第60話 ベーゼルお嬢様VSキートン商会の主様
「カーネナイ事件………か」
ベーゼルお嬢様は、小さくつぶやいた。
キートン商会のさもしいパーティーに招かれ、すでに退屈だという集まりは、
退屈だからこそ、取り止めのない話題でも、ありがたい。
さし当たっての話題は、なぜ、落ち目のキートン商会と言うおもちゃ屋さんが、パーティーを開いたのか。
様々に推測をする中で、大きく話を膨らませる言葉が、放たれたのだ。
――カーネナイ事件
この言葉によって、噂は徐々に、大きくなっていく。
「最後に一発当てようとして、何かしでかした………とか?」
「今の当主だけじゃなくて、前の当主も、牢にいるって噂だ」
「まさか、反逆?」
「いやいや、一族そろって………ってのは分かるけどよ、そこまでの力がありゃ、没落してねえって」
「そもそも、平和なご時世にバカをしようってのは、本物のバカだけだよ。自分の力を過信したか、周りが見えていないか………」
「ともかく、バカなんだな」
「バカバカ言うなよ、このカバ………カバ?」
「なんだ、沼地で密漁でもしたのか?」
「いや、カバより、ワニだろ。沼地なら」
「バカ、ワニなら、下水にでかいのがいるって都市伝説が――」
「いや、バカな話があってだな――」
噂話に途中から参加した連中により、馬鹿な話は、ますます馬鹿な方向へと向かっていく。それこそ、悪い大臣がお姫様をさらって、勇者が
そのようなバカなことは、起こらない。
そうとは言い切れないのが、恐ろしいところだ。成功するはずがない物事にでも、挑戦するバカは、必ずいるのだから。
なにしろ、ドラゴンに挑戦するほどのバカが、数年に一度は現れるのだ。
生き延びているのは、本気でお怒りを買うほどの馬鹿ではなかった証拠だ。
周りの人々にとっては、とても大事なことだ。
ドラゴンへの兆戦は、いつかはがれるメッキでなければならない。本気で、ドラゴンの神殿から物を盗むようなバカがいれば、巻き
だが、ここでカーネナイの名前が出たことが、重要だ。
「二の舞を演じるって………ことか?」
気付いた一人が、声を潜めた。
没落の一途をたどる名家が犯罪に手を染めて、仲良く牢へ送られると言う喜劇を演じた。
二の舞の商家は、どのような喜劇を演じるのか。
ベーゼルお嬢様は、自分が事件に巻き込まれる様子を、想像した。
人質にでもされるのか、あるいは、ここでサスペンス小説も真っ青の、血みどろの惨事が繰り広げられるのか。
あぁ、助けてねずみさん――と、気分は、喜劇のヒロインだ。
ここで、アーレックに助けを求めないあたりが、ベーゼルお嬢様である。ベーゼルお嬢様は、共に戦場で方を並べる相棒として、君臨しているのだ。
主従と言う、もちろん主は、ベーゼルお嬢様である。
「まぁ、本当にパーティー会場で何かするようなら………」
二の舞を演じるなど、バカらしい。
ベーゼル様は、そう言って、噂を
カーネナイの場合は、とある借金取りの誘惑と言うか、脅迫に屈し続けた挙句の反抗である。しかも、発覚したのは、アーレックのお手柄である。
手柄に導いたのは、ねずみさんだ。
まさか、今回も裏道でアーレックを引き連れて、現場へと走っているわけではないだろう。
夜道を、どかどかと、邪魔者を吹っ飛ばして走る巨体の姿を想像して……
「………ありうる?」
可愛く、小首をかしげるベーゼルお嬢様。とりあえず、パーティー料理の並ぶテーブルの前へと、移動する。
学生諸君の予算でも、用意できそうだ。クラッカーの上にチーズと、小さな果物のようなものが載った軽食が、並んでいた。
単純だからこそ、いつもおいしい。それは確かにそうだと、みんなは口に運んでいる。もちろん、ベーゼルお嬢様も口にする。
そこへ、
客達が集まり始めたところに登場は、予想すべきだった。お嬢様は、口いっぱいに、クラッカーを詰め込んだばかりだ。
「皆様、わがキートン商会主催のパーティーへ、ようこそ………とまぁ、前置きはやめにして、これをご覧あれ」
ちょうど、クラッカーをほおばったばかりのベーゼルお嬢様は、お上品に口元に手を置きながら、声のほうをむいた。
うんざりするものだが、主催者の挨拶は、聞かねばならない。なのに、省略してくれるという。どういうことだと、ざわめきが広がる。バカバカしいものが、主催者テーブルの上に、運ばれてきた。
そこそこ狭いパーティー会場である。小箱を運んでくる従業員の方々のつぶやきが、耳に届いた。いつ、用意したのだという疑問だ。
それも納得の、宝石箱が二つ、並べられた。
「さぁ、さぁ、お立会い………懐かしい、宝箱の冒険物語の始まりです。子供の頃に手にされた方も多いはず、もしかして、今も大切に保管されているでしょうか、輝く宝石に、金と銀の輝きを、さぁ、お近くで………」
ベーゼルお嬢様は、キートン商会の主の道化に、一体何がしたいのかと言う気持ちで、一歩下がってしまう。
本当に、お別れのオークションでも始めるのか。
近づいた若者達は、懐かしいだの、ニセモノか………などといいながら、ざわざわしている。
ベーゼルお嬢様は、確かめるべきか、しばし迷ってから、歩み始めた。
ニセモノと言う言葉に、お嬢様は反応した。
当たり前だ、おもちゃ屋さんが、わざわざ財宝を見せびらかす意味がなく、手にすることが、出来るわけもない。ざわざわとする若者達の間を、どきやがれという勢いで、進んだ。
アーレックが関わった、ベーゼルお嬢様のお屋敷においても、被害にアタニセガネの銀貨の姿を、思い浮かべる。
近づいて、ざわざわする言葉が、はっきり聞こえる。
「本物?」
「まさか、ニセモノだろう………
「本気で、そう思うか?これ、どう見たって本物だぜ。ゲームのコインは、ゲームって分かりやすい、絵本の犬や狼の姿なのに………」
「俺たちに、この財宝を見せて、何をさせるつもり………いや、この宝石はガラス細工か?」
ベーゼルお嬢様は、宝石に、金に銀を、わしづかみにした。
淑女が、はしたない………などと、言っていられない。もしも考えたとおりなら、大変だと、気が焦る。
焦って、わしづかみにして………
「きゃあ~、手がすべりましたわ~」
見事なる、棒読みである。
勢いに慈悲はなく、元気いっぱいに、地面にたたきつけた。
ガラス細工の宝石は、金属とぶつかって粉砕されるだろう。
「ちょ、いったい何を――」
「キミ、いくら主催者が落ち目だからって――」
「いや、ハラが立つのは分かるが――」
ざわざわとする周りの声など気にせずに、ベーゼルお嬢様は、トドメを刺しに向かった。ターゲットは、足元にたたきつけられ、傷を負った宝石ではない。
金貨と、銀貨だ。
近づいて、分かった。たったこれだけでメッキがはがれるとが、誰も確かめようとしないのは、当然だ。大切な財産なのだから。
いったいどなた様が、金貨や銀貨を、力いっぱいに叩き壊そうとするだろう。ベーゼルお嬢様をおいて、他にはいまい。
「きゃあ~、今度は足がすべりましたわ~」
またも、見事なる、棒読みである。
もちろん、動きには一切の慈悲はない、力いっぱい、財宝を踏んづけた。
えいっ――と。
「………え?」
「――ヒソヒソ、なぁ、あのお嬢様、何者だ?
「――ヒソヒソ、知らないほうがいい、剣術大会の常連を――」
「――ヒソヒソ、そして、その下僕………ごほん、恋人も、格闘大会で――」
周囲からは、退屈にお怒りのお嬢様が、財宝を粉砕した。そのように見えているらしい、そして、そのような暴挙も、あのお方なら納得と思われるほど、知られているらしい。
大変、不本意などと、ベーゼルお嬢様は気にしない。静かにしゃがみこむと、哀れな
宝石がニセモノであることは、すでに何人かが気付いていたようだ。しかし、金銀と言う財宝のデザインが本物であると、困惑していたのだ。
ゲーム用のコインではない。
本物の財宝で、いったい何をさせるのだと。うわさとして知っている、非合法の賭博が、まずは思い浮かんでいることだろう。
裏の世界へと引き入れようというのか、こんな目があるところで、何を考えている。それが、常識と言うものだが――
「まぁ、たいへんだわ~、金貨に銀貨が、コナゴナよぉ~」
大変、わざとらしい、棒読みであった。
ベーゼルお嬢様のセリフは、演劇大会では、間違いなく失格の評価を受けるだろう。もちろん、わざとである。
みんな、コイツは怪しいぜと、教えているのだ。
もはや、さもしいパーティーの雰囲気は、消え去っていた。
三流演劇も真っ青の、わざとらしくニセガネの金貨に銀貨と言う財宝を粉砕したお嬢様の、一人舞台だ。
お相手は、やはり三流役者か、答えるべき言葉もなく、キートン商会の主様は、うろたえるのか。
予想外に、ざわめきは大きくなる。
気の弱そうな中年の主は、見た目よりも年老いて見える。しかし今は、自信たっぷりに、笑顔であった。
よく、分かりました――と、ニセガネの金貨に銀貨を見破ったお嬢様を、ほめているのだ。ニセガネの
なぜだ。
ここで答えを知っている人物は、キートン商会の主が、一人だけであった。
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