第88話 ねずみと、立ちはだかるアーレック


 カリカリカリカリ………


 立派な門に背中をあずけて、ねずみは、ニセガネの銀貨をかじっていた。


 壁の裏側への入り口として、ねずみさんが行き来するための入り口としては、とても立派な門構えの、屋根つきの玄関だ。

 人形ハウスの、屋敷の入り口を模した入り口は、ねずみさんと、ボーデックのお屋敷の皆様との交流の場所となっていた。

 今は、ねずみさんが一匹、静かにたたずんでいた。


 巨漢が、仁王立ちをしていた。


「さぁ、そろそろ話してもらおうか………お前は、ただのねずみではないんだろ?」


 癖のある金髪のアーレックは、190センチに届く優れた体格の持ち主だ。これでやりを手にすれば、雷神を髣髴ほうふつとさせる青年である。


 ねずみの知る限りは、土下座をしてばかりだ。

 恋人様に土下座をして、お義父上ちちうえ様におびえる、情けない姿が多いアーレックである。


 とは言うものの、彼とて騎士の一族。この町の平和を守る騎士の一人なのだ。 お役目として、問いたださねばならないと、ねずみさんの前に立ちはだかった。


 その姿が、ねずみさんにすごんでいる、とっても微妙な光景だとしても、気にしてはいけない。本人は、とってもまじめなのだから。


 ねずみは、おもむろに顔を上げた。


「ちゅう、ちゅううぅ~?」


 さて、何のことやら――


 ニセガネの銀貨を手に、鳴いた。

 人間であれば、額から汗が流れている仕草である。言葉が通じなくとも、しっかりと伝わっているはずだ


 ごまかしている――と


 まさか、そのようなことは、あるはずがない。

 アーレックからは、そのような常識など、すでに意味を失っている。目の前のねずみは、偶然を装って、事件を解決に導く名探偵だと、知っている。


 しかして、その正体は――


「なにか、事情があるとは思う………お前に助けられたというか、事件を解決した功績もあるというか………ガーネックが動く。その警告も――」


 アーレックは口にしながらも、言いよどんだ。


 ただのねずみではない。

 状況から、確実だと思いながらも、勘違いではないか。そんな疑念を、ぬぐい切れないでいた。

 名探偵だ、全てがねずみに仕組まれたと思ったのは、実は、全てが自分の勘違いだった。常識から、そんな疑念を抱いてしまい、問いかけつつ、自信を失う。


 それでも――と確信したのは、昼ごろの、カーネナイのお屋敷での騒動だ。

 ねずみが鳴くと、宝石が現れたのだ。そして、犯人が運んでいた宝石を持ち去ったのだ。

 魔法の力で、奪った。 それ以外に、何が思い浮かぶというのか。


 意を決して、本題に進んだ。


「あの、赤い宝石………お前が操ったのか、魔法を使ったのか?」


 アーレックの問いを受け、ねずみはドキっとする

 怪しいヤツだと思われては、大変だ。屋敷に置くことは出来ないと言われて、追い出されるのではないかと、冷や汗でぐっしょりだ。


 ニセガネの銀貨を、思わず落とした。

 そして、鳴いた。


「ちゅ、ちゅぅ~ちゅ~………」


 な、何も知りません。罪のないねずみです――


 ねずみは、必死に鳴いた。


 ドキドキと、鼓動がとっても早く、ねずみの後ろの宝石などは、今にも輝きだしそうだ。

 とりあえず、壁の向こうへと宝石の皆様を押しやっているものの、心配だ。パニックになって、いっせいに輝いてしまえば、大変だ。隠していると、告白しているようなものだ。


 ねずみ生活を守るためにも、ここは何とかしなくては。


 ねずみがそう思っていると、何者かが、そっとねずみの背中を押した。


 大丈夫さ、兄弟――


 そう言われた気がした。

 赤い宝石が、ねずみの背中を押していた。姿を隠すようにお願いしていたが、アーレックの執拗な尋問?に、ねずみの危機だと感じたのだろうか。


 あるいは、ごまかそうと混乱しているねずみの心を反映して、透明化の魔法が解除されただけかもしれない。

 

 さらばだ――と。


「ちゅ、ちゅう」


 まっ、まってくれ――


 ねずみは、逃げようとする宝石を捕まえる。

 逃がすかよ――と。この状況で宝石さんに逃げられれば、立場の悪いねずみだけが、残ることになるのだ。

 お上につかまるのなら、ご一緒をすべきだと、攻防が始まった。

 

 アーレックは、驚いていた。


「ほ、宝石がひとりでに………」


 逃げ出した宝石と、その宝石を捕まえるねずみの攻防であった。

 アーレックの声を合図に、その攻防は終わる。しずかに距離をとり、そろってごまかすように、一歩下がった。

 アーレックの目の前だと、ねずみは思い出したようだ。


「ちゅ、ちゅううう、ちゅううう」


 ねずみは、宝石を背中に隠すと、ごまかすように銀貨をかじり始めた。

 アーレックはしゃがみ込み、その様子を見つめていた。


「い、いま、その宝石が――いや、なんで俺の前で、わざと――?」


 背中に宝石をかくして、ごまかしている。

 光景としてはそれだが、アーレックには、それ以外の意味があるように思えてきた。

 名探偵だ、そう思えるねずみ君なのだ。 


「なにか、伝えようとしているのか?」


 ニセガネ事件は、ねずみのおかげで発覚したのだ。

 カーネナイ事件も、キートン商会の事件も、そこからだ。ガーネックと言う諸悪の根源さえ捕まえることが出来れば――


 ねずみの手にある銀貨を見つめ、思い出してきた。


「そうか、ニセガネか………」


 全てが、つながった。

 ガーネック逮捕につながる手がかりは、どこにある。

 金貸しが、金を貸して何が悪い。犯罪に走った人々を操った証拠はなく、つながりもまた、金貸しなら当たり前の、借用書だけである。


 しかし、他にも共通点があった


 カーネナイ事件と、キートン商会の事件をつなげるものは、ねずみが手にしている、ニセガネだった。


「そうか………ニセガネを追えというのだな、我が友よ………」


 アーレックは、ねずみの仕草から、何か答えを得たようだ。

 ずっと引っかかっていたことが、ねずみのおかげで、理解できたと。

 今、気にかけるべきことは、ねずみの正体や、不思議な宝石ではない。自分が追いかけるべきは、今は一つだ。


「ちゅう~………」


 えっと~――


 ねずみは、戸惑うように、鳴いた。

 本当に戸惑って、ちょっと待て、何の話だ――と言う気持ちで、鳴いたのだ。

 アーレックは、違う受け止め方をした。


「あぁ、そうだな。オレたちは、ガーネックを追い詰めるために、動いていたんだった………お前のことは、不思議なねずみと、それだけでいい」


 さぁ、忙しくなるぞ。

 そんな、生き生きとした顔で、アーレックは立ち上がった。初夏と言うには、そろそろ夏と言う日差しが、強く影を落としていた。


「ちゅぅう~………」


 えっと~――


 置いてけぼり状態のねずみは、ニセガネの銀貨を手にしたまま、アーレックを見送った。


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