第86話

 パトリックは、複雑な表情を浮かべて近付いて来るソフィアを待っていた。

 当然だろう。現在の自分の状況は、当初予想していたものとは大きく変わっている。

 それこそ、自分でも一体何故このようなことになったのかと、疑問に思うほどなのだから。

 だが、それもこれも全ては自分の行動の結果であると考えれば、それは受け入れない訳にはいかない。


(出来れば、上手い具合に話が進んでくれるといいんが……どうだろうな)


 そんな不安を抱くパトリックの前に、馬に乗ったソフィア……それ以外にもギュンターを含めて数人の傭兵たちが姿を現す。


「少し前に会ったときと比べると、随分と人数が増えてるようだけど? 一体何がどうなってこうなったのかしら? まさか、あの状況で実は戦力を全て連れてきていなかった……といった訳ではないでしょうし」

「もちろんそんな訳じゃない。その……だな」


 何と説明するべきか迷うパトリック。

 もちろん、ここに来るまでにどう説明すればいいのかというのは考えてきた。

 考えてきたのだが、それでも結局最善の選択は分からなかったのだ。

 そんな風に戸惑っている様子を見て、ソフィアが笑みを浮かべて口を開く。


「私たちの敵になった。そういう風に考えた方がいいのかしら?」

「いや、そんなつもりはない!」


 少しだけからかう様子で尋ねるソフィアに対し、即座に否定するパトリック。

 もしここで本気で自分たちが敵になった場合、それこそいつ隕石を落とされるのか、分かったものではない。

 そんなことにならないようにするためには、自分たちは黎明の覇者と敵対するつもりは一切ないと、そう示しておく必要があった。


「そう? なら、増えた人数についてしっかりとい説明してちょうだいね」


 ソフィアも、当然ながら本気でパトリックが自分たちと敵対したとは思っていない。

 そもそも本気で敵対するつもりなら、わざわざこうして多数を引き連れてやってくる必要はないのだから。

 それこそどこかに戦力を伏せておき、自分たちの不意を突いて攻撃してくるといった真似をすれば十分だった。

 もちろん、そんな事態になってもソフィアには対処する自信があったが。

 そのような真似をせず、こうして増えた戦力を引き連れて堂々と姿を現したのだ。

 それを見れば、パトリックが自分に敵対するつもりではないというのは想像出来た。

 それでも敢えて今のようなことを口にしたのは、からかい以外にも念のためだったり、あるいは牽制という目的があったりする。


「その、だな。あんたに言われたように、他の勢力を撤退させるなり、潰すなりする予定だったんだが……」


 そこで一旦言葉を切ったパトリックがギュンターに視線を向けたのは、ここにいる者の中には戦場の中でギュンターが攻撃しようとしていた相手を半ば譲って貰うといった形になった対象もここに存在する為だ。


「中には撤退するんじゃなくて、俺に従うという形を選択した奴もいるんだよ」

「ふーん。思ったよりも人望があるのね」


 パトリックの説明を聞いても、ソフィアには特に驚いた様子はない。

 パトリックの率いている戦力が増えたということは、当然ながらその理由がある。

 その理由として一番考えられるのは、当然だが他の勢力を自分の勢力に組み入れることで、そういう意味ではこの状況はソフィアにとって予想出来たのだ。

 元々が白き眼球の副団長という立場で、団長との折り合いが悪いにもかかわらず、結構な数の傭兵がパトリックと行動を共にしているのだ。

 人望という点では、間違いなく優れているのだろうことは間違いない。

 そういう意味では、ソフィアの目から見てもパトリックは有能な人物に思える。

 とはいえ……降伏してきた相手を断るという選択が出来ない以上、非情にはなりきれないのだが。

 あるいはそれが、人望があっても白き眼球の団長にはなれず、副団長になっている理由なのかもしれないが。


「呆れているのは分かる。けど、元々俺の知り合いだった連中だ。そんな者たちが俺に従うと言ってきている以上、それを断る訳にもいかないだろ。俺にも付き合いはあるんだ」

「そうかもしれないわね」


 そう言いながらも、ソフィアは今の言葉でパトリックの評価を少し下げる。

 付き合いがあるからこそ受け入れた相手がいるということは、それは打算だ。

 そのような相手は、当然ながら心の底から信じるといった真似は出来ない。

 その中にはパトリックを利用してソフィアの側までやってきて、戦いの混乱に紛れて暗殺を狙う……といったような者がいないとも限らないのだ。

 だからこそ、今の状況を思えば完全に信じるような真似は出来ない。


「まぁ、いいわ。受け入れてあげる。けど、パトリックが連れて来た人たちなんだから、その人たちの面倒は貴方がみなさい。もしそういう人たちが何か問題を起こした場合……分かってるわね?」


 笑みを浮かべてそう尋ねるソフィアだったが、その言葉に有無を言わせぬ圧倒的なまでの迫力があった。

 もしパトリックの下についた者が何らかの問題を起こしたとき、自分が一体どうなるのか。

 そんな不安をパトリックに抱かせるには十分な……凄絶なという表現が相応しい笑み。


「わ、分かった。何も問題は起こさせないようにする」


 ソフィアの持つ笑みの迫力に押され、パトリックが出来るのはそうして頷くだけだ。

 そんなパトリックの様子を一瞥すると、ソフィアは再び笑みを浮かべる。

 ただし、今度は数秒前と違って迫力のない、普通の……多くの者が見惚れる笑み。

 とはいえ、数秒前までの圧倒的な迫力を持つ笑みを見ていたパトリックが、いくら魅力的な笑みを浮かべたからといって、ソフィアに目を奪われるようなことはなかったが。


「さて、じゃあ話は決まったし……そうね。パトリックたちは向こうに陣地を築いてちょうだい。もちろん、本格的なものじゃなくて、敵が攻めて来たときに一時的に防げるような陣地でいいわ」


 ソフィアの言葉に、パトリックは取りあえず見逃された……あるいは許されたと、安堵する。

 もちろん、パトリックもこのような状況ではソフィアが責めるとは思っていなかった。

 しかし、今の黎明の覇者の状況を思えば、もしかしたら許容されないかもしれないと思う一面があったのも事実。

 そうである以上、やはり今回の一件はそれなりに不安を抱いての言葉だったのも間違いない。


「分かった。すぐに陣地の準備をする。……それで、黎明の覇者につく者たちはどのくらいの人数になりそうなのか、聞いてもいいか?」


 言うまでもなく、現在こうしてパトリックがここにいるのは、他にも自分たちと同じように黎明の覇者に降伏した者たちかがここに集まってくると聞かされたからだ。

 自分たち以外に一体どれだけの戦力が合流してくるのか、気にするなという方が無理だろう。

 しかし、ソフィアはそんなパトリックの言葉に首を横に振る。


「どうかしら。一応私たちに味方をするといった勢力にはここに集まるように言ったけど、それが絶対という訳でもないし。中には私たちに降伏したあとですぐに逃げ出した……といったような勢力があってもおかしくはないわ。ただ、それでもそれなりには集まると思うわよ」


 その言葉には、強い説得力がある。

 この状況でそのようなことを口にしても、普通ならそう簡単に信じるような真似は出来ない。

 しかし、今のこの状況においてはこれ以上ない程の説得力を持っていた。

 流星魔法の使い手を有し、ランクA傭兵団の黎明の覇者……しかもその多くは精鋭。

 そのような相手だけに、迂闊に敵対しようと思うような者は状況を見定めることが出来ない者か、あるいは本当に自分の力でどうにか出来ると思っている者か。

 パトリックが見た限りでは、後者のような本物……それこそ正面から黎明の覇者と戦って勝利出来るような者はどこにいないように思えた。

 もちろん、パトリックもこの近辺に集まってきている全ての人員を把握出来ている訳ではない。

 今この状況において、そのような勢力との遭遇があった場合、それこそ自分たちが現在よりも有利な状況になれるような選択が出来ただろう。

 そのようなことが出来なかった今の状況を思えば、黎明の覇者と正面から戦って勝てる勢力がいるとは思えなかった。

 ……そもそも、それだけ有望な傭兵団……いや、冒険者や騎士団といった存在がいれば、拠点としていたドレミナでその情報が広がらないはずもない。

 そしてパトリックは、そんな噂をドレミナで聞いたことはなかった。

 であれば、ここで黎明の覇者を相手に正面から戦える存在はいるはずがないと判断するのはおかしなはなしではない。

 そうして納得すると話は終わり、パトリックは自分たちに割り当てられた陣地に向かう。


「なぁ、パトリック。一応聞いておくけど……本当に大丈夫なんだよな? お前の言葉だから信じたけど、下手をしたら俺たちも巻き添えで最悪の事態になりかねないぞ?」


 自分たちの陣地を作るべく移動していると、パトリックの側にやって来た男がそう告げる。

 男にしてみれば、パトリックと戦うよりは一緒に行動した方が自分の利益になるからと、パトリックの指揮下に入ったのだ。

 しかし、それはあくまでも自分の利益になるからこそだ。

 もし利益にならないのなら、このままここで黎明の覇者と共に敵と戦うといった真似をするつもりはない。


「この戦いに勝てば利益になるだろ。それに……もし敵と認識されれば、隕石を落とされる可能性があるんだぞ? それを考えれば黎明の覇者に味方するだけでその心配はなくなるんだから、どっちがいいのかは考えるまでもないだろ」


 そう言われると、男も反論は出来ない。

 普通に攻撃をしてくるだけなら、対処のしようはある。

 もちろん、黎明の覇者を相手に対抗して勝てるかどうかというのは、また別の問題だったが。

 しかし隕石を落とされるとなると、対抗のしようがない。

 それこそ、ただその場から逃げ出すか……あるいは自分たちに命中しないように祈るくらいしかすることはないのだ。

 それを避けられるだけで大きな利益だと言われると、男も納得するしか出来なかった。

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