第91話 ねずみさんと、仲間達との再会


 そうか、ニセガネを追えということか――


 アーレックの導き出した答えに、その通りだと、ねずみも思った。すぐ目の前にヒントがあったというのに、思い至らなかった自分が、悔しかった。毎日、ガリガリとかじっていた、ニセガネの銀貨が、手がかりだ。


 ガーネックが関わった事件には、ニセガネが共通していたのだ。


 ――と、言うわけで、宝石たちのことはひとまず置いて、ニセガネを鋳造ちゅうぞうした親方さんの下へ向かおうと思ったわけだ。アーレックの野郎に負けていられない、名探偵として、事件を解決に導いてやろうと。


 ワラワラと、壁の後ろに隠れている皆様は、きっと不安なことだろう。私達、どうなるの――と。早く事件を解決して、宝石たちの故郷へと返す手がかりを探さねばならない。


 だが――


「ちゅぅ~………」


 なんでだ――

 ねずみは、頭を抱えていた。

 ねずみの頭上で光る宝石という相棒も、ドキドキと、ピカピカと、点滅している。そんな宝石の輝きなど、小さなロウソクの明りに過ぎない。巨大な炎が、目の前に現れた。


 魔法の炎だ。


 下水のせせらぎが明るく照らされている。ネズリーの懐かしい仲間達の一人、赤毛の元気娘、フレーデルちゃんの炎である。

 ねずみは、ため息をついた。


 なんでだ――と


 あの時、確かに町外れまで案内したはずだった。

 だが、懐かしい仲間たちは、またもや、ワニさんと追いかけっこをしていた。それはそれは、目立ってしかたがない、フレーデルの炎が原因だろう。


 ねずみは、炎を見つめて、腕を組んでいた。


「ちゅう~………ちゅう」


 さて………どうしよう――


 仲間を助けるべきだろうか、ワニさんとの追いかけっこを見つめながら、考える。

 何らかの目的があって下水という迷宮を探検しているのならば、出口に案内しても、解決にならない。


 とりあえず、ねずみは手を振った。


「ちゅぅううう~」


 気づかれなければ、放っておこう。

 取込み中の邪魔をするのは、よくないのだ。そんな、その場任せの選択肢で、大きく手を振った。

 気づいたのならば、また、忙しくなる。


「――ちゅう?」


 ねずみは、頭上の宝石を見上げて、考え直した。

 フレーデルなら、気付くかもしれない。ピカピカと、光っているのだ。

 こっち来いよ――と、手招きをするように、ピカピカと光っているのだから。


「………あっ、あそこ………レーゲル姉、ねずみさんが手を振ってるよ?」

「どこ………って、宝石?」

「………さすが、目がいいワン」

「く、くま、くまぁ~っ」


 どこか楽しそうに、ワニさんとおいかけっこをしていた。

 フレーデルちゃんが、さすがの野性の勘で、気付いた。 クマさんや駄犬ですら気付かなかったというのに、本当に、さすがである。


「とりあえず、あそこへ――」

「はぁ~いっ」

「急ぐワン」

「くまぁ」


 フレーデルを先頭に、細い水路に駆け込んできた。


 細道であるために、クマさんはちょっと気の毒だ。巨大なワニさんでは、とても動けないだろう。

 大通りというか、下水の本流は、船が通行できるほど幅広く、巨大なワニさんも自由に動ける。しかし、支流という、ご家庭やその他につながる細い道は、手漕ぎの小船が通れる程度だ。

 

 安心したところで、命の恩人であるねずみに、注目が集まる。


 レーゲルお姉さんが、しゃがんで、ねずみを見つめる。


「ひょっとして、お昼のねずみ?」


 これほど賢いねずみが、何匹もいてたまるか――という気持ちである。


「不思議なねずみさんだよね、こっち向いて、手を振ってたし」

「まるで、ボクたちみたいだ………ワン」

「くまっ、くまぁ~っ」


 ここで、目の前にいるねずみが、彼ら丸太小屋メンバーの仲間であると思いつかないのが、不思議である。


 ある意味、似たもの同士である。

 マヌケと言う意味である。


 魔法の実験で、動物に意識を移したまま、眠りこけている少年ネズリーが、ねずみの正体である。

 早く人間に戻らないと、ずっと眠り続けたままになる。

 そうと知れば、ちゅぅううう~!――と、大パニックになるはずだ。ねずみ生活を取るか、人間としての人生に戻る道を選ぶか………


 ちょっと、迷いそうだ。


 すでに、ねずみ生活を満喫まんきつしているねずみである。人間であった頃を懐かしく思いながらも、新たな家族や仲間達との日々に、満足しているのだ。


 アニマル軍団との遭遇そうぐうで、実は死んでいないのではないかと気付いてよさそうなものだが、こうして好機を逃していく。


 何より、大変な事態が目の前なのだ。


「ところで、ワニさんはどうしようか………」

「ここなら、ワニさんは入ってこれないけど………私達も出られないよぉ~」

「炎を消すにも、タイミングが悪いワン」

「くま、くま、くまぁあ~」


 とりあえず、ワニさんの牙から逃れることに成功した丸太小屋メンバー+ねずみは、こちらを見つめているワニさんを、見つめ返していた。

 どうして追いかけてくるのかと、赤々と燃える、フレーデルちゃんの炎が目立つからであった。


 今更、フレーデルが炎を消したとしても、自分達の視界が悪くなるだけである。暗い下水の探検で、それは自殺行為だ。


「まずは、ここから出ないと………私達の目的、忘れないでね」

「えっと………ワニさん?」

「惜しい………幽霊だワン」

「くま、くまぁ~」


 お前も違うぞ――と、クマさんが言っている気がする。ナイフのような巨大な指で、ねずみの頭上で輝く宝石を、指差していた。


 お師匠様は、命じた。

 さがせ――と


 しかしながら、ワニさんとの追いかけっこという展開に、またもやアニマル軍団は、冷静さを失っているようだ。

 そうとは知らないねずみは、とりあえず仲間たちを見上げて、質問をした。


「ちゅう、ちゅうう、ちゅう?」


 おまえら、なんでここにいるんだ?――

 もちろん、仲間たちには、ちゅ~ちゅ~と、ねずみが鳴いているようにしか聞こえない。ねずみが、オットルお兄さんというクマさんの鳴き声が、鳴き声にしか聞こえないように………


「どうしたの、ねずみさん」

「なにか、伝えたいのかしら………って、そんなわけないか」

「そうだワン、偶然こっちを見ただけだワン」

「くまぁ~、くま、くまぁ~?」


 オットルお兄さんの言葉だけは、やはり分からない。どこか、首をかしげてねずみを見つめている気がする。腹が減ったと言っているようにも感じる。

 ねずみは、あきらめたように肩をおとして、ため息をついた。


「ちゅぅ~………」


 動物とは、不便なものだ。

 クマさんとねずみが、お互いに、同情の眼差しをしている気がした。瞳で会話することが出来るのは、長年の付き合いが必要であるが………


 同時に、視線をそらす。

 何が悲しくて、野郎同士で見詰め合わねばならぬのかと。そらした視線の先には、ワニさんがいた。


 ギラリと、黄金の瞳が輝いていた。

 ついでに牙も、輝いていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る