第52話 ガーネックさんと、手紙の束


 私は、お金を持っています。


 言葉で自慢される必要もなく、この部屋を目にすれば、押し付けられる印象だ。金銀財宝が詰まった小箱のふたを開け放ち、机の上に置き放つ。

 その机も、補強のための金属が、なんとも贅沢だ。


 相手に、見せ付けるための金を惜しむことのない、ガーネックさんのお部屋だった。このお部屋の総額だけで、ちょっとしたお屋敷を購入することが出来そうだ。


 人徳だけは買えないだろう、ガーネックさんは、手紙を見つめた。


「キートン商会………あぁ、あのゴミ倉庫の主か、それが、どうした?」


 つまらなそうに見つめつつ、思い出したようだ。


 手紙の束の中の、一通である。

 押印されている紋章だけで、読む価値の有無を把握するほど、多くの手紙をもらうガーネックさんである。思い出すまで時間がかかったのは、それだけ、下に見ている相手だからだ。


 その手紙を見ていたのは、執事さんが、読むようにうながしたためだ。


「はっ、パーティーだと。ほうっておけ、表の事業には、オレは口を出さん


 つまらなそうに、手紙を放り出す。


「裏賭博で、そこそこ金が入った。しかも、盗品でオークションもするようになるのだと、気が大きくなったのだろう。失敗して、また、オレに金の催促をして、終わりに決まっている」


 ガーネックさんは、気にする様子もない。むしろ、そんな価値もない話を、なぜ、わざわざ報告したのだと、面倒くさそうだ。

 キートン商会の主が、自分に逆らえるわけが、ないのだと。


「お忘れですか。脅迫したタイミングで、パーティーを決めた気配があるのです。何か、企んでいるのかと………」


 脅迫が、逆効果だったのかもしれない。キートン商会がパーティーを開いた理由を、調べるべきではないのか。


 それが、執事さんの言おうとしていることだ。


 ちょっと、様子を見るべきではないのかと。

 だが、解説してやることはない、不親切な執事さんだ。

 かといって、積極的に、つぶれてくれと活動しているわけでもない。一応は、小太りな金持ちガーネックさんの、執事である。最悪な事態にならないようにと、確認をしていた。


「盗品は、今のまま倉庫に眠らせていて、よろしいのですね」

「あ?それはそうだろう。忌々しい、カーネナイの若造が失敗したせいだ」


 正しくは、カーネナイを追い詰め、屋敷を手に入れる計画だった。倉庫として、会場として、キートン商会とは比べられない広さなのだ。

 カーネナイ事件として発覚した今は、もはや手が出せない。


 ガーネックさんは、お怒りだ。


「今頃は、あの屋敷に金持ちを迎え入れ、オークションパーティーを開催できたものw、まったく、疫病神やくびょうがみめが」


 表の顔として、カーネナイの一族は、あのお屋敷の主である。だが、オークション会場として、表に出せない方々の宿泊場所として提供するのは、だれだろう。

 事が露見すれば、悪事は全て、カーネナイがかぶる。


 ガーネックは、しっかりと安全を確保しつつ、この都市の裏業界に君臨していくのだ。そして、ゆくゆくは………

 そんな未来絵図が、つぶされたのだ。


「王都の裏の世界を、お前も知っているな。神殿騎士団と言うバケモノの目が光ってなお、あの力だ」


 ガーネックさんは、かつて訪れた王都の華やかさを思い出していた。

 この方都市の中でも、それなりの繁栄は謳歌おうかしている。自然が豊かで、ワニなど危険な生き物のいる湿地は遠い。

 水は豊かに農耕地帯が広がり、運河などは、人の手によって生み出されたとは思えない広大さを誇っている。


 おかげで、交易都市がいくつも発展した。


 すでに当主が牢屋の中のカーネナイも、その交易の最盛期に力を伸ばし、名家と呼ばれるまでになったのだ。

 今は落ち着き、栄枯盛衰も、緩やかな時代である。のし上がる方法といえば、弱っている方々から、力を奪うことくらいだ。


 どうせ、衰退の運命は変わらない。ならば、最後に残された力を利用してやろうではないかと、考えたのだ。

 今の時代だからこそ、のし上がることが出来る。 善良な金融屋さんでは、終わらない。さらに上にのし上がるのだと、確信していた。


「オレは、こんな地方都市で満足する男ではないぞ。オークションを大々的に開くことさえできれば、裏社会の勢力図は、変わる。目玉は、ドラゴンの神殿の、宝だ」


 ガーネックさんは、金細工の施された、豪華すぎるワイングラスを掲げる。

 山ほどの宝石があると、言いたいらしい。


 そして、オークションで、さらに金を集めるのだ。魔法の宝石があれば、どれほどの価値になるのだろうかと、未来に酔いしれていた。


 ドラゴンの宝石の価値は、未知数なのだ。


「大きくマイナスに、違いないでしょうな——」


 執事さんは、小さくため息をついた。


 価値を知る人物、執事さんの感想である。

 死に神です――そのように自己紹介をされても納得の執事さんは、すでにあきらめムードだ。


 あまりにも危険であると。

 

 手を出せば即、人生終了の始まりだ。

 非難されるという程度では、すまない。下手をして、ドラゴンの怒りを買った場合の災いの大きさを考えると、たいへんだ。


 関係者が、巻き添えだ。


 ガーネックも、この王国の生まれならば知っているはずだが、忘れているのだ。

 いいや、だからこそ――かもしれない。誰も手をつけていない、誰も手にしていないという言葉に、かれるのだ。


 表には、決して並べてはならない財宝を持つ者同志の自慢話には、役立つ。


 そのレベルの悪党の集団で、暗躍するつもりらしいが………

 執事さんは、丁寧を装った、投げやりな言葉を吐いた。


「では、キートン商会の件は、ご報告しましたから」

「あぁ、今更、なにが出来るわけもない」


 ガーネックさんは、執事さんの態度に気付かない。わずらわしそうに、つぎの手紙に、手を伸ばす。

 すでにガーネックの意識からは、キートン商会と言う、小さな出来事は消えていた。


 落ち目の、ウラ賭博会場を提供するだけの小物の商家など、話題にする価値もないのだ。

 執事さんは、無言でお辞儀をしてから、部屋を跡にした。


「………潮時しおどき………いや、喜劇を楽しんでからでも、悪くないか」


 扉を閉めると、執事さんはポケットに手を入れて、天井を見上げる。


 見えているのは、見知らぬ未来と言う、自分の未来図である。

 素性を気にしないガーネックの執事として仕えてきたが、お別れの日は、近そうだ。自信過剰がたたり、手を出してはならないものに、手を出したのだ。


 では、いつ、お別れをするか。


 執事さんは、え事をしながら、カーペットが贅沢な廊下を、スタスタと、静かに進んだ。

 足音など、全く聞こえない、暗殺者のような歩みであった。


 むしろ、死に神だった


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