第116話 ねずみと、ガーネックさんと、追いかけっこ(下)


 帳簿やそのほか、本が詰め込まれた本棚には、ついでに酒瓶やグラスがちらほらとしている。

 そして机の上にはペン建てやロウソク盾がある。


 書斎だと見て分かるが、ギラギラとした、金メッキが施された派手な書斎だった。

 お金持ちであると、大声で主張して、うるさい書斎だった。


 似つかわしくない、執事さんが現れた。


「まったく………組むのは好かんというのに………」


 メジケルさんは一人、つぶやいた。

 どこの暗殺者ですか――という雰囲気をまとって、おそらくは多くのお客様をおびえさせた経験があるだろう、カーネナイの執事さんだった。


 本人は、目立たないように隅に控えているつもりかもしれないが、いつでも殺せますよ――と、影に潜んでいる暗殺者のたたずまいであった。


 今も、誰も気がつかなかった。


「作戦通り――なのか?」


 ガーネックさんが疑問を抱いたように、机の仕掛けを解放したのは、この執事さんである。


 ねずみに、導かれたのだ。


 大胆にも、ガーネックさんがお昼寝中と言うのに、仕掛けを動かしたのである。

 ねずみが、仕掛けを押す仕草を繰り返した。しかし、物音はさすがにお昼寝をしていたガーネックさんに気付かれた。

 陰で見守っていると、ねずみが指輪をかぶって、見事におびき出したのだ。


 行き先は、なんとなく予想がついていた。


「なるほど、あの仮面の銀行強盗たちも、ああやっておびき出されて――まさかな」


 小さく頭を振ると、執事さんは家捜しを始めた。

 やはり、動くなら単独に限ると。

 ねずみよ、あとは頼むぞ――と


 その頃、ねずみは――


「ちゅぅ、ちゅううう~」


 さぁ、こっちだ~――

 ご機嫌で、鳴き声をあげていた。


 通行人の方々に注意を払い、時に立ち止まっては振り返っていた。

 さすがに下水の逃避行ではない。無意味に下水にもぐっては、ガーネックがついてこれない恐れがある。

 運動不足のガーネックさんである。人間様が歩く道でさえ、つらい道のりなのだ。


 目が死んだ二人組みも、歩みが遅い。よたよたと歩くガーネックを気遣いながら、おろおろとしているためだ。


 これでは、お散歩だ。


「ア、アイツどこだ………あぁ、あそこだ」

「ちゃんと振り返ってやがる、へへ、その余裕も今のうちさ」

「はっ、はっ………息、息が――」


 走っていると言うか、歩いているガーネックさんご一行であるが、ついてきてもらわねば困るのだ。

 通行人の方々の視線など、気にされては困るのだ。


 指輪をかぶったねずみが、後ろ足で立ち上がっている。


 その姿を見つけて、噂が広まって、注目が集まっていく。


「おいおい、ねずみ様がお通りだぜ?」

「なんか、頭にかぶってるな………」

「オレ、聞いたことある。王冠ねずみが追いかけられて――」

「逆だよ、ねずみのお師匠様に、稽古をつけてもらってたんだって――」

「噂じゃ、警備隊の隊長さんらしい」

「オレ、知ってる。ねずみに向かって、警備兵が敬礼してた」

「そっか、警備隊長さんか………」


 ねずみは、警備隊長に出世していたようだ。


 道々に、人々の噂話が聞こえるが、おおむね真実である。

 噂が広まる過程において、尾ひれがつくのはいつものことだ。真実が一割でも混ざっていれば上等で、警備兵のお兄さんが、ねずみに敬礼したことは事実である。


「ちゅぅ、ちゅうう」


 いやいや、大げさですって――


 指輪をかぶったねずみは、上機嫌で手を振った。

 後ろをついてくるガーネックさんご一行は、ほぼ徒歩である。なかなか追いついてこないために、ねずみも二足歩行に切り替えていた。


 ガーネックをどこかへご案内しているという様子は、道々の皆様の共通認識となっていた。

 ねずみ警備隊長さまが、ガーネックさんご一行をどこかへとご案内している。


 ねずみに敬礼をしているお子様もいたが、中には、本物の警備兵さんも混じっているのだから、すごいものだ。


 お役目、ご苦労様です――


 きりっとした顔で、ねずみの頼もしい後姿を見守っているのだ。

 おふざけと言うより、今は本気で敬意を払っていた。後ろを歩くガーネックに気付き、ねずみの行動の意味に気付いたのだろう。


 一方のガーネックさんは、周りを気遣う余裕は無い。人々が歩く道を、ただひたすらに歩いて、ねずみの後姿だけを見つめていた。


 ねずみを逃がせば、あとが無い。


 そのため、ねずみに集中をして、ねずみの背中を見逃さないように歩いている。道行く皆様には、配下に手助けされつつ、警備本部へと連行される姿に見えるわけだ。


 指輪をかぶったねずみは、後ろ手に腕を組んで、待っていた。


「ちゅう、ちゅうう」


 さぁ、ついて来い――

 威厳を持って、鳴いた。


 道々の人々の噂話は、ねずみの耳にも届いている。若きねずみは、人々に期待にこたえようと、威厳のある警備隊長さんの姿勢を思い出したのだ。

 背筋をぴっと伸ばして、腕を背中で組んで、まっすぐに警備兵たちを見つめるのだ。


 物まねであっても、ねずみは今、威厳のある警備隊長様の瞳で、ガーネックさんご一行の監視をしておいでだった。


「な、なんか………あのねずみ、怖い」

「へ、へへ………ねずみの野郎、余裕でやがる」

「や、やや………休もう、いや、休んではならん、追いかけるのだ」


 何時間も歩いたわけではなく、それでも、ガーネックさんにはかなりの距離の追跡劇と言う気分であった。弱音を吐きつつ、使命を思い出す姿は、さすがと言うか………


 腕を組んだまま、指輪をかぶったねずみは鳴いた。


「ちゅう、ちゅうう、ちゅうっ」


 もうすぐだ、いくぞっ――

 厳しさの中に、やさしさを秘めた瞳で、がんばるガーネックさんを見つめていた。

 距離が縮まったため、ねずみは再び歩き出す。


 結局、警備本部に到着したのは、二十分後の出来事だった。


 ねずみの姿を知っている警備兵さんは、ねずみに敬礼をした。

 待ち構えていたアーレックおよび、警備隊長さんもご一緒だ。誰かが知らせたのだろう。王冠をかぶったねずみが、警備本部の前に現れたと。


 ねずみは、鳴いた。


「ちゅうう、ちゅう、ちゅうぅっ」


 犯人を連れてきましたっ――

 まっすぐと胸を張って、鳴いた。


 この姿を見るだけで、誰もが大いなるねずみであると、隊長の威厳を持っていると身を引き締めたことだろう。


 一人が、ひざまずいた。

 アーレックの野郎だった。


「よくやった、我が友よ」


 そう言って、腕を差し出す。

 足をい上がるような手間をかけさせてはならない、役目を立派に務めたねずみ殿である。巨大な手のひらに乗ったねずみは、鳴いた。


「ちゅぅ~」


 証拠の品が、頭にあった。

 ガーネックさんが、叫んだ。


「そ、それは私のだっ」


 ようやく、呼吸が落ち着いたのだろう。運動不足は大変である、加えて、お酒を召し上がった影響が残っていたのだ。目が死んだ二人組みの補助があってこその、警備本部への出頭であった。


 まぁ、お疲れなのだ。自分がどこにいるのかと、その情報が頭へと伝わるのは、ずいぶんと後のことになるだろう。


 頑丈なお部屋で、水でも出されるはずだ。

 あるいは、食事でもどうかと、マッシュポテトの皿が出されるかもしれない。とろけたチーズに、かりかりベーコンに、さらに贅沢に、ポーチドエッグのトッピングも期待できる。


 大切なお客様なのだ。もう、帰さないぜ――と


 ガーネックさんは、こうして捕まった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る