第109話 不幸になっていく、レーバスさん
ゆらゆらと、水面がゆらめく。
公園にある噴水つきの湖のように大きく、手漕ぎボートがゆらゆらと泳いでいても、まだまだ余裕がありそうだ。
楽園をイメージしたのか、南国か、木材で作られた植物が囲んだ湖だった。
ボートやその他の
「ひとつ、ふたつ………ボートが足りない」
「せんぱぁ~い、早く片付けましょうよぉ~………もう、昼も過ぎちゃったけど」
密輸ゲートのでこぼこコンビの先輩さんは、つかれた瞳でボートを数えていた。広い湖の船着場には、木材が漂着していた。
かつては南国をイメージした装飾であふれていたのだが、無残な木材の山となっていた。湖には木片が漂い、かつてボートだったのか、装飾品であったのか、判別が出来ない。また、判別するつもりもない、仲良くキャンプファイアーの燃料と言う運命が待っている。
無事だったボートは、ゼロだった。
「せんぱぁ~い、早くキャンプワイヤーしましょうよ、次からがんばれってことで、酒も出されるらしいですよ?」
「はぁ………その代わり、お片づけだろ………この人数で」
「ボートの設置が終わるまで………らしいですけど………」
幸いと言うべきか、予備のボートや、古くなったボートは別に保管されている。そのため、まったく輸送手段がなくなったというわけではないのだが………
「だがよぉ~、ワニってどういうことだよ、ワニってよ………」
「事故だってことで、上も許してくれたんでしょ?」
足を洗って、やり直そう。
二人で船を持って………そんな夢は、しょせん夢と言う密輸ゲートのでこぼこコンビは、水辺で汗水をたらしていた。
夏はこれからと言う季節では、ボート遊びが盛んになる。
もちろん、安全に気をつける必要があるが、湖にそのままダイブと言う季節がやってきたのだ。
彼ら密輸ゲートは、もちろんそんなお遊びと無縁だ。それでも、冬場に凍える寒さで岸辺に座るよりは、ずっとマシな季節なのだ。
残骸の片づけを思うと、うなだれていた。
横目では、レンガ職人の方々が、破壊された入り口を片付けていた。
「魔法って、すごいな………あのワニをやっつけちまうんだから………」
「鉄製のゲートだったのに、壊れちゃいましたね………」
清潔のため、水は常に流れている。
そのため、すでに娯楽施設としての役割を終えた人工池でも、よどむことがないように、水路が工夫されているのだ。
密輸ゲートさんは、それを利用したのだが………
乗り損ねたレーバスさんが、たたずんでいた。
「逃げ道として、下水の川くだり………悪くはないんだがな」
死に神です――
そのように名乗っても、誰も不思議に思わない執事姿のレーバスさんが、疲れて見えた。
昨夜の大騒動が、原因だ。
なにか、トラウマでもあるらしい、ドラゴンちゃんがはしゃいだ姿を見ただけで、すっごくお疲れになったのだ。
ドラゴンめ、ドラゴンめ………と、ぶつぶつと笑っていた。
同情したと言うか、お疲れの密輸ゲートの先輩さんが、レーバスを見上げる。ともにワニさんと戦った仲であるが、密輸ゲートさんのボートで、この町とおさらばする予定のお客様だったのだ。
昨晩の出発の予定で、運がなかったのだ。
「お客さん………すんませんね、この有様ですので、お待たせしちゃって………」
「お客さん、すごいですね、あの怪物相手に戦えるなんて………」
裏の物流センターが、ワニさんの遊び場となったのだ。
レーバスさんは、本当に運が悪いらしい。お値段は裏価格であるが、裏道しか選べない方々には、ありがたい運送業者さんである。
そのため、レーバスさんは闇夜の船旅チケットを購入したのだ。
本当に、運が悪いとしか、いいようがないため、同情をされていた。
「ドラゴンめ、楽しそうに暴れやがって………」
「ワニの都市伝説なんか、下水がある街ならどこにでも聞くけど………ホントだったんですね」
「不思議な連中も混じってたが………もう、どうでもいい。早く片付けて、裏ゲートを再開させないとな………」
その手漕ぎボートは、ワニさんに追いかけられて戻ってきたのだ。
迷宮の主と呼ばれても疑問を抱かない、巨大なワニさんが大暴れしたのだ。いると分かっていれば、密輸ゲートなど営業できない。上が、そんなことも分からないほど、マヌケなわけはないのだ。
今までは、なにもなかったのだ。
この疑問の答えは、死に神さんが与えてくれた。
「決まっている、ドラゴンだ………遊び相手が見つかれば、それはもう、楽しそうに………ははは、ドラゴンめ、ドラゴンめ………」
暗い笑みを浮かべて、ぶつぶつと笑っていた。
死に神といわれても納得の執事さんであるため、すっごく不気味だった。
それでも、昨夜の大乱闘に参加した仲である。
巨大なるワニさんが尻尾を振り回し、体当たりをして、噛み砕いて全てを破壊する場面が、目の前にあった。
小石や木材を投げつけるしか出来なかった二人組みに対して、レーバスさんと言う執事さんは、飛び上がってはキックをお見舞いし、誰も傷つかないように気を使ってくれたのだ。
さすがは死に神さんの印象を持つ執事さんである。迷宮の主といわれて納得のワニさんが相手でも、ひるむことはなかった。
ここが、死に場所か――と、ドラゴンめ、ドラゴンめ………と
メイドさんが、空から降ってきた。
「やっほぉ~………って、レーバスらしくない………こともないか」
スカートが盛大にめくれ上がっても不思議ではないのに、とっても不思議だ。長い髪の毛も、少しも乱れていないのだ。
メイドさんは、にこやかにレーバスのそばに進んだ。
「あぁ~あ………主様に言われて様子を見に着たけど………あぁ~あ――だねぇ~」
見た目は、スレンダーボディーの美人さんであるが、言葉遣いは子供っぽかった。そして、死に神です――という印象の執事さんに、なれなれしかった。
「ねぇ、ねぇ、都市伝説を目にした感想は?」
近所の子供が、噂話に興味を示すように、レーバスの前にかがんで、見上げていた。
うなだれて、ドラゴンめ、ドラゴンめ………と、つぶやくレーバスさんが、とっても珍しく、面白いらしい。
「ただのワニ………いや、ドラゴンの遊び相手をして、強化されたんだろう。オレの攻撃を受けても、逃げ出さない………ドラゴンめ、さぞ、楽しかっただろうよ………」
「そっかぁ~………ドラゴン、ねぇ~――」
レーバスさんは、ただお疲れの様子だが、メイドさんの瞳は笑っていなかった。重要な情報をつかみ、これからのことを色々と考えているのだろう。
レーバスの力を知っているメイドさんである、どれほど危険であるのか、この情報は重要だ。
そこへ、申し訳なさそうに、工事責任者だろう親方がやってきた。
「旦那………すまねぇな、客なのに、待たせちまって………」
客船ではないが、人目に付かずに町を出るのだ。いっそのこと、森を突っ切る方法もあるが、小船の旅よりは時間がかかる。
早く逃げ出したかったレーバスさんが、わざわざ船旅を選んだ理由だ。
しかし――
「いや、ドラゴンが遊び相手を逃すものか………これは、呪いだ、呪いなんだ………」
親方さんの謝罪を受け入れ、ついでに、チケットと引き換えに代金も返金されたレーバスさんは、立ち上がった。
残る手段など、徒歩しかない
メイドさんは、手をひらひらと見送っていたが、おや――と、小首をかしげた。長身の美人さんであっても、とっても可愛らしい仕草だ。
レーバスさんが、振り返っていた。
「来るぞ、ドラゴンは、きっとまた、ドラゴンは遊びに来るぞ――」
それは、昔馴染みへの忠告なのか、我が身に降りかかる未来を予言した言葉だったのか………
時間を置くことなく、現実のものへ変わるだろう。レーバスさんが向かった森には、丸太小屋があるのだから。
昨日ぶりに、ドラゴンとの再会まで、あとわずか………
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