第47話 ねずみと、商家の壁裏
頑丈な宝箱に、金銀財宝が詰め込まれている。そんな、物語に出てくるような光景が、目の前にあった。
まさか、本当に目にするとは、思わなかった。
「………ちゅぅ?」
近づくと分かる。頑丈な木製の箱は、ねずみの身長の、数倍の高さがあった。しかも、金属で補強されている。それは、ばかげ豪華さのための装飾ではなく、頑丈さを目的としたものだ。
この木箱は、それなりに古いものだろう、補強のための金属が、少しさび付いている。
ねずみにとっては、ちょうど一戸建て住居と言うサイズである。その箱に近づいて、気付いた。
なんだ、これはと。
箱を隠すときに、わずかにこぼれたらしい、財宝の一枚を手にする。
「ちゅ………」
ねずみが慣れ親しんだ手触りの、銀の狼である。平均的な労働者の日収である、銀貨に違いないと手にとって………
カリカリカリカリカリ………
物思いにふけるように、苛立ちをぶつけるように、遠慮なく、狼の顔に噛み付いた。本物の銀貨ではありえない、噛みなれた、噛み応えが返ってくる。
これは、ニセガネだった。
まさかと、ねずみは見上げる。
ガリカリとかじったことで、少しストレスが発散され、気分が落ち着いた。空中に、豆粒ほどの光が漂う先には、金貨もある。
この黄金の輝きまで、まさかと思い、見つめた。
「ちゅぅ~………」
ねずみは、改めて力を込めると、今度は金貨が空中を泳いできた。
クマ金貨だ。
狼銀貨で、二十枚の価値がある高額コインだ。
日常的に財布にあるのは、狼銀貨と犬銅貨であり、最小単位は、ねずみ銅貨なのだ。
金貨を財布に入れるのは、お金持ちの証だ。何らかのほうびとして、金貨を一枚か二枚ほど手に入れても、すぐに銀貨に両替されるためだ。
ねずみの手が、震えた。
ニセガネの銀貨でも、本物の銀が使われている。薄く延ばされて、貼り付けているのだ。そのため、単純な銀としての価値は、ねずみ銅貨一枚あたりだ。
回収して、改めて加工する手間賃のほうがかさむほどだ。
ねずみが、毎日カリカリと、歯のお手入れに使うことが出来るのは、そのためだ。かみ石を購入するなら、有効活用だ。
流通させることも出来ず、死蔵するしかないのだから。
目の前にあるのは、金貨だった。
「ちゅ~………ちゅ~………」
ねずみの手が、震える。
おちつけ、落ち着くのだ――と、荒い呼吸で、目の前の金貨を見つめる。クマの顔が彫刻されている、この王国の金貨様である。
本物の金の輝きなど、ねずみは知らない。生前の、ネズリー少年の様子から、まさか、手に出来たはずもない。
しかし、ねずみの直感がささやくのだ。
ニセガネだと。
しかし………しかし、しかし……
「ちゅぅ~、ちゅぅ~………」
金貨は、銀貨の二十倍の価値である。例えニセガネであっても、手が震える。
それを、噛み砕いていいのか。 いや、一枚なりとも噛み跡を残さなければ、人間達に気付いてもらえないのだ
ネズミは、覚悟を決めた。
「ちゅぅううっ」
いくぜっ――
大きく口を開けて、勢いのままに、かじりついた。
カリカリカリカリ………
やはり、噛み砕くことが出来た。心臓に悪い、ねずみの鼓動は、なかなか治まってくれない。ニセガネと確信しつつも、金貨と言うのは、それほど緊張するのだ。
そういえば、銀貨がニセガネと気付くまでも、同じ気持ちだった。
口を離してみると、クマの耳が少し削れている。その姿を見るだけで、心臓が口から飛び出そうだ。
なんてことを、してしまったのだと。
たが、中身はおかげで、はっきりと認識することが出来る。この素材は、ニセガネの銀貨に用いられたものと、同じだ。
ねずみの歯が、証明している。かみなれた歯ごたえであると。
徐々に、ねずみは落ち着きを取り戻すと、木箱を見上げた。
「ちゅぅ………」
宝箱という中身でありながら、違和感が強い。これが、パーティーの余興として、見世物として用意されたものなら、少しは納得だ。
ニセガネが出回っているので、注意するようにと言う、見本品なのか。
しかし、本物の財宝のように、壁の裏に隠す意味など、あるのだろうか。あるいは、ニセガネと気付くことなく、せっせと集めていたというのか。
それはない、ニセガネの金貨が出回っている話など、聞いたことも………
「ちゅぅ?」
ねずみは、気付いた。
気付かなければ、気付くわけがない。ねずみがニセガネの銀貨の存在を明らかにしたために、カーネナイ事件と呼ばれる、一連の犯罪が公になったのだ。
小さなきっかけ一つで、大きく動いたものだ。
そうなのだ、ねずみは、気付くべきだった。
ニセガネの銀貨があれば、金貨もまた、ニセガネが作られる可能性を。
カーネナイのお屋敷には銀貨しかなかったが、同様に、どこかが金貨を広めているのではないかと。
まさか、ここが発生源か。
あるいは、ねずみがご厄介になっているお屋敷のように、すりかえられたのか。
どちらなのだ、それを判断する材料を、ねずみは持ち合わせていない。
いっそ、このニセガネの金貨だけでも、お屋敷の主の下へと届けるべきだろうか。
「ちゅぅ~………」
名探偵の、出番だ。
ねずみが、天井裏で聞き耳を立てるなど、誰が気付くことが出来る。パーティー開催の目的に、ねずみがお世話になっているお屋敷の主さまは、疑問を抱いていたではないか。
人となりを探るためにも、商家の主の姿を見つければ、追いかけよう。
本日は、クラッカーの破片で、腹ごなしするしかなさそうだ。ねずみは、本日の夕食を用意しているだろう、お屋敷の人に、心でわびた。
その前に………
「ちゅぅうう………」
ねずみは、赤く輝く宝石を一つ、呼び寄せた。
妙に気にかかっていた、ルビーと言う名前か、それとも加工したガラス球か、それとも樹脂で作ったまがい物か………
手に取った。
とたんに、輝いた。
まさか、魔法に反応して輝くとは、思いもよらなかった。
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