第86話 丸太小屋メンバーと、不機嫌なミイラ様


 太陽も、真上を過ぎたおやつ時。ミイラ様が、にっこりと微笑んだ。


「なぁ~に、怒ってはおらんわ」


 丸太小屋メンバーは、震えた。


 クマさんに駄犬に、雛鳥ドラゴンちゃんのお尻尾も、ぺたりと元気がなく、おびえ切っている。いつもは頼りになるレーゲルお姉さんも、今はバケモノを前にした小さな女の子のようだ。


 手ぶらで戻って、いきなりのシーンであった。


「赤く光る幽霊の噂………いきなり大当たりを引くとは………ほんと、長生きはするものだなぁ~」


 目の前のミイラ様はシワシワを深くして、さらにシワが刻まれた。


 ドラゴンの宝石を、探し出せ。


 怪しいうわさ話を聞きつけ、とりあえず調べてみようか――その程度のはずだ。ドラゴンにとっては、小さなことである。

 気の長いドラゴンの皆様にとっては、宝石を取り戻すまでに一年かかろうが、十年だろうが、さほど違いがないのかもしれない。


 ミイラ様も、焦る様子はなかったのだが――


 目の前にあった好機を逃した。そんな報告を受ければ、ご機嫌は悪くなるようだ。

 下水で出会ったのは、宝石だけではない、謎の4人組もご一緒だった。もしかすると、 盗んだ犯人かもしれない。

 なのに、一緒に仲良く下水で追いかけっこをしただけで、お話も、まともにしなかったのだ。


 ワニさんが、原因だった。


 逃げ延びた喜びを分かち合ったのは、仕方ないだろう。

 そのまま解散したのだから、大変だ。みすみす、手掛かりを手放してしまったわけだ。


 それでは――と、下水に戻る後姿を、手を振って見送ったのだ。


 輝く宝石の皆様も、ご一緒だ。その一部始終を見送ったと聞けば、ご機嫌も、よろしいはずがない。


 クマさんに駄犬に、雛鳥ドラゴンちゃんに、尻尾がぶるぶると、恐怖に震えていた。

 銀色のツンツンヘアーのお姉さんも、尻尾があれば、丸まって震えているに違いない。頭の中では、今晩の地獄絵図が微笑んでいる。


 クモさんほか、有象無象の方々との、マイム・マイムが待っている。首だけを地面から出して、夜を明かしてのパーティーだ。

 カサカサと、ワサワサと一晩中、顔をいずり回る寸前のところまで近寄って、踊り明かすのだ。


 一度でも味わえば、あるいは、その刑罰を目の当たりにすれば、悪夢として脳裏に焼きついて、離れてくれない。


 ミイラ様が、口を開いた。


「まぁ~、巨大なワニと遭遇した………という、大当たりまで引いたんだ。いきなりは、仕方ないわな」


 奇跡が、起きた。


 血も涙も、とっくに干からびたミイラ様は、とても楽しそうに地獄を演出なさるのだ。

 それなのに、その楽しみを控えてくださるという。丸太小屋メンバーは、奇跡はあったのだと、顔を上げると、互いに微笑みあった。


 お師匠様に、優しさが?――と


 わずかな間だった。


「まぁ~、次は、たのむな?」


 ミイラ様は、ニコニコと微笑んだ。

 助かった、そう思ったとたんに、地獄へ突き落とされた気分の、丸太小屋メンバー達。さすがお師匠様だと、そろって絶望のお顔だ。


 お師匠様は、楽しそうだ。

 十メートルを超えようという、巨大なワニさんと弟子たちとの追いかけっこの姿を、浮かべているに違いない。

 リーダーのレーゲルお姉さんが、恐る恐ると、手を上げた。


「あ………あのぅ、お師匠様………」


 ご機嫌を損ねては、大変だ。

 クモのマイム・マイムが待っている。しかも、ワニさんとの追いかけっこは、決定なのだ。ならば、地獄は一つに絞りたい。

 そのため、普段は頼もしいレーゲルお姉さんらしくなく、恐る恐ると、手を上げたのだ。


「それって、明日からでしょうか………」


 慎重に、言葉を選ぶ。


 手伝ってくれないのか――とは、間違えても口にしてはならない。

 与えられた難題は、自分達で解決がお決まりなのだ。難問にぶち当たり、それを解決してこそ成長できるものだ。

 それが教えであり、魔法と言う力を学ぶためには、必要ともいえる。


 しかしながら、巨大なワニさんとの追いかけっこは、難題過ぎると思うのだ。

 森への出口で、確かに見た。鉄格子の彼方から、こちらをにらむ瞳が、忘れられない。次に下水にもぐるときには、即座に追いかけっこが再会されるだろう。

 その光景が早速浮かんでいるため、おうかがいを立てずにはいられなかったのだ。


 せめて、今日は休ませてほしいな~――と、甘い期待を込めて、お返事を待つ。丸太小屋メンバーの心は、一つになっていた。


「はははは………レーゲルや、そらぁ、当然――」


 にこやかなる微笑に、わずかに期待を寄せるメンバーたち。

 楽が出来るとは思っていないが、今日はもう疲れたのだ。 せめて、今日はもう、休みたいのだ。


 ミイラ様は、にこやかだった。


「夜も、頼むわ~………」


 幽霊といえば、夜だ。


 行け――と


 甘い希望だったと、絶望の底に突き落とされる丸太小屋メンバー。

 分かっていたよ、分かっていたよ――と、クマさんの顔なのに、オットルお兄さんの哀愁が漂う。

 駄犬ホーネックなどは、体力が尽きて、ぱたりと横になった。雛鳥ひなどりドラゴンのフレーデルちゃんも、駄犬と同じポーズで、ぱたりと横になった。

 夜と呼ばれる時間まで、数時間はある。贅沢は言わない、この小さな安らぎは、奪わないでいただきたい。


 ささやかな望みは、叶うのか――


「それじゃぁ、よい知らせを待っとるわ~」


 横たわった丸太小屋メンバーは、感謝の脱力を味わっていた。今夜のことを思う時が重いが、少し、助かった気分だ。

 ミイラ様は杖を突いて、そのまま空中へと消えていった。


 どこへ行くのか、町へ向かい、人々を恐怖に陥れるのか。夜な夜な徘徊する幽霊の噂の正体は、実はお師匠様といわれても、納得だ。

 人の寿命をとっくに超えた、二百歳と言う大台につえをついている老婆なのだから。


 安心したところで、不安が顔色を悪くさせた。


「また………あそこへ行くの?夜に?」

「やぁ~だぁ~………このまま森で過ごしたい~」

「あぁ~………草原の香りが………悲しいワン」

「クマぁ~………」


 じたばたと、手足を元気に暴れさせるフレーデルちゃん。

 ようやく臭気漂うせせらぎから解放されたホーネックと言う駄犬は、また、あの地獄の世界へ戻るのかと、涙を浮かべていた。

 あきらめたクマさんだけは、何を言っているのか、分からなかった。


 ただ、それぞれの頭の中には、不思議なねずみの姿が浮かんでいた。

 輝きながら宙に浮かぶ宝石を背にした。それだけでも不思議なのに、レーゲルの残した印を感じ取ったかのように、森へ続く下水の出口まで、みんなを導いたのだ。


 そして、お別れをした。


「あぁ~………丸太小屋へご招待をしていればなぁ~――」

「ねずみさん?」

「くまぁ、くまぁぁ~………」

「今晩、リベンジだワン」

 

 お礼をしたい気持ちもあるが、ねずみの後ろについていた宝石がここにあれば、下水へ舞い戻る必要は、なかったのだ。


 そうであれば、今頃はのんびりと水を浴びて下水の汚れを落とし、あとは人間に戻るだけだと、笑っていられただろうに――と。


 そのねずみこそ、丸太小屋メンバーの仲間であるネズリーだとは、気付かなかった。駄犬ホーネックが、唯一の手がかりをゴミとして捨てたのだから。


 ――ねずみ生活、始めました。


 このメモさえ目にしていれば、魔法の宝石を引き連れたねずみさんが何者か、気付くことができたかもしれない。


 だが、静観した喜びに浸っていた若者達には、色々と余裕がなかった。

 追いかけねば――と、そう気付いたのは、ねずみさんが宝石を引き連れて、下水の闇へと消えた後のことだった。


 リベンジは、今夜であった。


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