第138話

「この腕輪、よくないですか?」


 ソフィアの護衛をしている女が、手に持った腕輪をソフィアに見せつつ尋ねる。

 そんな二人の様子を、イオはレックスと共に眺めていた。


(これ、服とかを売ってる店とかならそれらしいんだけど……)


 イオはそんな風に思いつつ、視線をソフィアたちから外す。

 するとそこにあったのは、鎧や盾、兜……といった防具。

 そう、護衛の女がソフィアに見せている腕輪も、アクセサリの類ではない。

 正確には腕輪である以上はアクセサリの一面もあるのは事実だ。

 しかし、実際にはその腕輪は腕輪というよりも盾としての一面が強い。

 本物の盾を持ち歩くのは重量的な問題や取り回し的な問題で遠慮したい。

 しかし、いざとなったときに敵の攻撃を防ぐ防具が欲しい。

 そういうときの候補の一つが、腕輪だ。

 ただ、腕輪である以上は当然ながら攻撃を防げる範囲は盾と比べて非常に低いし、防御力という点でも盾には及ばない。

 それでいながら、防具として用意されている以上はそれなりの重さもあるので攻撃の速度が一瞬程度ではあっても遅くなる。

 ……それなりの重量があるということは、一応武器としても使えることを意味しているのだが。

 とにかく、そのような腕輪はどうしても中途半端な防具となってしまう。

 それでも防具……いや、道具というのは使いようだ。

 ソフィアを始めとして、黎明の覇者には一流の実力を持つ傭兵が多数揃っている。

 それだけに、中途半端な防具用の腕輪であっても使い道はあるのだろう。


「レックスは買わないのか?」

「え? 僕ですか? えっと……何で僕が?」


 イオの側で買い物が終わるのを待っていたレックスは、不意にイオから言われたその言葉に不思議そうな視線を向ける。

 本気で自分が何故そのようなことを言ったのか、それが分からないといった様子だ。


「だってレックスは防御に才能があるんだろう? なら、ああいう腕輪とかがあっても何かの役に立つんじゃないか?」


 この場合の何かの役というのは、基本的にイオを守るときのことだろう。

 今のところレックスの主な役目はイオの護衛なのだから。

 だからこそ、レックスもああいう腕輪を購入してもいいのではないかと言ったのだが……レックスは首を横に振る。


「いえ、僕にああいうのは使いこなせないと思います。ああいう腕輪をそれなりに使いこなすには、相当な技量が……というか、判断力とかそういうのが必要だと思いますし。僕の場合、もし防御をするとかなら、普通に盾の方がいいかと」

「そうなのか? 盾とかは、何気に重そうだけどな」


 盾は基本的に金属の塊だ。

 中には木で出来た盾というのもあるが、それらは金属の盾と比べて軽いが、脆い。

 また、木だけに火矢や火の魔法を使われたりすると、どうしても弱い。

 ダンジョンで見つかるアーティファクトの中には木で出来た盾もあるのだが、アーティファクトを見つけるのを当てにする訳にもいかないだろう。

 だからこそ、金属の盾が一般的なのだ。

 ……ソフィアのような例外は、金属の盾であっても容易に貫いたりするのだが。


「攻撃を防ぐには、やっぱり金属の盾の方がいいですよ。腕輪は……むしろ僕よりもイオさんの方が必要なんじゃ?」

「……そう言われるとそうなのか?」


 いざというときに、盾代わりになるかもしれない武器。

 そう考えると、レックスが防御を抜かれたときに備えてイオが腕輪を装備した方がいいというレックスの意見は正論だった。


「けど、腕輪……腕輪か。あまり趣味じゃないんだよな。それに何だかんだでそれなりに重量があるし、俺が腕輪で敵の攻撃を防いだりといった真似はちょっと難しそうだし」


 イオはレックスと違って決して防具に優れている訳ではない。

 いざというときに腕輪で防御が出来るかと言われれば、その答えは否だ。

 そうなると、腕輪があってもただ動きにくいだけということになる。

 もちろん、盾はその重量から論外だが。


(漫画とかで見たように、結界を張るマジックアイテムとかがあれば便利そうなんだけど……そういうマジックアイテムがあるかどうかは、微妙なところなんだよな)


 イオにとっては、漫画の類でそれなりに見たことがある結界を張るマジックアイテムだったが、この世界にそういうのがあるとは限らない。

 あるいはあっても、ダンジョンで見つかるアーティファクトといったところだろう。

 もしくは、マジックアイテムとして売っていても、かなり高額か。

 それを買うような金は……ローザからゴブリンの素材やベヒモスの素材の売り上げを貰うまでは、到底購入は出来なかった。


「あら、これ……足甲だけで売ってるのはちょっと珍しいわね」

「そう言われるとそうかもしれませんね。でも、これを見ると結構な金額ですよ?」


 ソフィアの言葉に売られている足甲を見た女が驚く。

 安い鎧なら一式購入出来るだけの金額がそこには表示されていたからだ。


「ちょっとした値段よね。けど、質はいいわよ?」

「お目が高い!」


 感心したように言うソフィアに、店員が近付いてくる。

 店の品を褒めているのがソフィアであるというのは、当然のように理解しているのだろう。

 ソフィアの美貌は有名で、一目見れば忘れられない……どころか、見たことがなくても噂でソフィアをソフィアであると認識出来るのだから、分からない訳がなかった。

 ソフィアも自分の顔立ちが有名なのは知っているし、今まで何度も同じようなことはあったので、特に気にした様子もなく口を開く。


「これ、どういう品なの? 見た感じでは値段相応の防具のようには思えるけど」

「はい、これはですね。防具を作ることには一流の腕を持っているドワーフ、アズスの作品です」

「アズス……聞いたことがあるわね。うちの傭兵団でも何人か防具を使ってる人がいたわ。評判も悪くなかったし……なるほど。そう考えると、このくらいの値段になるのは理解出来るわ」

「でしょう? ソフィア様のように戦いの中で指揮を執る方には、このような防具は是非とも必要かと」


 傭兵団……いや、傭兵に限らず軍隊であっても指揮を執るタイプというのはいくつかあるが、それでも大きく分けると二種類になる。

 片方はソフィアのように自分も高い戦闘能力を持っているので、前線で戦いながら指揮を執る者。

 もう片方は、後方の安全な場所から指揮を執る者。

 どちらの方かというのは、明確にどちらがとはいかない。

 だが、前線で戦いながら指揮を執るのが難しいのは、考えるまでもなく明らかだろう。

 敵の相手をしつつ指揮を執るのだ。

 当然敵もそのような相手は集中して狙う。

 強敵なのは間違いないが、指揮官がそこにいるのだ。

 どうにかして相手を倒してしまえば、敵は指揮官を失う。

 もちろん、そうなってもすぐに指揮が崩壊するといったことはない。

 副官が指揮を引き継げばいいのだから。

 しかし、それでも指揮官を自分たちの前で失えば敵の士気は下がる。

 それを狙って集中攻撃されるのは珍しい話ではなく、戦場においては相手の意表を突く意味でも足を狙うのは珍しくはない。

 ソフィアに脛から膝くらいまでを覆っている足甲は、防具として相応しいのは間違いなかった。


「団長の綺麗な足が傷つくかもしれないと思えば、こういう強い防具を使ってもいいと思いますけど」


 ソフィアの美貌は知られているが、その身体に傷跡は一つも残っていない。

 これはソフィアが圧倒的な才能を持っており、戦いを無傷で……あるいは攻撃を受けても鎧で受け止めており、その下にはダメージが通っていないことを意味している。

 もちろん全くの無傷という訳でもないのだろうが、その傷は回復魔法やポーションでどうにか出来る程度のものなのだろう。

 それでもソフィアを信奉する女にとっては、出来るだけソフィアが傷つかない方がいいのは間違いない。

 見た目は小さな傷であっても、実は刃に何らかの毒が仕込まれている……ということは、傭兵なら普通にある。

 傭兵というのはとにかく生き残り、勝利するのが優先される。

 ……もっとも、毒で相手を殺すといったような真似をしていれば、それが原因で狙われることになったりしてもおかしくはないのだが。


「そう、ね。……これだけの足甲なら使ってみてもいいかしら。これ、貰える?」

「ありがとうございます!」


 ソフィアの言葉に、店員が嬉しそうに言う。

 店にとっても、この足甲は高名な鍛冶師のドワーフであるアズスが作ったので客寄せになるかもしれないと思ったものの、足甲だけでここまでの値段となるとそう簡単に購入する者はいない。

 迷宮都市や隣国との国境沿いにあるような街であれば傭兵も多くやってきて、その中にはこの足甲を購入しようと考える者もいるかもしれないが……生憎と、ドレミナはそのような場所ではない。

 ゴブリンの軍勢の件で近隣から傭兵たちが集まったが、そんな傭兵たちの中にもこの足甲を買う者はいなかった。

 ゴブリンの軍勢と戦うことになれば相貌の報酬が出て、そんな中にはこの足甲を購入する者もいたかもしれないが……ゴブリンの軍勢は結局イオの流星魔法によって殲滅されている。

 そういう意味では、ゴブリンの軍勢から得た素材をイオから売って貰った黎明の覇者の団長のソフィアがこの足甲を購入するというのは間違っていないのだろう。


「さて、じゃあ次はどこの店に向かおうかしら」


 足甲を買った店を出ると、ソフィアはそう隣の女に……そしてイオとレックスに尋ねる。

 もっとも、イオはどこに行くのかと言われても特にどこかに行きたいと思う場所はない。

 杖を売っている店には顔を出してみたいが、杖にかんしてはキダインから選んで貰うことになっている。


「食料とかはどうですか? グルタス伯爵という相手との戦いになるのなら、食料は出来るだけ多く購入しておいた方がいいと思いますけど」


 イオの言葉に、ソフィアは首を横に振る。


「小麦粉とかを買うのならいいけど、パンとかを買うといつ戦いがあるのか分からない以上、悪くなってしまうかもしれないわ。けど……そうね。食料はともかく食材の類は買っておいてもそう悪くはならないし、そっちを見てみてみましょうか。干し肉や塩漬けの魚、天日干しした野菜とか、そういうのは保存性が高いし」


 ソフィアがイオの提案を若干変え、一行は食材を売ってる店に向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る