第146話

「イオ、ちょっといい?」


 ギュンターの指示に従い、野営地にあったテントを畳み、ある程度の準備が終わったところでイオは不意にそう声をかけられる。

 声のした方に視線を向けると、そこには見覚えのある人物がいた。


「えっと、たしか研究者の……」

「覚えて貰っていて嬉しいわ。これを渡しにきたの」


 そう言い、研究者の女がイオに渡してきたのは、一本の短剣。

 鞘に収まっているので、刃を見るようなことは出来ない。

 しかし、その短剣が何なのかはこの女の顔を思い出したイオには理解出来た。


「これって、もしかして魔剣ですか?」


 そう尋ねるイオに、女は笑みを浮かべて頷く。

 目の前の女はイオと交渉をし、ミニメテオで入手した隕石を渡す代わりに魔剣を貰うということになっていた相手だったと、交渉の内容を思い出す。

 そして思い出すと同時に、その魔剣の意味もきちんと理解した。

 すなわち、それは使い捨ての魔剣であると。


「ええ。小さいとはいえ隕石を貰うという取引をした以上、こっちもきちんと魔剣を渡す必要があるでしょう?」

「ありがとうございます」


 短剣型の魔剣を受け取り、嬉しそうな笑みを浮かべるイオ。

 日本にいたときにファンタジー系の漫画を好んで読んでいたイオにしてみれば、魔剣というのは非常に興味深いものだった。

 ミニメテオを使って隕石を渡したあとで起きた諸々の出来事で、実は魔剣の件についてはすっかり忘れていたのだが……研究者の方でしっかりとそのことを覚えており、こうして魔剣を渡してくれたことには好意を抱く。

 もし女がそのつもりなら、魔剣は渡さずに隕石だけを受け取っていなくなる……といったような真似も出来たのだ。

 それをしなかったのは、女の誠意だろう。

 もちろん、それ以外にもここでそのような真似をすれば、次からは間違いなく隕石を譲ってもらえないだろうという考えもあったのだろうが。

 今回は小さな隕石を入手出来たものの、その小さな隕石だけで満足するか……あるいは、きちんと魔剣を渡して、また次の取引を行えるようにしたいか。

 女がそれを考え、結果として判断したのは後者だったのだろう。

 賢い選択であるのは間違いない。


「それで、この魔剣だけど……色々と説明しておく必要があるわ」


 そう言い、女は魔剣について説明する。

 これを言わないで渡すと、それがイオにとっていざというときに致命的なことになるかもしれないと、そう思ったのだろう。

 真剣な表情で頷くイオを見て、女は説明を始める。


「まず最初に、以前言ったと思うけど、この魔剣は回数制限があるわ。その使用頻度や使ったときの威力にもよるから、正確に何回といったことは言えないけど、それでも……どんなに頑張っても十回……いえ、五回程度しか使えないと思うわ」


 五回しか使えないのを五回しか使えないと考えるか、五回もつかえると考えるのかは、人それぞれだろう。

 イオの場合は、取りあえず五回も使えると認識していた。


「分かりました。五回ですね」

「勘違いしないでね。最大でも五回よ。使い方やその状況、あるいは魔剣にかかる負荷によっては、もっと少ないかもしれないから、気を付けて」

「まだ使えるのか、それとも使えないのか。それはどう判断すればいいんですか?」

「ああ、それについては簡単よ。もし限界になったら、魔剣の刃の部分が壊れるわ。逆に言えば、刀身が維持されている限りはまだ使えるということになるわね」


 その説明は、イオにとっても分かりやすいものだった。

 もし何かを間違って、魔剣がもう使えない状態なのに魔剣を使おうとして、それによって致命的な被害を受けるというよりは、刀身がなくなるという方が非常に分かりやすい。


「分かりやすいので、間違ったりはしないですみそうですね。……それで、魔剣の効果はどういうものです?」

「風の刃を放つというものよ。ああ、別に直接魔剣を振って発動するとか、そういう真似はしなくてもいいわ。短剣の切っ先を相手に向けてマジックアイテムを使うように魔力を流せば、それで魔剣は発動するから。もっとも、振って相手に狙いを悟らせないという技術もあるけど」


 狙いが付けにくくなるから初心者にはお勧めしないわ。

 そう告げる女。


「その辺は、実際に試してみて……というのが出来ないのがちょっと難しいところですね」


 短剣を振るう練習くらいなら問題なく出来る。

 しかし、その短剣が魔剣である以上、実際に魔剣を振るってみなければその使い勝手は分からない。

 しかし、ここで問題になってくるのが五回くらいしか魔剣を使うことが出来ないということだろう。

 下手に練習で一回使ってしまうと、それは魔剣の寿命を大きく縮めてしまう。


「そうね。ただ、それはあくまでも敵に狙いを定めないようにさせるという技術だから、無理をしてでもやる必要はないと思うわ。あとは……そうね。魔剣の手入れそのものは普通の武器と同じよ。刃もついているし、物を切ることも出来るわ。当然戦闘にも使えるけど……」


 そう言われたイオだったが、短剣を使った戦闘で実際に戦えるかと言われると、正直なところ難しい。

 本格的に鍛えてきた傭兵たちと違うというのが大きいのだろう。

 また、短剣はその名の通り刃が短いからこそ短剣と呼ばれている。

 つまり、攻撃範囲が短いのだ。

 そうである以上、長剣や……ましてや攻撃範囲の広い槍のような武器と比べると、かなり不利となる。

 もちろんイオの身のこなしが素早く、相手が反応するよりも前に敵との間合いを詰めたり、敵の攻撃を回避しつつ間合いを詰めるといったようなことが出来るのなら、話は別だが。

 しかし、生憎とイオにそのような真似は出来ない。

 街中の喧嘩であれば、まだどうにか出来るかもしれないが……それが実戦となると、かなり厳しいというのはイオにも理解出来た。

 そもそもイオは魔法使いなのだから。

 また、イオが客人であるということの他に、そのような理由もあってレックスのような護衛を付けられているという一面もある。


「取りあえず、敵と戦うときに短剣としては使わないと思います」

「あら、そう? それはちょっと残念ね。でも……それならそれでいいと思うわ」


 女の目から見ても、イオが短剣を使った生身の戦闘は出来ないと、そのように思えたのだろう。

 納得した様子で呟く。

 そんな女の様子に若干思うところがあったイオだったが、現在の自分の力を考えればそのように言われても仕方がないと思う。

 あくまでも今の自分は魔法使い……それも流星魔法に特化した存在でしかないのだから。

 こうして貰った短剣も、あくまでいざという時のために使うものでしかない。

 今この状況で下手に自分が短剣を使って戦うといった選択肢を選んだ場合、それは見事なまでに自滅の道に進むようになるだろうというのがイオの予想だった。


「ちなみに、この魔剣は使い捨てという話でしたけど、もっと魔法を使える回数を増やす魔剣とか、そういうのはあるんですか?」


 そう聞いたのは、イオにとってこの魔剣がそれなり以上に興味深いものだったからだろう。

 魔力の類を使わず、呪文も必要なく、魔力を流すだけで発動する魔剣。

 いざというときにこれだけ頼れる武器もそうない。

 ……問題なのは、いざというときに実際に魔剣を使えるかどうかということだろうが。

 また、ファンタジー漫画が好きだったイオにしてみれば、魔剣という言葉だけで胸躍るものがあるのも事実。

 だからこそ、もっとこういう魔剣がないのかと尋ねたのだろう。

 そんなイオの言葉に、女は少し考えてから口を開く。


「あるかないかと言われれば、あるわ。ただし、こっちはかなり金や技術を使って作った魔剣だから、そう簡単に譲ることは出来ないわね」

「もう一つ隕石を渡してもですか?」

「う……」


 隕石の研究をしている女だけに、イオの口から出た言葉はかなり興味深かったのだろう。

 数日前にイオから受け取った隕石は、道具がないのでまだ完全に調べたという訳ではないが、魔剣を作る上で色々と有用な鉱石が混ざっている可能性が高そうだった。

 それはつまり、イオからまた隕石を貰えばその鉱石が増える……あるいはもっと別の鉱石がある可能性が高い。

 研究者として、女はイオの言葉を魅力を感じてしまう。

 すぐにでも頷こうとした女だったが、しかし何とか頷くのを堪えて首を横に振る。


「さっきも言ったけど、長剣の方はかなり手間暇がかかっているの。イオの隕石は欲しいけど、だからといって一個じゃ……」

「なら二個で」

「……え?」


 女は勿体ぶって、可能ならもっとイオに隕石を出させる予定だった。

 そう簡単にいくとは思っていなかったが、それでもまさかこうも簡単にもう一個隕石を追加してくろとは思わなかったのだ。

 そんな意外さが、女の口から間の抜けた声を出させることになる。

 女にしてみれば、隕石というのはそう簡単に入手出来るものではない。

 そもそも、隕石を見つけることそのものが非常に難易度が高いのだから。

 地面に落ちている石を拾い、それを様々な道具を使って……場合によってはマジックアイテムの類を使って調査を行い、それで隕石かどうかを確認する必要がある。

 運がいい……本当に運のいい者なら、隕石が地上に向かって降下してくるのを偶然その目で見て、その隕石を見つけるといった真似も出来るが、そんなことができるのは本当に一握りの者だけだ。

 当然ながら、イオと話している女はそんなに運がいい訳ではない。

 しかし隕石の研究は魔剣についても大きく影響してくる……可能性もあるために、少しでも多くの隕石が欲しいというのが正直なところだ。


「足りないですか? なら三個で」

「ちょっ! 本気!?」


 二個というだけでも驚いたのに、そこから更に追加されて三個になったことに驚きの声を上げる女。

 もちろん複数個の隕石を貰えるのは嬉しい。

 嬉しいし、それこそ出来ればもっと欲しいのが正直なところだ。

 だが……それだけ多数の隕石を持っているのを知られると、それが狙われる可能性もあった。

 この状況をどうしろと?

 天国と地獄と味わったかのような様子で、研究者の女は悩むのだった。

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