風に思い込んでるとか、そういうのはないよな?)
魔剣というのは、基本的にかなり高価な武器だ。
イオの場合は相手が隕石を欲していたから入手出来たのだが、それでも普通の魔剣ではなく使い捨ての魔剣となる。
……それでも普通ならなかなか手が出ないくらいに高価ではあるのだが。
使い捨てでもそのくらいの値段になるというのが、普通の魔剣がどのくらい高価で、普通ならそう簡単に手を出せる物ではないということの証だろう。
使い捨てにすることで代金を安くし、より多くの者が魔剣を使えるように……というのは建前で、結局のところイオに魔剣を渡した女は自分の知識欲を満たすために研究をしているのだが。
それでも結果として使い捨ての魔剣を作り上げたのだから、その技術力は称賛されるべきものだった。
とはいえ、それでも魔剣の高額さを考えるとイオはここであまり魔剣を使いたくないというのは間違いなかった。
「レックス、しばらく洞窟の見張りを頼む。俺は煙を出すための生木を持ってくるから」
洞窟の中にいる者達に聞こえるように言いつつも、イオにそのつもりはない。
レックスもそれを理解はしているのか、イオの言葉を聞いても一体何を言ってるのかといったように反応する様子はない。
単純にまだ戦闘に慣れていないレックスは、気を抜くといった真似をすることが出来ないだけなのかもしれないが。
イオは洞窟の中から見えないように……生木を集めに動いたように見せながら、洞窟の中からは見えない場所に移動すると、杖を手にしたまま呪文を唱え始める。
『空に漂いし小さな石よ、我の意思に従い小さなその姿を我が前に現し、我が敵を射貫け』
普段なら、ここまで呪文を唱えると即座にミニメテオを発動する。
しかし、今回はあくまでもミニメテオをいつでも発動出来るように準備をするのが必須だ。
いつでも魔法を発動出来るようにしておきながら、洞窟の中の者たちが行動を起こすのを待つ。
(やっぱりな)
魔法を発動する直前で止めるという行為。
何の根拠もなかったが、イオの中ではそれが出来るといった確信があった。
それを示すかのように、現在こうして魔法が発動する直前で止めることが出来ている。
表でそんなことが行われている中、洞窟の中では……
「おい、どうするんだ!? このままだと俺たちは何も出来ずに死ぬぞ!」
「落ち着け、あれは俺たちを洞窟から出すための罠だ! 本当に煙で燻すなんて真似はしない!」
「何でそんなことが言えるんだよ! 別にそんな真似をしても特に問題はないだろ!? なら、俺たちをどうにかするためにどんな手段を使ってもおかしくはない! こっちに人質がいるなら、向こうもそんな真似は出来ないだろうけど!」
もし人質がいれば、洞窟の中に煙を大量に送り込むということは兵士たちだけではなく人質の死も意味する。
しかし、それはあくまでも人質がいればの話だ。
生憎と現在この洞窟の中にはここで行動するための物資はあるが、人質はいない。
この辺りを荒らし回れば、人質として若い女を連れてくるといったことも出来ただろうが、まだ行動に移していないのだ。
もうそろそろ行動を起こそうと思っていた矢先に今回の出来事だった。
イオが生木を伐採すると、これ見よがしに聞こえるように言ってきたのだ。
その言葉を聞いて洞窟から出れば、最初に倒された二人のように即座に魔剣によって攻撃される。
かといって洞窟から出なければ、生木を燃やされた煙が充満することによって洞窟の中で死んでしまうだろう。
どちらがいいか。
それはどう考えても、洞窟から外に出た方が生き残る可能性が高かった。
洞窟の前で待ち受けている敵は、二人。
聞こえてきた声から他にも何人かいるのは間違いないが、それでも洞窟の前にいる訳ではない以上、倒すことは出来なくても逃げることは可能かもしれない。
逃げられず魔剣によって攻撃される可能性もあるが、それでもどちらが生き残れる可能性が高いかと言われれば、言うまでもなく後者だ。
「出るぞ。このままだと俺たちは全滅だ。それなら何とかして生き延びられる可能性に賭けた方がいい」
残っていた兵士の一人……洞窟の出入り口を挟んでの戦いのときに、洞窟の中に退くと口にした人物がそう言う。
ここにいる兵士たちを率いる男なのだが、その男の言葉に周囲の兵士たちは不安そうな表情を浮かべる。
今の自分たちのこの状況になったのは、この男の指示からなのだ。
最初に二人倒されたとき、そこで退くのではなく一気に前に出て脱出していれば、今のような状況にはなっていなかっただろう。
もっとも、そう言えるのは今になったからのことで、先程洞窟の中に退くと指示をされたときにはその素早い指示に皆が感心していたのだが。
もっとも、ここにいる兵士たちはこの男の指示に従うというのを身体に教え込まれている。
そうである以上、本当にそのような真似をしてもいいのか? という思いがあっても、ここで退くという選択肢は存在しない。
「分かりました。じゃあ、行きましょう」
一人がそう言うと、他の者たちも同様に了承の言葉を口に出す。
今のこの状況を考えると、このままここにいれば煙で燻されるだけだというのも大きいだろう。
そんな面々に向かって頷くと、指揮を執っている男は口を開く。
「いいか? まずは俺が真っ先に出て、矢を止めた連中に攻撃をする。お前たちはそのすぐあとに洞窟を出るんだ。そうしたらすぐにこの場を離れるぞ」
指揮を執る男が最初に出て、しかも真っ先に逃げるのではなく攻撃を担当する。
そう言われた他の男たちは、感心した様子を見せる。
自分から真っ先に前線に向かう男は、信じても大丈夫な相手なのだと。
「分かりました。やって……やってやりましょう!」
「その意気だ。俺たちを洞窟に閉じ込めたと思って安心してる連中を悔しがらせて、そして思い知らせてやるぞ」
そうしてやる気に満ちた声を出す兵士たち。
もし指揮を執っている男が最初に前に出るといったような真似をせず、後方……安全な場所から指揮だけを執るような真似をした場合、ここまで士気は上がらなかっただろう。
結局自分は安全な場所にいるだけというのは、実際に戦う者たちの士気を下げるのだから。
もちろん、実際には指揮を執る者が安全な場所にいなければ、しっかりとした指揮は執れない。
そういう意味では、指揮官と前線で戦う一兵卒では見ている者が違うのだろう。
もっとも、この部隊のように少数での戦いとなれば話は違ってくるが。
「行くぞ。いいな? 洞窟から出たら、森を出て他の場所……そうだな。別の連中が潜んでいる場所に合流しろ。いくつか場所は知ってるな?」
男の言葉に、生き残り全員が頷く。
この領地に進入しているのは、男たちだけではない。
他にも複数の兵士が侵入しており、戦争が始まったら後方攪乱や破壊工作といったことを任されていた。
そうである以上、ここで全滅をするような真似はせず、そちらに合流する方が先だった。
「よし……行くぞ!」
他の兵士たちに合図をし、同時に自分たちを奮い立たせるためにも大きく叫ぶと、男は長剣を手に洞窟から走り出す。
向かうのは、当然だが洞窟の前で待ち伏せをしている男。
金属鎧や縦を装備しており、兵士や傭兵よりも騎士と呼んだ方が相応しいのではないかと思しき相手に向かって一直線に走り……そして思い切り長剣を盾の上から叩き付けるのだった。
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