第118話

 ベヒモスを倒すべく追ってきた相手の中の一人が不満を口にした一件が終わると、交渉そのものは最初よりも大分スムーズに進む形となった。

 特に商人たちが黎明の覇者に対する見方を変えたのが大きい。

 最初こそ相手の足元を見て安くベヒモスの骨を購入しようとした商人が多かったが、黎明の覇者にベヒモスを倒されたということで不満を口にした相手とのやり取りを見たとき、下手な真似をすれば自分たちにも被害が及ぶと判断したのだろう。

 当然だが、黎明の覇者というランクA傭兵団が容易にそのような真似をするはずがない。

 商人たちもそれを前提にして交渉をしていたし、実際にそのときのやりとりを考えるとそれは間違っていないようにも思えた。

 しかし……それでも先程のやり取りを見たことにより、黎明の覇者もまた傭兵団であるという実感を持ったのだ。

 知識としては知っていても、実感がない状態だったのが、その実感を得てしまった。

 その結果として、迂闊な真似をすれば自分にも大きな被害があると、そう思ってしまったのだ。

 もしここで黎明の覇者を怒らせた場合、自分はどうなるか。

 それを想像すれば、今までのように強気の態度で対処するといった訳にはいかなくなる。

 ……だからといって、それでも相手の言い値でベヒモスの骨を購入するといったようなことはするつもりはなかったが。

 あくまでも止めたのは、相手の足元を見ての値段付け。

 それなりに交渉することによって、相手にも多少の譲歩をするといったように。

 とはいえ、その交渉相手がローザである以上、商人たちそう自分の思い通りにするといった真似は出来なかったが。


「ベヒモスの骨が貴重な素材なのは同意します。ですが、それを考えた上でもその値段は少し高すぎますね」

「そうは言うけど、ベヒモスの骨を売れば一体どのくらいの利益になるのかしら?」

「ですが、それは売れればですよね?」


 そんなやり取りをしている場所から少し離れたところでは、イオがとある集団に捕まっていた。


「な、なぁ。ちょっと話を聞かせてくれないか? 隕石を落としたのは君なんだよな?」


 隕石を調べている学者たちにしてみれば、イオの使う流星魔法というのは非常に興味深い。

 元々隕石というのは、この世界においても普通に落ちてきてはいた。

 そうやって落ちてきた隕石の中には、希少な素材が含まれていることも珍しくはない。

 それどころか、隕石そのものが何らかの鉱石であるということもあるのだ。

 それらはこの世界においても未発見のものが多く、結果としてそれを調べる者もいる。

 いるのだが、問題なのは一体どうやって隕石を見つけるかということだろう。

 自分の見ている側に偶然隕石が降ってくるといったことは、確率的に非常に小さい。

 そうなると色々な場所を歩き回って隕石を探す必要もあるのだが、イオが使った流星魔法で降ってきた隕石のように、クレーターを生み出してそれが隕石ですといったことが分かる……というも滅多にない。

 よほど特殊な隕石でもない限り、その辺に転がっている石や岩と見分けが付かないのだ

 少なくても、素人には。

 いや、素人だけではなくこの研究者たちであっても、見分けることが難しいというのは普通にある。

 何しろ降ってくる隕石は個々によって大きく違うのだ。

 そうである以上、それをしっかりと把握するのはそう簡単なことではない。

 とある場所で拾った隕石と似た特徴を持っているからとはいえ、その石が隕石であるとは限らない。

 そんな風に隕石を見つけるのが難しい研究者たちにとって、イオの力によって地上に降ってきた隕石というのは、非常に興味深い代物なのは間違いない。

 もしイオを自分の仲間にするようなことが出来れば、それこそいつでも隕石を降らせて貰って、その研究をすることが出来る。

 そうである以上、イオと親しくなろうと思うのは当然の話だった。


「隕石というのは、場合によってはもの凄い資源になる。それを自由に作り出せるということは、イオは金に困るということはない。……ただし、それはあくまでもイオの隕石を購入してくれる相手がいてこそのことだ」

「そうですね。一応鍛冶師に聞いたら、それなりに高額で買い取ってくれるって話でしたけど」

「鍛冶師に売るなど、とんでもない!」


 一瞬の躊躇もなく、そう叫ぶ。

 研究者や学者といった者たちにとって、鍛冶師たちは自分たちが研究をする隕石を大々的に使うという意味で、敵と呼ぶに相応しい存在なのだろう。


「取りあえず、そちらの話は分かりました。ただ、俺は今のところ黎明の覇者と一緒に行動するつもりですから」

「むぅ……私たちの方に来て貰えるのなら、生活に苦労はさせないぞ? こう見えて、ここにいる者たちはそれなりの研究者や学者だ」

「それなりのって……隕石について調べてるんじゃないんですか?」


 そんなイオの疑問に、話していた者たち全員が首を横に振る。


「いや、そういうことではない。もちろん隕石についての研究をしているのは間違いないが、正確には隕石の研究『も』しているだな。隕石は興味深い研究対象だが、だからといって隕石の研究だけという訳ではないのだ」

「たとえば、私はマジックアイテムについての研究をしているわ」


 話していた中の一人がそう告げる。

 マジックアイテムという単語に、イオの興味津々といった視線が向けられる。

 日本にいたときにファンタジー漫画を好んで読んでいたイオにとって、マジックアイテムというのは興味津々だった。

 自分が流星魔法……それと土と水の魔法も本当に少しだが使えるイオだったが、マジックアイテムに興味を持ったのはその辺も関係してるのだろう。

 あるいはソフィアの使った氷の魔槍やマジックバッグの類を直接見たというのも大きい。

 ……実際にはマジックバッグはともかく、ソフィアの使っている氷の魔槍はただのマジックアイテムではなくアーティファクトと呼ばれている存在なのだが。


「マジックアイテムって、作るのは難しいんですか?」

「え? まぁ……そう簡単に作れはしないわね」


 イオの勢いに半ば押されるように、マジックアイテムの研究をしているという女は答える。

 マジックアイテムの研究をしていると言ったものの、まさかイオがここまで食いついてくるとは思ってもいなかったのだろう。


「おいおい、マジックアイテムだけじゃなくて、ポーションとかには興味ないのか?」


 イオがマジックアイテムに興味を示したことで、それが突破口だと思ったのだろう。

 マジックアイテムの研究をしているという女の前に割り込むように男がそう言ってくる。

 だが、そんな男の様子が面白くなかったのだろう。また別の男が、不満そうに口を開く。


「けっ、何がポーションだよ。マジックアイテムならともかく、ポーション程度でそんなに喜ぶ奴がいると思うのか?」

「ああっ!? てめえ……ポーションは単純なように見えて非常に奥が深いんだぞ。高品質なポーションを作るには、高い技術も必要になる。お前みたいに、ポーションだからって理由だけでそんな態度をする奴がいるから、ポーションは誤解されるんだぞ」

「はっ、結局ポーションなんてその辺にいくらでも売ってるじゃねえか。それに比べると、俺が研究してるのはダンジョンについてだぜ? お前みたいなのとは、研究対象の格が違うんだよ! いや、こう……そう、俺と一緒に研究者だと言われるのは冒涜されてるようなものだ!」

「お前、言っていいことと悪いことの区別もつかないのか!?」


 自分たちが隕石以外について研究している内容をイオに説明し、それによってイオの注意を惹こうとしたものの、お互いの研究についての言い争いが始まってしまう。

 すでにそこには、隕石云々よりも自分の方が相手よりも研究者として上だと、あるいは研究している内容は自分の方が優れているといった言い争いになってしまっていた。


「え? あの……これは一体どうすれば……?」


 イオにしてみれば、自分に対する主張からいきなり揉めだしたのだ。

 一体これはどういうことなのか、どうすすればいいのかと、そんな風に思ってしまうのも当然のことだろう。


「イオさんだったわよね? あまり気にしない方がいいわ。ああいうのは、それなりによくあることなんだから」

「……え? よくあるんですか?」


 言い争いに巻き込まれずにいた一人が、イオに向かってそう言ってくる。

 それはイオを相手に言い繕う……といったような様子ではなく、本当によくあることだからと、そう思っているかのようだった。

 誤魔化そうとしているのなら、イオにもその様子は何となく理解出来ただろう。

 しかし、こうして見た限りでは到底そのようには思えない。

 それはつまり、本気でそのようなことを言っているのだということ意味していた。


「ええ。研究者や学者というのは、自分が研究しているものが重要な意味を持っていると、そう認識している者が多いわ。……いえ、多いというかほとんど全てというのが正しいでしょうね」


 そこで一度言葉を止めた女は、イオに向かって笑みを浮かべてから当然私も自分が研究している対象は重要なものだと思っているわと、そう続ける。


「けど、それはあくまでも自分が研究しているからこそ、そんな風に思うのよ。何も知らない者にしてみれば、何でそんなのにそこまで熱心に研究をしているのかと、理解出来ない人もいるわ。それはいいんだけど、それで自分の研究している方が上だと、そう主張する人もいるのよ」

「それは……」


 女の話を聞く限りでは、そのようなことをすれば間違いなく騒動になるというのはイオにも理解出来た。

 いや、理解出来たというよりも、実際に現在視線の先で起きているのがそういうことなのだろう。

 そんな女の言葉に、イオが何かを言おうとしたとき……


「あ、ちょっと。何してるのよ! その人と話すのは私が先でしょ!」


 別の女がそう言いながら、話に割り込んで来る。

 今までイオと話していた女と言い争いをし……やがて、イオの両手をそれぞれに引っ張り始める。

 文字通りの意味で両手に花だったが、イオにとってはとても嬉しいとは思えなかった。

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