第110話 ねずみと、アーレックと、執事さん


 都市警備本部。

 都市の安全を守る、中心という建物である。威圧は当然で、犯罪者の方々においては、絶対に近づきたくない場所であった。

 そこで務めている若者には、いつもの通り道だ。


 アーレックが、速足で警備本部の入口を通り過ぎる。


「うむ、ごくろう」


 身の丈が190センチに届く長身は、肩幅もたくましい。黙ってやりなどを持っていれば、癖のある金髪も相まって、雷神の印象もある。

 その肩には、ねずみがいた。


「ちゅう~」


 ねずみも一緒に敬礼をしていた。

 瞬間、あっけにとられた門番の人は、すぐに姿勢を正した。何者か、問いかけることができないのだ。

 すでに、知る人ぞ知る、ねずみ殿なのだ。

 

 一方、ねずみをよく知るからこそ、アーレックは疑問に抱いた。いつものねずみと違い、焦っているようだと。

 肩に乗るねずみを見つめる。


「なぁ、友よ………何を焦っているんだ………」


 アーレックには、ねずみの言葉は分からない。

 ただ、何かを指示している、急いでいると言う雰囲気は、伝わるのだ。ただのねずみではないと、アーレックは知っている。


 先日、とある袋でねずみを見て、アーレックは確信した。

 大切な書類を隠していた袋の中は、野生のねずみの巣となっていたのだ。本能のままに、人に見つかれば、逃げるのだ。


 ちゅ ~、ちゅ~――と


 アーレックの肩で指図するねずみのように、人間のような仕草が出来るわけがない。


「ちゅぅ、ちゅうう、ちゅううう――」


 やはり、アーレックには分からない。

 ねずみが鳴いているだけだ、それでも、指をさして、アーレックに何か指図をしているようには見える。

 だから、アーレックは返事をするのだ。


「そんなにかさないでくれ、もうすぐだ」


 場所は、カーネナイの若き当主、フレッド様が捕らえられている個室だ。

 ニセガネの銀貨の鋳造ちゅうぞう、拡散および、資金集めのための窃盗、強盗事件をまとめて、カーネナイ事件と呼ぶ。

 その裏ではガーネックが暗躍しており、関わる被害者の会は、キートン商会の裏賭博に、ニセガネを鋳造した親方に、それ以外にもいるはずだ。


 ガーネックを倒す。

 それが、今のアーレックの目標だった。


 そのために………


「よう、元気か………」


 アーレックは、のぞき窓のついている部屋の前にいた。

 中は、安っぽい宿屋の一室にも見えるが、牢獄である。鉄格子があるために分かる、ここは贅沢な牢獄であると。


 一般の監獄に比べれば、特別扱いだ。

 落ちぶれたとはいえ、カーネナイはかつて名家と呼ばれていたのだ。最後の当主のフレッド様は、ある程度の配慮がされていた。


 加えて、ガーネック逮捕のための、証言もしてくれるのだ。


「アーレックに………やはり、そのねずみも一緒か」


 赤いチョッキのフレッド様も、ねずみの姿に疑問を抱いていない。

 古びたチョッキは、先祖のお古だ。かつては金色の刺繍もあり、あでやかな赤色とあいまって、高貴なる身分を表していただろう。


 今は、落ちぶれた名家と言う印象を強めるだけだ。

 それでも、カーネナイの最後の当主フレッド様は、立派な名家の跡取りとした態度だ。

 終わりを迎えたからこそ、名前をこれ以上、汚したくないのだろう。


「安心しろ、人払いはしてある………執事さんは――」


「――ここだ」


 いつの間にか、執事さんがいた。

 お茶の準備をしている姿は、正にカーネナイのお屋敷に勤めていた執事さんだ。どこの誰が見ても、執事さんと言うメジケルさんは、お茶の準備をしていたのだ。


 アーレックは、疑問を口にした。


「どうやって、入った」


 まさかと思うが、質問をしたかった。

 ごく自然に警備兵のいる部屋へ入り、カギを借り受けた。

 そんな馬鹿な話があってたまるか………と思いつつ、自然すぎて、警備兵も不自然に思わなかったのではないか。


 そんな疑問を抱いたのだ。

 本当に、あぁ、執事さんですか、どうぞ――と、警備兵がカギを貸したような予感があったのだ。


 執事さんは、答えた。


「私は、執事だ」


 お茶を入れつつ、執事さんは答えた。どこから食器を運び込んだのかと言う疑問も、吹き飛ぶほどの自然な執事さんの姿だ。


 アーレックは、思った。

 何とも、都合のいい言葉だ。執事さんは、ここにいるのだ。

 それが、普通のことだ、気にしてはいけないのだ。


「まぁ、いい………」


 色々と疑問が口から出ようとするが、飲み込むしかない。

 面白くないと言う、憮然とした表情で座るアーレック。この会合も、今回で何度目になるのか、いちいち数えてはいない。すっかりとなじみの雰囲気だ。緊張感など、あるわけもない。


 目の前に座る、カーネナイの最後の当主フレッド様も同じだ。

 元々、緊張していないだろうが………


「ガーネック逮捕への動きは、あまり、進んでいないようだな………いや、新しい難題が降りかかったと言うところか………」


 手元には、何かを写し取ったメモ用紙があった。


 先日、アーレックがニセガネ造りの親方さんとジグソーパズルをした、ガーネックの紋章入りの書類であった。

 その、紋章の部分を移した、部外者に見せてはいけない書類であった。


 ねずみは、指を刺した。


「ちゅぅ~、ちゅぅ~………」


 アーレックには、ねずみが何を言っているのか分からない。しかし、このタイミングでねずみが鳴くということは、なにかあるのだ。

 アーレックは、フレッド様からメモを借りる。


「我が友よ、この紋章に心当たりがあるのか?」

「ちゅぅ、ちゅうう、ちゅう、ちゅううっ」


 相変わらず、何を言っているのか分からない。

 しかし、アーレックには分かるのだ。ねずみは、この紋章に覚えがあるどころではない、なにかをつかんでいると。


 そして、それを教えようとしているのだと。


「そうか、だから今日は急げと言っていたのだな?」

「ちゅう、ちゅう、ちゅう」


 本当に、アーレックの耳には、ねずみがちゅ~、ちゅ~――と鳴いているようにしか聞こえない。


 だが、分かったのだ。


 ガーネックが、公文書以外で使っているらしい紋章がある。もし、この紋章とガーネックがつながれば、今度こそ捕まえることが出来る。

 ねずみは、その手がかりを持っているのだと。


「そうか………ねずみが………」

「本当に、不思議なねずみですね………」


 カーネナイの若き当主フレッド様と、忠実な執事さんのメジケルさんは、共にアーレックを見つめる。


 いつの間にかフレッド様の斜め後ろに控えているあたりは、本当に執事さんである。お茶会に呼ばれたのかと、勘違いしそうだ。

 ここは、フレッド様のお部屋には違いない、身分ある方々のための牢獄である。見た目は、安っぽいお宿の一室である。


 三人と一匹は、一枚のメモ用紙を見つめていた。


 大きく写し取られている、酒瓶とコインの山でデザインされた紋章である。

 ちょっとしゃれっ気を出した紋章とも言えるが、持ち主がガーネックと知っているために、いやらしい趣味だと、いい印象を抱けなかった。


 金持ちだと、主張していた


 そんな、いやらしいガーネックの笑みを思い浮かべて、とってもいやな気分であった。

 しかし、この紋章を抑えれば、ガーネックを捕まえることが出来るのだ。


 アーレックは、肩に乗るねずみに問いかけた。


「では、友よ――」


 アーレックは、紋章を指差して質問しようとしていた。

 しかし、ねずみはアーレックの腕を駆け下り、すっと机の上へと参上したここからは、俺が話す――と、そんな態度である。

 紋章の上へと移動すると、ねずみは執事さんを見つめた。


 用事があるのは、あんただ――


 言葉では理解できずとも、ねずみの態度で、分かる。先ほどまで、アーレックと見詰め合っていたねずみなのだから。


「………私ですか?」

「ちゅうっ」


 新たなコンビの、誕生だ。




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