第50話 おもちゃ箱の、宝箱

 ねずみは、小さく鳴いた。


「ちゅう」

 

 静かにな――


 ねずみの横には、好奇心が旺盛おうせいな野次馬という、宝石が浮かんでいた。仲良く壁の隙間から、部屋を見つめていた。



「はぁ、これから、あとは――」


 中年の男は、机の上にグラスを置くと、ため息をついた。

 すでに、空になっている。もちろん、水差しを用意したのも、グラスを用意したのも、この男だ。


 運動不足と言う中年の男は、服装も、寂しい。休むために人を呼ぶほど、裕福ではない。落ち目のおもちゃ屋さん、キートン商会の主様だ。

 やっと、休める。そんな気分で、水差しとグラスをテーブルにおいて、休んでいた。


 気も緩み、口も緩む。


「逃げられると、思うな――か。ガーネックめ、待っていろ」


 改めて、グラスに水を注ぎながら、悔しさを口にする。

 ここには、誰もいない。誰も聞いていないのだと、心の中にめ込んだものを、吐き出しているのだ。


 ねずみは、しっかりと聞いていた。


「ちゅぅううっ~」


 そういう事か——

 

 ねずみは、重要な場面だと、緊張していた。

 キートン商会というおもちゃ屋さんは、ガーネックの裏の仕事を担わされているようだ。

 独り言によって、明らかになった。キートン商会の敷地は、夜の時間になると、ウラ賭博の会場になるのだと。

 

 おもちゃのコインを使った賭博ゲームを、悪用したのだ。調べられても、出てくるのはおもちゃのコインの金銀財宝なのだ。

 商売は許可制であり、賭け事には上限が設けられ、ルールを守って楽しく遊ぶものである。そのルールを外れた、スリルを楽しむ場所が、キートン商会の、ウラの顔だった。


 それだけではない、キートン商会の主の言葉には、続きがあった。


 盗品の、オークション会場に成り下がったと。

 地下に、隠されていると。

 従業員でさえ、立ち入りが出来ない、地下への入り口と、今の言葉。『逃げられると、思うな――』とは、ガーネックからの、脅迫きょうはくだ。


 ねずみは、目を細めた。


「ちゅう………ちゅうう、ちゅううう」


 そうか………やはり、ガーネックが――


 ねずみは、名探偵を気取って、腕を組んで考える。赤い宝石も、空中でゆらゆらと、部屋の中を歩き回るように、くるくると回る。

 ねずみの後ろを、ふわふわと。

 壁の内側と言う空間は、ちょっとした箱を隠す程度の幅しかない。ただし、ねずみにとっては、十分な部屋のサイズである。


 うろうろと、考えながら、歩き回れる広さである。

 宝箱の前に、到着する。

 本物の宝石が混じった、ニセガネの金銀のコインが山積みの宝箱だ。


 赤い宝石だけは、本物だった。

 しかも、ただの宝石ではない、魔法の宝石である。どこから盗み出したのか、空中に浮かび、赤々と光り輝いて、ねずみの周りを回っている。


「ちゅぅ」


 静かに――


 ねずみは、宝石に告げた。

 椅子いすが、がたりと倒れる音がした。おもちゃ屋の動く気配に、ねずみはすばやく反応し、宝石箱の背後に隠れた。

 赤い宝石も、明りをひそめる。


 しばらくすると、ズズズ――という音が、大きく室内………壁の内側に響く。絵画に隠された、壁裏と言う隠し場所が、光に照らされる。

 見つかるのではないか、ねずみが、いつで見逃げ出せるように身構えていると、ねずみが隠れている宝箱の隣に、新たな宝箱が押し込まれた。

 壁の中を、わざわざ確認するわけもない、ズリズリと、ただ、押し込んだようだ。


「来週のパーティーまで、ここにいてくれよ………そして――」


 ――招待客を、驚かせてやってくれ

 

 主の祈るようなつぶやきを最後に、壁の内側は、再び静寂に包まれる。

 裏賭博うらとばくにニセガネに、誰かが気付いてくれるはずだと。それは、今の犯罪暮らしが、終わりを迎えるようにとの、キートン商会の主の願いだ。


 カーネナイの若き当主、フレッドと同じく、追い詰められていた。だが、最後の一線を守ろうと、戦っているのだ。


 ねずみは、鳴いた。


「ちゅうううう、ちゅううっ」


 お前の気持ちは、分かった―—

 

 小さなこぶしを握り締め、決意に振るわせていた。


 宝石の輝きも、怒りを表すかのように、強く、血のように強い赤に変わっていた。


 そして、その夜――


「ちゅぅ~………ちゅぅ~………」


 そおぉ~っと………そおぉ~っと………


 ねずみは、おもちゃ商会の主がいなくなった部屋の中を、忍び足で歩く。

 その必要がないほど、小さなねずみである。手のひらサイズであり、むしろ、そそくさと、ちょろちょろと、部屋を横切ったほうが、安全だ。


 これは、気分だ。


 背後からついてくる宝石も、ドキドキと、小さな点滅で、大いに目立っている。

 ねずみよりむしろ、ぴかぴか光る宝石様が、よく目立つ。

 この宝石も、盗品に違いない。宝石箱は、地下室から持ち込まれた。おそらくは、盗品が山積みとなっているのだろう。


 おもちゃが並ぶ棚に紛れ込ませていたため、間違えたのだ。おもちゃ屋の主が、本物の宝石と、ニセモノを見分ける力があるだろうか。

 しかも、薄暗い倉庫の作業だ。


「ちゅぅ~っ………ちゅうっ!」


 ねずみは、掛け声をかけた。

 扉よ、開け――と。


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