第129話
ベヒモスの骨のあった場所から、馬車で出発した翌日。
途中で野営をしたものの、イオにとってはもう何度か野営をしているので、特に問題はなかった。
夜の見張りもそれなりに眠気はあったものの、無難にこなすことが出来たのは、自分でも褒めたいところだ。
そんな訳で、街道の先には目的の場所……ドレミナの姿がある。
「結局追いつけなかったわね」
馬車の中でソフィアがそう呟く。
何に追いつけなかったのかというのは、考えるまでもなく明らかだ。
イオたちよりも前に出発した、グラストたちのことだろう。
グラストたちは、黎明の覇者との和平交渉を無事に締結するということは出来た。
しかし同時に、ドレミナ側からの賠償金……いや、賠償品として、マジックバッグを二つも渡すことになったのだ。
おまけに片方はダーロットがようやく入手出来た、非常に高性能なマジックバッグである。
グラストたちは上から全面的な権限を任されていたので、その交渉は基本的に問題はない。
しかし、マジックバッグを渡すとなるのをグラストは……それ以外にもグラストに指示を出していた者たちも予想外のものであったのは間違いなかった。
そうである以上、グラストとしてはソフィアたちがドレミナに来る前に、しっかりと話を通しておく必要がある。
もし話が上にしっかりと通っていない状況でソフィアたちがやってきて、約束通りマジックバッグを寄越すようにと言ったどうなるか。
それを知らない者にしてみれば、とてもではないが許容出来ないだろう。
そして事情を知らないために、マジックバッグを寄越せなどということは断る。
そうなると、当然ながらソフィアたちも許容は出来ず……最悪の場合、戦いになってもおかしくはないだろう。
戦いになれば、本当の意味で最悪の事態に……ドレミナに隕石が落ちるということも考えないといけない。
そうならないために、グラストは現在必死になって上司を説得してるのは間違いなかった。
ドレミナに入る手続きをするために、並ぶ馬車。
しかし幸か不幸か、この馬車は普通の馬車だ。
これが戦場に向かうのなら、ソフィアがいつも戦場で使っている馬車……黒い虎のモンスターに牽かせる馬車――牽くのが虎なので、虎車と呼ぶのが正しいのだろう――に乗っているのだが、今は戦場ではないので普通の馬車だ。
そんな馬車にのって、手続きをする者たちの行列に並ぶ。
「何だかかなり騒がしいですね」
馬車の窓から外を見つつ、レックスが呟く。
最初は自分たちの正体が知られたのかと思ったのだが、どうやら違うらしいのは、馬車の外にいる者たちが自分たちの方を見ていないので明らかだ。
「流星魔法の効果でしょうね」
「え? 俺ですか?」
ここでソフィアの口から自分の使う魔法の名前が出て来るとは思っていなかったイオは、ソフィアに視線を向けうる。
「流星魔法は使ってませんけど?」
「いえ、使ったでしょう? 以前ドレミナに来たとき。……イオはもう流星魔法を使うのに慣れてきたから、そういうのをあまり気にしなくなったのかもしれないわね。普通に暮らしている人たちにしてみれば、隕石が落ちてくるというだけで動揺するのよ」
「ああ、そう言えば数日前にドレミナから脱出したとき、イオさんはメテオを使いましたね」
ソフィアの言葉にレックスが同意するように言う。
そんな二人の言葉に、イオは納得するしかない。
正確にはドレミナに対してメテオを使った訳ではなく、ドレミナから脱出したイオたちを追跡してきた相手を脅す意味でメテオを使ったのだ。
当然ながら隕石が落ちたのはドレミナに対してではなく、ドレミナからかなり離れた位置だったのだが……それでも、ドレミナの住人にしてみれば恐怖だったのは間違いないだろう。
それはドレミナの住人だけではなく、ドレミナに何らかの用事があって来たような者達もまた同様……いや、街中の外でメテオを使われる恐怖を考えると、やはり街中に入るのを希望する者が多いのだろう。
実際にメテオをドレミナに向けて使われれば、建物の中に隠れていようがいまいが、意味はないのだが。
「そんな訳で、メテオが使われてから数日程度のドレミナは今も結構な騒動になってるんでしょうね。……考えようによっては、イオは実際に敵にメテオをぶつけるようなことをしなくても混乱させることが出来る訳ね」
「それは……一応褒められてると思ってもいいんですか?」
ソフィアの言葉に、イオは少し戸惑う。
だがソフィアはそんなイオの言葉に当然といった様子で頷く。
「傭兵として、これは結構大きな力よ? 相手に直接的な被害を与えず、それでいて間接的にダメージを与えるといったようなことが出来るのだから。……もっとも、そういうのが必要になるようなことは、あまりないでしょうけど」
傭兵という立場である以上、間接的に相手に被害を与えるよりも、直接メテオを使って隕石を当てて壊滅させた方が手っ取り早いということが多いのは明らかだ。
「そういうものですか。……あ」
完全にではないが納得した様子を見せたイオだったが、馬車がドレミナの正門の近くまでやって来たことで……いや、より正確にはこの馬車に誰が乗ってるのかを理解した警備兵の様子を見て、声を上げる。
そんなイオが見ていた警備兵は、しかし大袈裟に騒ぐような真似はしない。
「あれ? てっきり大騒ぎになるかと思ったんですけど」
不思議そうに呟くイオ。
そんなイオの視線の先では、明らかに他に並んでいた者たちとは違い、街に入る手続きは素早く終えた。
現在のドレミナの騒動の原因がイオたちにあると知っている以上、警備兵は何らかの理由を付けて街に入るのを阻止する……といったようなことになってもおかしくはなかったのだが。
「多分、グラストが戻ってきたときに警備兵にその辺を言っておいたんでしょうね」
ソフィアが半ば確信と共にそう告げる。
そんなソフィアの言葉に、イオやレックス、他の者たちが納得した様子を見せた。
グラストにしてみれば、もし警備兵が勝手な真似をして黎明の覇者を怒らせるようなことになり、和平交渉が台無しになる可能性もあるのだから。
そのようなことになったら、ドレミナがどうなるか分からない。
そう考え、警備兵には黎明の覇者が来たら便宜を図るように言っておいたとしても、何も不思議なことではない。
そんなソフィアの説明に、イオはなるほどと納得する。
「黎明の覇者が来たというのを警備兵が騒ぐと、それはそれでまた色々と問題が起きそうな気もしますしね。そういう風にならなかったのは、いい警備兵に当たったからかもしれません」
「イオの言う通りだと思うわ。私としては、グラストがこういう風に行動してくれたのは嬉しいわ。……さて、じゃあ領主の館に行きましょうか」
そう、ソフィアは笑みを浮かべて告げるのだった。
少し時は戻る。
ソフィアたちが夜に野営をしている間にも、グラストは部下たちと必死になってドレミナに向かって走り、朝方……ちょうど正門が開くような時間にドレミナに到着した。
そうしてすぐに上司の住む屋敷に向かい、まだ眠っていた上司を半ば強引に起こして事情を説明したいのだが……それを聞いたグラストの上司は、やがて寝ているところを無理矢理起こされたということや、何よりもその条件が許容出来ずに叫ぶ。
「ふざけるな! 貴様……本当にそんな条件で和平の交渉をしてきたと言うのか!」
部隊長の怒声が部屋の中に響く。
しかし、グラストは報告に来たときにこのように怒鳴られるというのは理解していた。
マジックバッグを……それも二つも引き渡すというのは、それだけ大きな出来事なのだ。
だからこそ、グラストは怒鳴られても怯まず口を開く。
「隊長の怒りはもっともです。ですが、和平交渉については私に全面的に任せるという話だったのでは?」
「それはそうだが、その際に向こうに渡すのはマジックバッグではなく金や宝石といった予定だったはずだろう。それが何故マジックバッグになる?」
「黎明の覇者にとって、金や宝石よりもマジックバッグの方が欲しいと思ったからでしょうね。……私が言うのも何ですが、黎明の覇者はランクA傭兵団です。金を稼ぐというだけなら、今回の件でこちらが予想していたくらいを稼ぐのは難しくないのでしょう」
「今更言うことか! なら、今回の話が決まったときに、そのように言っておくべきだろう!」
「いえ、私も最初は金銭や宝石でどうにかなると思っていたので。ですが、黎明の覇者と交渉をして、向こうは金を欲していないと理解したのです」
「それで、マジックバッグか。それも……一つだけならまだしも、二つ。ましてや、その片方はダーロット様が少し前に手に入れたばかりの奴だと? そもそも、何故向こうがその件を知っている?」
「それは、その……」
上司の言葉に、少し言いにくそうなグラスト。
ダーロットがソフィアやローザを口説こうとする際に、マジックバッグを入手した件を口にした……とは、言いにくいのだろう。
だが、グラストが言いにくそうにしているのを見れば、上司の男もその理由について何となく納得出来てしまう。
「ん、ごほん。その件はもういいとして、問題はマジックバッグだ」
「渡すのは難しい、と?」
「常識的に考えてみろ」
上司の言葉は、グラストにも理解出来る。
理解出来るのだが……同時に、どうしようもない状況であるというのも事実。
「常識的にと言いますが、相手は自由に隕石を落としてくる相手ですよ? そのような相手に常識が通じると思いますか?」
ぐうの音も出ない程の正論だった。
実際、もしイオの流星魔法が降ってきた場合、ドレミナが受ける被害は甚大だろう。
ましてや、現在ドレミナでは隣接する領主の一人にちょっかいを出されているし、ゴブリンの軍勢が襲撃してくるし、高ランクモンスターのベヒモスが出現したりもしているのだ。
幸いなことに、後者の二つは黎明の覇者やイオのおかげで対処出来たものの、まだ最初の一つが残っている。
そうである以上、内部でのトラブルは出来るだけどうにかした方がいいのは明らかだった。
「取りあえず上には報告する」
渋々といった様子で、上司の男はそう告げるのだった。
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