第114話

 野営をした翌日、相変わらずイオはキダインから魔法について習っていた。


「魔法を使う際に必要なのは呪文。それと明確なイメージ。正確には呪文を唱えることによって、イメージをより明確にしていく感じだね」


 その説明は、イオにとっても十分に理解出来るものだった。

 流星魔法を使う際に、イオは日本にいたときに楽しんだ漫画やアニメ、ゲームといったものをイメージしていたのだから。

 ある意味、流星魔法があそこまでの威力を持つようになったのはイオのイメージが大きな理由なのだろう。

 イオに流星魔法の素質があると判断されたのも、その辺が理由の可能性があった。

 とはいえ、それなら何故土魔法や水魔法があのように小さな効果しかなく、それ以外の魔法にいたっては発動すらしなかったのかといった疑問もあるのだが。

 漫画やアニメ、ゲーム、小説、映画……イオはファンタジーものを好んでいたこともあり、それらに魔法が出て来るのは珍しいことではなかった。

 そして魔法となれば当然のように地水火風……あるいはそれに追加して光や闇といった魔法が多い。

 魔法の出て来る物語が多くても、流星魔法――名前は違うことが多いが――と他の魔法では、登場頻度は基本的に流星魔法以外の魔法の方が上だ。

 もっとも、それだけに流星魔法は隕石を落とすという意味で強力な魔法と表現されることが多く、それがイオの使える流星魔法の強力さに影響している可能性は否定出来なかったが。

 ともあれ、魔法を使うのにイメージが必要だというのなら、何故自分は土と水の魔法を使ったときにほとんど効果がないのか。

 それはイオにとって大きな疑問だった。

 とはいえ、日本からこの世界に来たことを秘密にしている以上、イメージなら漫画とかで十分にあるなどとキダインに言う訳にはいかない。


「土魔法や水魔法でも流星魔法と同じくらいに……というか、それ以上に強くイメージしてると思うんですけど、それでも発動した結果が弱いのは何ででしょう?」

「その辺や、やっぱり魔法の才能という奴だね。イメージを呪文で補強するのにも限界があるんだ」


 その言葉は納得出来るようで納得出来ない、そんな感じだったの言葉だった。

 この世界の常識ではあるのかもしれないが、イオにとっては素直に納得出来ない。

 もっとも、だからといって魔法について教えてくれているキダインに反論したりといったような真似はしなかったが。

 そのあと二十分ほど魔法についての講義を受け……やがて出発の時間となる。

 実は本来ならもっと早く出発出来ていたのだが、ソフィアからの指示で野営の片付けはゆっくりと行われていた。

 そうして出発したのだが……


「どうせなら、馬車の中でも魔法の講義をすればいいと思うんだけど。そうすれば時間はたっぷりとあるんだし」

「イオさんの言うことも分かりますけど、そうしないということは何か理由があるんでしょうね」


 今日もまたイオと一緒の馬車に乗っていたレックスが、イオの言葉にそう返す。

 なお、レックスが落ち着かない様子なのは昨日と違ってソフィアやローザではなく、全く知らない相手と一緒の馬車に乗っているからだろう。

 同じ黎明の覇者に所属しているとはいえ、まだレックスが入団してからそんなに時間は経っていない。

 何しろレックスが入団してすぐに盗賊団の討伐に向かったのだから。

 そのときにレックスが一緒に訓練をしていたのは新人組と呼ばれる者たちで、その新人組は基本的に盗賊の討伐に向かった。……実際には盗賊ではなく、ベヒモスと戦うことになったのだが。

 そのような状況である以上、ここにいるのは新人組ではなく普通の傭兵たちとなる。

 新人組でさえ、他の傭兵団に行けば即戦力となるだけの実力を持っているのだ。

 そのさらに上となれば、他の傭兵団ではエース級や精鋭と呼ばれる者たちに等しい。

 もっとも、黎明の覇者の精鋭と呼ぶべき者たちはイオの使った流星魔法を見て、ソフィアと一緒にベヒモスのある場所に向かった。

 そういう意味では、ここにいるのは黎明の覇者の中でも一般的な傭兵たちだろう。


「なぁ」

「え? あ、はい。なんですか?」


 そんな傭兵の一人に、不意に話しかけられたイオは驚く。

 まさか向こうから声をかけてくるとは、思っていなかったのだろう。


「お前が使う魔法が、ここ最近よく見られるようになった隕石の正体でいいんだよな?」


 それは疑問というよりは、確認をするための質問。

 元々、イオはマジックアイテムで隕石を落としてゴブリンの軍勢を倒したといったようなことになっていたが、今となってはそれで誤魔化すのは不可能だろう。

 そうである以上、イオが隕石を落とすのに使うのはマジックアイテムではなく、もっと別の手段……魔法であることは、考えるまでもなく明らかだ。

 昨日からキダインに魔法の講義を受けているというのも、この場合は影響している。

 マジックアイテムを使うイオに魔法の講義をする必要はない。

 今の状況を思えば、事情を理解するのは難しい話ではなかった。

 黎明の覇者にいる者たちで、そのような状況を思いつかない者は……いない訳ではないが、それでも現在イオと一緒の馬車に乗っている者たちはその辺については当然のように気が付いていた。

 そして聞いてきた傭兵たちの態度から、その辺りの事情についてはすでに理解しているとイオは納得する。

 それ以外にも、今回の騒動……黎明の覇者がドレミナを逃げ出すように出て来たというのは、イオの存在が原因なのは間違いない。

 また、イオはまだ黎明の覇者に入ると決めた訳ではなく、あくまでも立場は客人だ。

 しかし、それでも黎明の覇者と行動を共にするのは間違いない。

 これで尋ねている傭兵が敵対的な態度であれば、あるいはイオも話を誤魔化すような真似をしたかもしれない。

 だが、イオが見たところでは、声をかけてきた傭兵は友好的な存在のように思える。


「そうなります。俺のせいで、迷惑をかけてしまってすいません」

「いや、気にするな。ソフィア様がそう判断したんだから」

「けど、英雄の宴亭は美味い料理や酒があったから、それだけはちょっと勿体なかったよな」

「ああ、そうそう。あそこの料理人の腕がいいのは間違いない。出来れば引き抜いて欲しかったけど……」


 料理の、あれが美味いこれが美味い。あの酒は辛かった、俺はあっちの強い酒がよかった。

 そんな会話をしていた傭兵たちの様子を見て、ふとイオは疑問を覚える。


「黎明の覇者くらいの傭兵団なら、料理の専門家とかも雇っているんじゃないですか?」


 料理というのは、戦闘を行う者たちにとって非常に大きな意味を持つ。

 戦いの中で食事というのは大きな娯楽ではあるし、もちろん栄養補給といった意味もある。

 料理が不味い、あるいは食事が少なければ、それこそ傭兵たちの士気が下がってもおかしくはない。

 だからこそ、腕の立つ料理人を雇うというのはそう珍しい話ではない。

 もちろん、それはあくまでも相応の豊かさのある傭兵団に限る。

 資金的に余裕のない傭兵団の場合は当然ながら料理を専門に行う者を雇うような余裕などなく、その傭兵団に所属している傭兵達が料理を行うことになる。

 とはいえ、料理の美味い傭兵が担当するのであればともかく、料理の下手な傭兵が料理をしようものなら……せっかく購入した料理の材料は使い物にならなくされ、さらには食事もなしになる可能性が高い。

 これが街中であれば、どこかその辺の店に食べに行くといった真似も出来るのだが、傭兵団の仕事として行動しているときにそのようなことになれば、食事らしい食事も出来ない。

 傭兵にとっての食事は最大の娯楽であると同時に、栄養を補給するという意味もある。

 食事を抜いて戦いになった場合、一体どうなるか。

 力が入らず負ける……あるいは相手によっては勝てるかもしれないが、普段通りの実力を発揮するといった真似は不可能だ。

 そういう意味でも、食事を作る者が傭兵団にとって必要なのは間違いのない事実だった。

 黎明の覇者であれば、当然専用の料理人を雇う余裕はあると考えたイオは、そう間違ってはいないだろう。

 そして事実、イオのその言葉に尋ねられた傭兵は頷く。


「ああ、いるぞ。それなりに腕もいいけど……それでも、やっぱりああいう宿で働いている料理人の作る料理と比べると、どうしても料理は劣る。ああ、けどそれは別にうちで雇っている料理人の腕が悪いって訳じゃないぞ?」

「そうそう。料理人の腕としては決して負けていないと思う。だがなぁ……宿にある厨房には、それこそ色々な食材が集まってくる。それに比べると、傭兵団として活動している俺たちには、常に新鮮な食材が入手出来るとは限らない訳だ」

「ああ、なるほど。それは……」


 その言葉はイオにも十分に納得出来るものだった。

 宿屋の料理人も傭兵団に雇われている料理人も、どちらも料理を仕事とするのは変わらない。

 だが、宿……それもドレミナの中でも高級な宿と、ランクA傭兵団とはいえ結局のところ傭兵団でしかない黎明の覇者では、料理をする上での環境が大きく違って当然だろう。

 新鮮な食材が色々な場所から運ばれてくる宿の料理人に対し、傭兵団としては持ち運べるだけの食材を使って料理をする必要もある。


「とはいえ、こっちの料理人がいい食材を使うってことも普通にあるんだけどな」

「そうなんですか?」

「移動中に野生の獣やモンスターと遭遇したりするし。そういうときは、希少なモンスターの肉を料理に使えることもある。それこそ、イオたちが倒したっていうベヒモスはそんな感じだろう?」


 そう言われると、イオも納得する。

 実際に料理人がおらず、ただ焼いて食べただけだったにも限らずベヒモスの肉は非常に美味だったのだから。

 もしあのベヒモスの肉を本職の料理人がしっかりと料理をすれば、もの凄く美味い料理になるのは間違いない。

 そんな黎明の覇者の料理人と比べて、英雄の宴亭の料理人はベヒモスの肉を好きなだけ料理に使うといった真似真似はまず出来ない。

 何しろ自分たちで倒した訳ではない以上、購入しないといけないのだから。

 そしてベヒモスのような高ランクモンスターの肉は、当然ながら相応の金額となるのだから。

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