第143話
グルタス伯爵との戦争に参加するという話が決まってそれぞれ準備をするようにとソフィアが指示を出すと、早速準備を始める。
そんな中、イオは改めてソフィアに呼ばれていた。
多くの者が自分の仕事をしているとき、イオだけがソフィアに呼ばれるといったので、当然ながらそれに対して嫉妬の視線を向ける者もいる。
しかし、この場にいる者の多くはイオの使う魔法がどれだけの威力を持っているのかを十分に……十分すぎるほどに理解していた。
中にはイオの流星魔法を使えば、戦いらしい戦いにならないと不満を抱いている者もそれなりにいたが。
また、ドラインのように性格的に気にくわない、存在そのものが許容出来ないといったような者いて、そのような者たちは苛立ちや憎悪、嫌悪……そんな視線をイオに向けていたが。
イオにしてみれば、そのような視線にはそれとなく気が付いていたものの、それでも今の状況を思えば自分にそんな視線を向けるのはどうかという思いがあるのも事実。
今はこれから戦いに向かうのだ。
そこで自分に対して妙なちょっかいをかけられるというのは……正直、困る。
「私の方から何か言っておいた方がいいかしら?」
当然だが、イオが自分に向けられた視線に気が付いているということは、ソフィアもまたその視線には気が付く。
そんなソフィアの言葉に、少し迷うイオ。
ここでソフィアに注意して貰えば、取りあえず少しの間はちょっかいを出されるようなことはなくなるだろう。
しかし、それだけにソフィアに手を回して貰ったということで恨まれる可能性もあった。
(まぁ、それならそれで正直構わなかったりするんだけど)
イオにしてみれば、一緒に行動している相手と険悪な関係になるのは避けたい。
避けたいのだが、だからといって向こうに遠慮をして行動するというのも面白くはなかった。
そのような真似をすれば、相手に負けた気になるのだ。
「今は取りあえずこのままでいいです。ただ、同じような真似を何度もしてくるようならお願いするかもしれません」
結局イオが選んだのは、先送りという選択肢だった。
ドラインが今まで以上に何かをしてこようものなら、ソフィアにその件を頼むことになるだろう。
だが、ドラインも自分がどのような態度を取っているのかをソフィアに知られたのは理解した筈だ。
そうである以上、ここでさらにイオに向かって敵意を剥き出しにするような真似をすれば、最悪……本当に最悪の場合、黎明の覇者を首になる可能性があった。
ソフィアにしてみれば、個人の感情で戦いに問題を起こすかもしれない相手を自分の傭兵団に所属させておきたくはないだろう。
もしその私情によってイオに危害を加えるようなことになった場合、イオを客人として遇しているソフィアの面子が完全に潰されるということになるのだから。
これで、ドラインが他の者で代替出来ないような特殊な技能を持っていれば、ソフィアも首にするかどうかを迷うだろう。
それこそ、イオの使う流星魔法のように。
しかし、ドラインは一定の実力を持つ傭兵ではあるが、言ってみればそれだけだ。
ランクが下の傭兵団なら即戦力となるだけの実力があるものの、黎明の覇者においては新人扱いでしかない。
もしソフィアがイオとドラインのどちらを選ぶかと選択を迫られれば、一切の躊躇なくイオを選ぶだろう。
一応、ドラインもソフィアが黎明の覇者に所属しても問題ないと判断した相手なのだが……この辺りは、ソフィアの人を見る目がまだ甘かったのか、あるいはドラインが自分の素性を隠すのが上手かったのか。
「そう。でも、イオは私たちの客人であるというのは忘れないでね。そんなイオに黎明の覇者の傭兵が傷を付けたということになれば、それは私にとっても恥でしかないのだから」
もしドラインがイオを傷付け、それを咎めもしなかった場合。
そのようなことになったら、ソフィアは……いや、黎明の覇者の面子は大きく潰れる。
いや、面子が潰れるだけではなく、客人として迎えた者を身内の攻撃からも守ることが出来なかったということで、他の傭兵たちから大きく侮られてしまうだろう。
一種の信用問題にすら発展してもおかしくはない。
「分かりました。もしそうなったら、しっかりとソフィアさんたちにお願いしますね。……もちろん、ローザさんやギュンターさんにも。
そう言い、イオは自分の周囲にいる他の二人にも声をかける。
そんなイオの様子に、見ていたローザたちも納得した様子で頷く。
ローザたちにしてみれば、ソフィアと同じく今のこの状況には思うところがあったのだろう。
「その件はそれでいいとして……改めて聞いておくわね。これから私たちはグルタス伯爵との戦いになる訳だけど、本当にイオも来るの?」
そう尋ねるソフィアの視線は真剣なものだ。
ダーロットとの会談の際にも、イオは戦いに参加するつもりだった。
そうである以上、ここで改めて聞く必要もないのでは?
イオにしてみればそう思わないでもなかったが、ソフィアはふざけている様子はなく、真剣なものだ。
そんな様子を見れば、イオもまた真剣に答えなければならないと判断し、頷く。
「はい。俺も行きます。今回の件は、結局俺の存在が原因で起きた……いえ、起きるような戦いですから」
イオのその言葉は、決して大袈裟なものではない。
グルタス伯爵の息がかかっていたダーロットの部下がソフィアたち……というよりも、イオを狙って攻撃をしてきたのは、イオの使う流星魔法を欲してのことだ。
グルタス伯爵の息がかかっている者にしてみれば、流星魔法のような戦略兵器級の威力を持つ魔法を使う人物を、そのままダーロットの部下にするというのは論外だろう。
そこまでいかずとも、黎明の覇者に所属してドレミナにいるという時点で非常に厄介な状況となる。
それこそ、グルタス伯爵が攻撃をしたときに流星魔法を使われれば一網打尽になるのだから。
だからこそ、何とか黎明の覇者とダーロットの間に亀裂を入れたかったのだろうが……致命的なまでの失敗をしてしまった。
いや、ダーロットの仕業と見せかけて黎明の覇者を襲い、お互いの関係に亀裂を入れたのは十分な成果と言えるだろう。
しかし、男がグルタス伯爵と繋がっているというのを知られたのは、大きな誤算だった。
結果として当初の企みは完全に失敗してしまったのだから。
「イオのせいとまでは思わないけど……イオがそう言うのなら、それでいいわ。けど、戦場に出る以上、私からの指示には従って貰うわよ。敵に流星魔法を使うときも、私の指示で行動してもらうわ。自分で勝手に判断して行動するといった真似は許されないわ。それでもいいのね?」
繰り返し尋ねてくるソフィアの言葉に、イオは素直に頷く。
自分の使う流星魔法がどれだけの威力を持っているのか。
それを知ってるからこそ、ソフィアの指示に従うというのは納得出来た。
「あ、でもメテオはともかく、ミニメテオはどうします? こっちは周囲に与える影響も少ないですし、俺の判断で使ってもいいんでしょうか?}
「……悩ましいわね」
イオの言葉に、ソフィアは少し迷う。
威力だけで考えるのなら、イオの言うようにミニメテオはイオの判断で使わせても問題はないと思う。
しかし、ミニメテオもメテオの一種。
つまり、空から隕石が落ちてくるというのは変わらないのだ。
普通のメテオと比べると、その威力は圧倒的に小さい。
小さいのだが、それでも普通の魔法よりは圧倒的に目立つのだ。
「イオは土と水の魔法が多少なりとも使えるのよね? そっちでどうにかならない?」
「無茶を言わないで下さいよ」
まさかソフィアからそんな無茶ぶりが来るとは思っていなかったイオは、困ったようにそう返す。
実際、イオが土と水の魔法を使えるというのは、間違いのない事実だ。
しかし、それはあくまでもそのような魔法を使えるというだけで、魔法の効果そのものは初心者……あるいは初心者にも及ばない。
土魔法は地面をちょっとへこませる程度の能力しかなく、水魔法いたっては空中に小さな水の塊を生み出せる程度なのだから。
土魔法は突っ込んで来た相手のバランスを崩す……あるいは運がよければ転ばせるといった効果を発揮出来るかもしれない。
その上でさらに幸運に幸運が重なれば、転んだ敵の背後からやって来た敵が転んだ味方に足をひっかけて転ぶかもしれない。
そこからさらに追加で幸運は重なった場合、敵が次々に転んでいく……という可能性もない訳ではなかったが、そんな運を天に任せるようなことを期待出来るはずもなかった。
「そう? そうなると……どうしたらいいと思う? 魔法使いたちと一緒に行動させるにも、ちょっと問題があるでしょうし」
そう言いつつ、ソフィアはローザやギュンターに視線を向ける。
これが普通の軍隊の場合であれば、魔法使いは後方に陣取っており、前線の援護として魔法を使えばそれでいい。
しかし、傭兵団……それもその辺の傭兵団ではなく、黎明の覇者のようなランクA傭兵団ともなれば、話が違ってくる。
魔法使いはただ後方から魔法を使っていればいいだけではなく、臨機応変な対応を求められた。
少しでも有利な場所に移動し、少しでも有効な援護をする……といったように。
そういう意味では、イオは極めて強力な魔法を使えるとはいえ、黎明の覇者の魔法使いとしては決して合格という訳ではない。
あくまでも個人の魔法使いとして戦うのなら……そう、たとえば遠距離からメテオを使うといったような場合であれば、問題はないのだが。
「レックスがいますし、ソフィアさんの話を聞く限りだと他の魔法使いたちと一緒に行動するのは難しそうなので、遊撃とかでしょうか?」
「イオとレックスだけで行動しているのが見つかれば、それこそいい標的だと思われて真っ先に攻撃されてもおかしくないわよ?」
ソフィアの言葉に、イオは言葉に詰まる。
黎明の覇者と一緒に行動すると、どういう風に動けばいいのかが分からないので、足を引っ張る可能性がある。
かといって遊撃という形で動けば、少数が孤立しているということで真っ先に狙われる可能性がある。
どうすればいいのか、イオは迷うのだった。
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