第85話 下水のワニさんと、追いかけっこ(下)


 明るい輝きが、周囲を照らす。


 明るいというか、まぶしいほどの輝きは、そろそろ夏と言う日差しがあふれる、お昼時の公園のようだ。


 ただし、下水だ。


 レンガのアーチがどこまでも続く、地下迷宮といっても誰もが納得と言う、臭気漂うせせらぎの岸辺で、ねずみは叫んだ。


「ちゅううううううっ!」


 にげろぉおおおおっ!――


 全力で走りながら、叫んだ。ねずみの言葉が分からなくとも、誰もが理解しただろう。

 引き連れる、赤く輝く宝石の皆様も、激しく輝いていた。まるで、きゃぁあああ――と悲鳴を上げているようだ。


 怪しい四人組みも、叫んでいた。


「にげろぉおおおおっ!」

「兄貴ぃ~、ワニだよ、ワニ~っ!」


 顔を隠していたぼろ布は、すでに彼方へと飛び去った。デナーハの兄貴さんという、盗賊団のリーダーだ。

 並んで恐怖を叫び続けるのは、密偵のベック君だ。


 やや後ろからは、メートルオーバーのマッチョが突進中だ。


「ぎぃいいやあああああっ!」

「死んだ――」


 いいや、お姉さんと言わねばならない、個性的なお化粧をした、スカートの裾からはまぶしくマッチョが覗いている。

 そして、運び屋のバドジルを運んでいた。


 途中で怪我でもしたのだろうか、無理もない、荷物を背中に、コケとそのほか、足は滑りやすい。

 そんなバドジルと言う運び屋を抱えて、重さを一切感じさずに走るとは、さすがはマッチョなお姉さんだ。


 今のねずみには関係ない、ワニさんが、迫っていた。


「ちゅううう、ちゅうぅうううっ」


 誰か、何とかしてくれぇえええ――


 ねずみは、叫んだ。

 頭上の宝石さんたち、仲間と一緒にビカ~――と、激しく輝く。きゃぁあ、きゃぁあああ――と、叫んでいる。


 とってもまぶしく、下水の隅々まで照らされている。

 しかし、どこを走っているのか、分からなくなっていた。町外れへ向かっているのなら、そのまま川へと続いているかもしれないが………


「ちゅ………ちゅうう?」


 ク………クマだと?――


 ねずみは、叫んだ。

 明るく輝く宝石も大群のおかげで、ねずみたちが走る先に、謎の四人組がいると気付いたのだ。


 まず、クマに気づいて………

 またも、叫んだ。


「ちゅぅう、ちゅちゅう………、ちゅう?」


 レーゲル、フレーデル………尻尾?――


 わけが分からなかった。懐かしい仲間達と出会えた喜びと、早く逃げなければならないという焦りが、ねずみを叫ばせる。

 

 アニマル軍団も、気づいたようだ。


「え、なに、あんたたち」

「ねぇ、追いかけっこ?追いかっけこ?」

「ワンっ」

「くまぁ~………」


 駄犬とクマさんが混じっていたが、ねずみはなぜか、懐かしい仲間たちだと感じた。

 リーダーのレーゲルお姉さんと、妹分のフレーデルがいるのだ。駄犬がホーネックで、兄貴風を吹かせる仲間たちの最年長、オットルはクマさんなのだろう。


 魔法使いの少年、ネズリー・チューターだった頃の、仲間達だ。


「ちゅう、ちゅうううぅっ」


 オレだ、ネズリーだっ――


 ねずみは、仲間たちなら気付いてくれるだろうと、叫んだ。


 ――ねずみ生活、始めました。


 色の強い果実をインクの代わりにしたメモであったが、自らの眠る手に忍ばせた。かつてないピンチに現れるとは、さすが我が友人達だと。

 奇跡が起きる時は、今だと。


 反応は、鈍かった。


「その宝石に………って、ねずみ?」

「あっ、ねずみさんが手をふってる、やっほぉ~」

「変わったねずみだワン………あっ、しゃべっちゃったワン」

「くまぁ~………」


 あれ、おかしい――と、ねずみは思った。


 仲間たちなら、気付いてくれると思っていたのだ。ネズリーの生まれ変わったねずみだと。

 まさか、あのメモに気付かなかったのか。

 実は、駄犬ホーネックが見つけたのだが、果実のインクが染み付いた紙切れをゴミと判断していたのだ。もちろん、ねずみに知る由もない。


 関係ないだろう、ワニさんに追われているのだ。すぐに逃げねば、あの巨大な口が、目の前だ。

 それなのに、盗賊の4人組は、スピードを落としてしまった。


「な、なんで下水にクマが?」

「あ、兄貴、クマだよ、クマぁ~」

「ちょ………ちょっと、どうでもいいでしょ、逃げるのよ」

「あ、来た………」


 水しぶきが、迫っていた。

 

 宝石の輝きに照らされて、 巨大な牙が、よく見える。豊かな湿地帯や、広大な暖かな河川では、紛れ込んでもおかしくない、ワニさんである。


 何を間違えたのか、モンスターになっていた。


 全長は、十メートルを超えていると思う。広大な下水のせせらぎの幅いっぱいの巨体は、尻尾の先が見えないほど巨大だった。完全防備の騎士団の甲冑も、簡単に噛み砕けそうな牙が、ギラリと、光った。


 アニマル軍団は、叫んだ。


「都市伝説は、本当だったワン」

「くまぁ~………」

「フレーデルちゃ~ん、出番ですよぉ~」

「ちょ、レーゲル姉?」


 突然のワニさんの登場に、遠い目をしていた。いやいや、こんなことはありえないでしょう――と、現実逃避だ。


 そして、暴走娘のフレーデルちゃんにお任せしたのだ。

 いつもは、考えるより暴走の赤毛のロングヘアーの妹分である。今こそ、好きに暴れてよいとの、リーダーのおおせだ。


「ムリムリムリ~、って、そうか………私、ドラゴンだから」


 つぶやきながら、フレーデルちゃんは自分の正体を思い出す。

 最強の種族、ドラゴンなのだと。

 可愛いお尻から生えている尻尾は、フレーデルの赤毛と同じく、燃えるような赤いうろこに覆われている。まだ、とげとげしさはない、産毛が残っている雛鳥ひなどりちゃんである。

 それでも、ドラゴンと言う種族には違いないのだ。


 仕方ないなぁ~――と、一歩進み出る。巨大なワニさんが、目の前で大きな牙をむき出しに、口を開けていた。


 フレーデルは、まっすぐとその恐怖を見つめる。

 ネズリーも、そんなフレーデルちゃんを見つめる。出会ったばかりの盗賊さんの四人組と、ネズリーたちの期待が、一人の少女に託された。


 今こそ、ドラゴンちゃんの力を見せる時なのだ。


「グルルルルル………」


 ワニさんは、幅広い下水の岸辺に頭を乗せて、低くうなる。敵を前にした唸り声なのか、あるいは、未知のものへの恐れかもしれない。


 にらみ合う、二匹。


 盗賊の四人組は、緊張に見つめた。


「あのワニも、ドラゴンって言っても、信じるぜ」

「兄貴………おれ、今度こそ足を洗う。田舎で素直に芋を育てて――」

「はいはい、地に足が付けばいいわね………どうせ、続かないわよ」

「収穫までに、今の稼ぎ、持たない………」


 わけが分からないが、みんなが頼りにするのなら、信じようと。もはや、正常な判断力は失われつつある。

 非常識な出来事が、起こりすぎたのだ。

 宝石の団体様が脱走して、下水で巨大なワニさんとおいかけっこをするなど、誰が思うだろう。


 フレーデルちゃんは、ゆっくりと口を開いた。


「にっげろぉおおお~」


 楽しそうに、宣言した。

 空を飛んで逃げることが出来るはずだが、さすがに仲間を放置しての逃亡は、選ぶつもりがないらしい。元気に、走った。


「ちゅぅ~っ」


 ネズリーは、叫んだ。

 ふざけるな~っ――と


「ちょっとぉおおっ」

「だってぇ~っ」

「くまぁあああっ」

「やっぱりだワン」


 ネズリーの楽しい仲間達は、久々の再会の自覚もなく、仲良く追いかけっこに強制参加だ。


 もちろん、盗賊の皆さんもご一緒だ。


 仲良くワニさんの胃袋へ向かうことだけは、お許し願いたいと、細道を探すねずみ。あの巨体であれば、追ってくることはできないはずだ。時折ねずみが感じていた視線は、思えば狭い支流や、下水の出入り口の排水溝へ向かう細道でのことだったのだ。


 そこであきらめてくれれば………と、ねずみは思い出す。

 レーゲルお姉さんが、先頭を歩いていた。

 苦労人と言うみんなのリーダーが、何の備えもなく下水に足を踏み入れるのか。逃げ道を用意しているはずだ。


 期待を込めて、見上げた。


「ちゅうう、ちゅう、ちゅう、ちゅううう?」

「ちゅうちゅう言われたって、わかんないわよ。ちょっと、どこへ行くのよ?」

「わからんワンっ」

「わ~い、追いかけっこぉ~」

「くまぁああああああああ」


 だめだった、ねずみの鳴き声にしか聞こえない。

 しかも、みんなの運命は、ねずみが背負っていたようだ。気づけば、先頭を走っていたのだ。

 目印を見失ったお姉さんを責めてはいけない、ワニさんから逃げ出すため、とっさの出来事を悔やんでもしかたがないのだ。


 皆さんおそろいで、ねずみのあとを走っていた。


「あ、兄貴、バルダッサが………」

「だ、大丈夫か」

「そ、そろそろ、限界………みたい」

「すまん………」


 いや、盗賊の4人組は限界が近そうだ。しかし、そこへ救いの声がかけられた。2メートルを超えるマッチョなお姉さんを上回る、たくましいお兄さんの出番である。


 クマさんが、やさしく鳴いた。


「くまぁ~?」


 盗賊の4人組は、目が点になっていた。

 しかし、アニマル軍団には分かったようだ。フレーデルちゃんは、4人組の横に並ぶと、クマさんの背中を指さした。

 駄犬も、ご一緒だ。


「オットルの背中に乗せれば?」

「急ぐんだワン」


 しゃべる駄犬に驚く暇もなく、四人組はお言葉に甘えた。ねずみは気のいい仲間たちの姿に、しばし現実を忘れていた。


 レーゲルお姉さんだけは、忘れていなかった。


「――あんた達、何者よ」


 疑問を抱きながらも、四速歩行で走るクマさんの背中に座らせるご一同。わずかな時間であっても、共に逃げる仲間として、助け合う関係になっているようだ。


 希望の光が見えてきた。


 ねずみは、叫んだ。 


「ちゅ、ちゅぅううう~っ」


 下水の出口が、見えてきた

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