第105話
何故この状況で警備兵が?
その場にいた者の多く……特にこれから戦闘になると思っていた者たちの中にはそんな疑問を抱いている者もいたが、考えてみれば当然の話だった。
ドレミナの領主に使える騎士や兵士がランクA傭兵団の黎明の覇者と一触即発の状態で向かい合っており、いつ戦いが始まってもおかしくはない状態だったのだ。
そうである以上、見物人として周囲にいた者たちはともかく、中には街中でそんな大規模な戦闘が起こった場合、自分たちも巻き込まれるのではないかと不安に思う者がいてもおかしくはない。
であれば、当然のように自分たちの身の安全を守るためにこの状況をどうにかする相手を呼びに行くだろう。
そして街中での騒動である以上、当然ながら今回の一件で呼ぶのは街の治安を守る警備兵となる。
だが……この場合、不利になったのは黎明の覇者側なのは間違いない。
街の治安を守る警備兵だが、それは同時に領主の部下であるとのも間違いのない事実。
つまり、領主の部下である騎士や兵士たちと黎明の覇者が睨み合っている場所で、警備兵がどちらに味方をするのかというのは考えるまでもなく明らかなのだ。
(どうする? いっそ、警備兵も蹴散らす? それも一つの手ではあるけど……それでも、問題になるのは間違いないわね)
ソフィアはそう考えるが、そもそも領主に仕えている騎士たちと戦いになった時点で問題になるのは明らかだ。
それこそ、場合によっては黎明の覇者が賞金首とされる可能性もある。
普通なら少し逆らった程度でそのようなことにはならないのだが、今回はイオという流星魔法の使い手を巡っての戦いだ。
それこそ手に入れるためなら。何でもするだろう。
……もっとも、黎明の覇者を指名手配にした場合、そのイオもドレミナの領主が確保出来るかどうか分からないが。
「これは、一体どういうことですか! 何故このような場所で戦おうとしているのです!」
この場に姿を現した警備兵たち。
その中の一人……リーダー格と思しき男が、叫ぶ。
とはいえ、その叫びは双方に無視されてしまう。
お互いに睨み合っている今の状況で、相手から意識を逸らすのは危険だと多くの者が理解しているのだろう。
特にその危険を察知しているのは、ドレミナの騎士や兵士たちだった。
警備兵がやって来るまでは、ソフィア一人の存在感に全員が圧倒されたいたのだ。
それでも何とか瓦解するといったようなことにはなっていなかったものん、今この状況で少しでも目を離せばどうなるのかは考えるまでもない。
とはいえ、だからといって騎士たちにとっては警備兵は自分たちと同じ陣営に属する者であることも事実。
上手く言葉を口にすれば、自分たちの味方になってくれる可能性が高い。
……問題なのは、警備兵が味方になっても、戦力として役に立つかということだろう。
一般的に警備兵というのは街中の治安を守る者たちで、酔っ払って暴れている者や、喧嘩騒動があったときにそれを押さえる役目を負う。
そのような騒動を起こす者の中には、当然だが一般人だけではなく傭兵の類も多い。
だからこそ、警備兵も相応の強さが必要とされるものの……それはあくまでも相応の、だ。
もし警備兵たちの手に負えない相手がいる場合は、それこそ騎士や兵士たちに応援を頼むのだから。
そんな力しか持たない警備兵が、傭兵の中でもトップクラスの強さを持つ黎明の覇者を相手に互角に戦えるはずもない。
それこそ出来るのは肉壁か……あるいはこの場にいる物見高い見物客の排除程度だろう。
(あら、そう考えると悪くないのかもしれないわね)
ソフィアは現在の状況では警備兵がいるのは面倒でしかないと思っていたが、見物客を避難させるという意味では悪くないと判断する。
「警備兵の人たち、私たちはこれからそこにいる騎士や兵士と戦いになるわ。本来なら、貴方たちは立場上騎士たちに協力しないといけないのかもしれない。けど……警備兵としての仕事を全うするのなら、周囲にいる見物客たちを非難させてちょうだい。戦いの巻き添えになりかねないわ」
「何……?」
警備兵を率いている者は、まさかこの状態で自分たちにそのようなことを言われるとは思っていなかった。
いなかったが、それでもソフィアの言葉を考えると、それに従った方がいいのも事実。
自分たちはあくまでも警備兵……街の住人を守るのが仕事なのだから。
とはいえ、問題もある。
そう思いながら、警備兵は黎明の覇者……ではなく、それと相対している騎士や兵士たちに視線を向ける。
騎士や兵士は警備兵より格上の存在だ
……いや、正確には格上なのは騎士だけで、兵士は警備兵と地位的にはそう変わらないのだが、この場に騎士がいる以上はそのようなことはあまり意味がないだろう。
そのような者たちが自分たちという戦力を見逃すかどうか。
ましてや、騎士や兵士たちは正面から黎明の覇者とぶつかれば自分たちが勝てないというのを理解しているのだから。
そんな警備兵の考えを裏付けるかのように、兵士の一人が叫ぶ。
「ふざけるな! 警備兵は俺たちの戦力だ! お前たちと戦うに決まっているだろう!」
そうだよな? と、視線を向けてくる兵士たち。
やっていることは、完全に騎士の地位を笠に着た……虎の威を借る狐と呼ぶに相応しい行為なのだが、兵士たちも自分たちがこの場で生き残るために必死だという理由がある。
今ここで自分たちが生き残るためには、何としてもより多くの戦力が……あるいは自分たちが撤退する際に必用となる肉盾が必要なのだ。
その肉盾があっても、無事にどうにか出来るかどうかは正直分からない。
分からないものの、それでも今の状況を思えば少しでも可能性が高い方がいいのは事実だった。
「ぐ……」
警備兵は悔しそうな様子を見せる。
兵士が言ってるのは、明らかに無茶苦茶な内容だ。
それこそ、ここにいるのが兵士だけであれば、ふざけるなと叫んでいただろう。
しかし騎士がいる以上、そのような真似は出来ない。
(どうする? どうすればいい?)
この状況をどうすればいいのか。
そう考えている警備兵だったが……それに待ったをかけたのは、予想外のことに騎士。
「馬鹿者がぁっ!」
最初、警備兵を脅した兵士その言葉が自分に向けられているとは思っていなかった。
当然だろう。自分はこの場から生き残るために警備兵を引き込もうとしたのだから。
それは騎士にとっても有益な話なのだから。
だというのに、騎士の怒気が自分に向けられていると知った兵士は、一体何故このようなことに? と全く現在の状況を理解出来なかった。
「な……」
何をするんですか?
そう言おうとした兵士だったが、それ以上口を開かせるよりも前に騎士が言葉を続ける。
「貴様は一体何を考えている! 守るべきはドレミナの民であろう! それを避難させようという者の邪魔をするとは、一体何事だ!」
その叫びに、無理な戦いを押し付けられようとしていた警備兵……だけではなく、ソフィアを含めた黎明の覇者の者たちも感心した様子を見せる。
まさか自分たちが不利になるというのに、そのようなことを言うとは思っていなかったのだろう。
兵士の言葉を聞いていた見物客たちは、その騎士の言葉に歓声を上げる。
……警備兵や騎士、そして黎明の覇者の者たちにしてみれば、見物客たちにはそこで歓声を上げるよりも戦いに巻き込まれないように撤退して貰えるのが助かるのだが。
とはいえ、これで厄介なことになったと思うのは黎明の覇者の面々だ。
今の騎士の言葉で、見物客たちは騎士の味方になったのだから。
……もっとも、見物客たちの応援は結局のところ言葉だけだ。
実際に騎士や兵士たちの戦力として考えなてもいい以上、黎明の覇者にしてみればそこまで警戒する必要もないのだが。
「ちょっと不味いわね」
一連の動きを見ていたローザが、馬車の中で呟く。
「そうなんですか? 見た感じだと、わーわー言ってるだけでも、結局はそこまで気にする必要がないと程度なんじゃ?」
今この場ではやるべきことのないイオは、それでも何かあった時のためにと杖を手に尋ねる。
まさか街中でメテオを使う訳にもいかない以上、イオは今の時点では本当に特に何もやるべきことはない。
一応通常のメテオではなく、ミニメテオなら街中でも使えるのだが……それでも街中で使うのは危険だった。
何しろミニメテオであっても、使えば街中に隕石が落ちてくるのは間違いのない事実なのだから。
もしドレミナに隕石が落ちてくるようなことになれば、街そのものが大混乱になってもおかしくはない。
……街中で追い詰められてどうしようもなくなった場合、最悪はそうやって混乱させて逃げ出すといった手段もあるのだが。
しかし、当然ならそのようなことはそう気軽に出来ることではない。
実際にそのような手段を使った場合、イオは間違いなくドレミナの住人に恨まれるだろう。
場合によっては、賞金首になるという可能性も否定は出来ない。
そのようなことにならないためには、やはり流星魔法を使わずにこの場をどうにかする必要があった。
(いっそ、街の外まで追ってくれば流星魔法を使えるようにもなるんだけどな)
そんな風に思うイオだったが、まさかそんな風に都合よくいくとはさすがに思えない。
こんな状況で自分が出来るのは、ただ成り行きを見守るだけだろう。
……ローザの持つ弓を目にして、少しだけ羨ましいと思うが、弓の訓練をしていない自分がここで弓を使おうとしても、それこそ場合によっては野次馬たちに向かって矢が射られる可能性が高い。
何もしていない野次馬に攻撃をしたとすれば、黎明の覇者にとって色々と都合の悪いことになるのは間違いないだろう。
そのようにならないためには、やはりここで自分はよけいなまねをせず、成り行きを見守るしかないと判断する。
……あるいは、これで黎明の覇者が負けるといったようなことにでもなれば、それこそ流星魔法をつかったりといったようなことになるかもしれないが……幸いなことに、黎明の覇者が負けるという心配はイオの中には全くなかった。
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