第107話 ガーネックさんと、大切な指輪


 カーテンの隙間から、まぶしい太陽の日差しが降り注ぐ。

 きらきらと、てかてかと輝く金細工が、とってもまぶしい。真夏になったら、目も開けられない輝きだ。


 悪趣味なる、ガーネックさんのお部屋だった。


「やっと………解放された」


 ガーネックさんは、ぶるぶると震えていた。

 見た目は小太りなおっさんで、小心者ですと、腰を低くしているおっさんである。小心者であるのは演技ではなく、怖い場所から戻ったばかりで、震えていた。


「だ、だんな………」

「だ、大丈夫ですかい………?」


 目が死んだ二人組みが、心配そうだ。

 頼れる執事さんと言うか、死に神です――と紹介されても納得のレーバスさんは、出て行ったのだ。

 そのため、頼りないながら、そのあたりのチンピラより怖そうに見える二人組みが、護衛と言う役割を持っていた。

 普段は、荷物を運ぶ二人である。


「あぁ、大丈夫だ………オレは、まだ、この程度………終わらんさ、終わらんさ………」


 ぶつぶつとつぶやきながら、ガーネックはよろめく。

 二人の問いかけに答えたわけではない、独り言で、自分に言い聞かせていた。

 机の上には宝石がばらかれている。小脇に抱えて持ち逃げできるサイズの宝石箱からは、これ見よがしの金貨と宝石で山積みだ。自らの富を自慢して、見せ付けているのだ。


 宝石箱を、見つめていた。


「オレはまだ大丈夫、まだ、やり直せる、この程度のピンチを切り抜けられないでどうする。やばいヤツラともつながっていくんだ………」


 恐る恐ると、指にある輝きをなぞる。

 ふざけているのか、酒瓶とコインをあしらった、ガーネックさんの“裏の”紋章が彫られていた。

 この紋章を持つガーネックさんは、ウラの会合の出席も可能なのだ。


 力の、証であった。


「あとで呼ぶ、出ていろ………」


 ガーネックさんは、目の死んだ二人組みを、部屋から追い出した。思いやりのない主従関係ではいつものことなので、二人組みは素直に従った。

 見つめている瞳があるとは、ガーネックさんには分かるまい。


「ちゅぅ~………」


 あれは――


 ねずみは、天井裏から見つめていた。

 そして、驚いていた。あの宝石箱は、富と言う力を見せ付けるだけでは、なかったのだ。


 仕掛けを隠すための、陽動だった。


 ガーネックが宝石箱をずらすと、机の隠し扉が開く、小さな仕掛けがあった。宝石箱は絶対には入らない、小さすぎる机の引き出しだった。


「これさえあれば、これさえ………」


 指輪を恐る恐る外したガーネックさんは、大切そうに布に包むと、小さすぎる机の引き出しへと隠した。


 宝石箱は、この机の仕掛けを隠すためにあったようだ。

 もしも、誰かがこの部屋で盗みを働こうとしても、目立つ宝石箱しか目に入らない。

 もっとも、宝石は本物である。

 万が一に盗まれれば大損であり、万が一に宝石箱を抱えて逃げ出せば、再出発が出来る財産でもある。


 そのために、用心棒がいるのだが………


「レーバスが逃げたのは、痛かった………たかがドラゴンの宝石だと思っていたのに、ウラの幹部連中までが………レーバスが逃げたのは、当然だったのか………」


 ガーネックさんは宝石箱をぼんやりと見つめながら、いらだっていた。自分の甘さが今のがけっぷち状態を招いたのだ。


 ドラゴンに手を出すな。


 ガーネックは、単純に受け取っていた。

 凶暴な怪物に手を出してはいけないという意味であると、そのために、ドラゴンの宝石は、ただの宝石だと思っていたのだ。


 ドラゴンの神殿から盗まれたものである。この一点だけで、誰も手にしないのは、それほど度胸がある人物が、いないためだと。


 逆に言えば、ドラゴンに関わる財宝を仕入れ、売りさばいていけばすごいと思われると思ったのだ。ドラゴンの宝石を盗んだ四人組みも、そう思っていた。


 違ったようだ。


 ガーネックさんは、まだお昼だというのに、酒瓶に手を伸ばした。


「だが、オレが持ち込んだんじゃない、結局、売りさばいてもいないんだ。ちゃんと、幹部の方々は、わかってくれた………そう、大丈夫だったんだ、大丈夫なんだ………」


 ギラギラと金細工が輝くグラスを手に、ガーネックさんはつぶやく。

 お手入れが大変そうだ。力を誇示こじするためにしては、色々と、ごちゃごちゃと金細工がまぶしい。

 天井からガーネックの様子を見つめていたねずみは、小さくつぶやいた。


「ちゅぅ~………」


 どうしよう――


 ねずみは、戸惑っていた。

 ガーネックさんの馬車の屋根に上り、そして、ガーネックさんの後ろを歩いて色々と裏社会を見物してきたあとである。お酒が飲めるなら、お酒で気持ちを紛らわしたくなるのも、仕方ないのかもしれない。

 思った以上に、ガーネックさんは悪者だったのだ。


「ちゅう、ちゅうう、ちゅう?」


 なぁ、お前はどう思う?――


 ねずみは、頭上でぴか、ぴか――と、のんきに輝いている宝石さんを見上げる。ねずみが悩んでいるのに、のんびりと浮かんでいて、ちょっと悔しい気分だ。

 ガーネックを何とかすれば終わりだ、そう思っていたのに、ヤバイ方々が登場して、悩んでいたのだから。


 とはいっても、相棒はしっかりと姿をかくしていた。

 馬車の上で揺られているときも、ヤバイ方々の拠点で歩いているときも、しっかりと透明化してくれた、ありがたい相棒である。

 天井裏で輝くくらい、気にすべきではない。一度だけだ、この相棒が、ヤバイ瞬間で輝いたのは………


「ちゅう………」


 まてよ………――


 ねずみは、見上げながらも、相棒の気まぐれを考える。

 怪しい四人ぐみと、戦っていたときが最初だ。あれは、あまり優勢とは言えなかった。なんとか逃げ延びることは出来たかもしれないが、ねずみも戦いに、気持ちが高ぶっていたのだ。

 アーレックの野郎と、メジケルさんと言う執事さんの二人だけで、よくない状況だった。


 ヤバイ、逃げろ


 その気持ちが、宝石にも伝わったに違いない。おかげで、怪しい四人組みを引き離すことに成功したのだ。

 宝石の方々が、行動を共にした事も大きい。今は、ねずみがお世話になっているお屋敷で、お昼寝でもしているのだろう。


 ねずみは、腕を組む。


「ちゅぅ、ちゅうう、ちゅう」


 いや、今はよそう――

 考えることが多すぎて、ねずみはしばし、目を閉じる。

 ねずみが知ってしまった、ガーネックの裏の付き合いの深さは、考えてどうなるものでもない。目的は、ガーネックを捕まえることであり、この町の裏社会の壊滅ではないのだ。


 第一、どうやって裏社会を壊滅させるというのか。そういうことは、偉い人たちが考えればいい。ガーネックを捕まえれば、色々と表に出てきて、解決の手がかりになるかもしれないのだから。


 ねずみは、決断した。


「ちゅぅ」


 そうだ――

 いつの間にか目の前にいた宝石が、ぼんやりと輝く。一緒に、悩んでくれたのだろうか、宝石に映るのはねずみの姿だけだが、少し、安心だ。


 そう、ねずみは一人ではないのだ。

 ここに相棒と言う宝石がいて、ガーネックを捕まえようと動いている仲間もいる。


 うらやましい、美人な恋人がいるアーレックの野郎と、そして、メジケルさんと言う、カーネナイの執事さんだ。


 暗殺者だといわれても納得の、油断ならない執事さんであるが、味方であれば頼もしい。ねずみが、ガーネックを倒すため、脱獄に手を貸したのだ。

 今も、どこかで動いているはずである。メジケルさんをご案内して、この仕掛けを教えねばなるまい。


 脳裏には、アーレックの野郎の姿が映るが、公僕が無断侵入をするはずがない。指輪だけならば、運べないこともないが、あの仕掛けを動かすのは、人の力が必要だ。

 アーレックが無理でも、メジケルさんと言う執事さんなら、おそらくは………


「ちゅう、ちゅうう」


 よし、いくぞ――


 ねずみは、いい思い付きだと立ち上がる。

 メジケルさんが今、どこにいるのか、それは分からない。だが、定期的に、主であるカーネナイの若き当主、フレッド様の元を訪れるのだ。

 アーレックと会合を持つタイミングで、ねずみが知らせればいい。


「ちゅううう」


 ねずみは、駆け出していた。

 宝石さんも、元気に輝いていた。


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