第33話 魔法使いたちと、森の獣


 さわやかな風が、青々と育った草木をなでていく。

 太陽はさんさんと降りしきる、初夏の風が吹く草原に、四人の若者がたたずんでいた。


 都市と言っても、周囲の全てが開拓されているわけではない。野生の獣さんが押し寄せない程度に、適度に手が入っているだけだ。ちょっと足を伸ばせば、誰もいない自然へと、心と体を解放させることが出来るのだ。


 体力さえ、残っていれば。


「せ………せめて、休憩を………ごほっ――」

「ホーネック………あんた、いっつも本ばっか読んでるからだよ。飛べば楽なのに」

「いやぁ………空を飛べるのって、フレーデルだけだろ」

「というか、フレーデルくらいよ。飛ぶほうが楽なのって」


 ぼろの荷物袋を背負った約一名は、今にも倒れそうだ。

 息も絶え絶えの、本の虫のホーネックは地面に手を付いて、もはや限界だ。むしろ、よく付いてきたと褒め称えるべきだ。


 しかしながら、バカにするフレーデルちゃんの言葉は、やや常識の外にある。レーゲルお姉さんの語るように、並みの魔法使いでは、ふわふわと空中に浮かぶほうが、疲れるのだ。


 常に、その重量を、重量挙げをしているような負担がかかるのだ。

 フレーデルちゃんは、自分が特別と言われても、理解はしていない様子であった。スカートでは、あまりしないほうがいいだろう、ふわふわと、赤毛が可愛らしく揺らめいている。


 ただ、気遣う気持ちは持ち合わせていた。


「ねぇ、ねぇ、本当にネズリーを一人っきりにしていて、良かったの?」

「私達が発見する前も、結界で身を守ってたわけだし、泥棒もあんな部屋から盗もうって気分にはならないでしょ」

「だな、行くなら銀行だ」

「ごほっ………それもどうかと………」


 行きも絶え絶えながら、背中から荷物袋を下ろし、一冊の本を取り出すホーネック。今回の事件の発端とも言うべき、装飾の施された、古い魔法の本である。


 そして、彼らがここに、森にいる理由でもある。レーゲルお姉さんは、ホーネックから受け取ると、早速準備に取り掛かった。


 魔法実験によって眠り続けているネズリーは、なぜ目覚めないのか。なにが起こったのか。その原因を究明するには、同じ実験を行い、どのような作用が起こったのかを知る必要があるのだ。


 それは、寝こけているネズリーを見守るよりも大事なことだ。

 決して、退屈すぎて、何か面白いことをしてみようと思ったからではない。自分なら、どのような動物になれるか、試してみたくなったと言うわけではない。


 多分、一応。


 なお、わざわざ森を実験場所に選んだのは、選択肢を増やすためである。

 魔方陣に獲物を呼び寄せ、その中に閉じ込めた獣に心を移す魔法なのだ。なら、たくさん動物がいる森で行うべきなのだ。


 どうせなら、立派な獣がいいのだ。

 町では、せいぜいが野良犬に、野良猫に、ねずみである。

 あるいは、空を飛ぶ鳥なのか。


 それもよいが、まかり間違って、カサコソと足元をうごめく『G』と一体化すれば、それは考えたくもない未来図であった。

 それはもう、忘れられない思い出になるだろう。とっさにスリッパを片手に“ヤツ”をこの世から消し去ろうとしても、同族意識が顔を出し、見逃すことになりかねない。


 なんとも、可愛らしいヤツめと。

 我が、同胞よ――と。


「それじゃぁ、私から………森の狼よ、来たれ――」


 すでに、魔方陣は展開されていた。

 さすがは、リーダーのレーゲルお姉さんである。かっこよく本を片手に、魔法の波動が周囲に風を巻き起こす。

 森全体が揺らめく錯覚を覚えるほど、その力は高まっている。気分は、大魔法使いだ。

 

 ぶち壊すのは、元気いっぱいなフレーデルちゃんだ。


「待って、待って、私やる。私が狼さんっ」


 私が一番だと、末っ子のワガママが発動する。いつものことらしく、レーゲルお姉さんは気を取り直して、たしなめる。

 任意の獣を呼び出す術で、ちょっとこっちへ来いという程度のもの。違ったケモを呼び寄せるだけなら、まだよいのだが………


「あんたは、魔力があっても、細かなことがぜんぜんダメじゃないの。あんたが暴走したら、誰も止められないんだから、おとなしくお姉ちゃんの言うこと聞きなさい」


 言われて、おとなしく従うものだろうか。レーゲルさんの腰に抱きついたまま、フレーデルちゃんは魔力を解放していた。レーゲルさんよりはるかに強い力が、レーゲルさんの使おうとしていた魔法に影響を与える。


 やってしまった。


 レーゲルお姉さんは、片手を額に当てて、うなだれている。

 うなだれたままのホーネック君は、顔を上がる元気もないようだ。大汗を描いていたオットルお兄さんも、座り込む。もはや、どうにでもしてくれと言う、心境である。


 遠吠えが、聞こえた。


 ワォオオオオオンッ

 グマァアアアアッ

 ギャッ、ギャツ、ギャッ

 キキキキキキッキーッ――


「あ、狼さんだ~」

「クマさんも、やってくるみたいだよ、フレーデル」

「あとはなんだろ、数が多くって、分かんねぇな」

「ごほ………ごほっ………――っ」


 森が、ざわめいていた。


 比ゆではなく、木々がざわめき、鳥たちが飛び立っていく。

 レーゲルお姉さんは、もはやどうにでもなれという心境で、がっくりと肩を落として立ちつくす。

 レーゲルお姉さんに抱きついたままのフレーデルちゃんは、全く恐れていない。それは余裕の証である。例えドラゴンが現れても、お友達になれるという気分であった。


 ワォオオオオオンっ

 グマァアアアアッ


 まずは、森の勇者の狼さんと、森の王者のクマさんが登場した。


「よっしゃ、ここはオレに任せてもらおう」


 我らが勇者も、立ちはだかった。


 見れば、オットルのお兄さんも魔方陣を展開していた。妹分いもうとぶんのイタズラくらいで、今更おびえるものか。そんな威勢のいい言葉は………炎に巻かれていた。


 待ったといわんばかりの、フレーデルちゃんの炎であった。野生の獣達が、この炎を前にすればどうなるだろう。

 森の王者のクマさんと、勇者の狼さんは、さて――


 くぅ~ん………

 クマぁ~………


 仲良く、フレーデルちゃんの腕の中で、甘えていた。

 勢いよく登場した、森の勇者の狼さんと、森の王者のクマさんは、フレーデルちゃんと、さっそく仲良しだ。

 

 体格の違いは歴然なのだが、動物使いにかかってはこうなってしまう。そんな光景が広がっていた。


 これが、フレーデルちゃんである。


 最強の魔力は、大抵の出来事を力任せに解決出来てしまうのだ。

 野生の世界では――という但し書きが付く。レーゲルお姉さんが今回、強引にフレーデルの暴走を抑えなかった理由でもある。


 野生を前にしたフレーデルは、誰にも止められないという経験も、もちろん手伝っていた。


 レーゲルお姉さんは、遠くを見ていた。


「フレーデル………あんたはこのまま、森にお帰り。こいつらと暮らすことが、あんたには一番の幸せなんだよ」


 森で拾った獣を、森に返すようなセリフであった。

 ちょっとお怒りが含まれていることは、さすがのフレーデルちゃんにも分かったことだろう。

 狼さんとクマさんとともに、レーゲルお姉さんの足元にしがみついて、泣き声をあげていた。


「わぁ~ん、ごめんなさい~、もうしないからぁ~」


 悪ガキのセリフである。


 その場では反省するかも知れないが、きっとまた、もっとすごいことをしでかしそうな、悪ガキのセリフである。


 ついでに、森の王者クマさんと、森の勇者狼さんもご一緒に、レーゲルお姉さんの足元にすがり付いて、可愛らしく鳴いていた。

 悪ガキ仲間が、許してやってくれよと、仲間と共に泣いている光景だった。


 この光景を見て、平然としていられる者がいるだろうか。あまりにも、常識と言う枠が馬鹿らしくなる光景を。

 もちろん、いる。


「この中で最強は、やっぱりレーゲルか」

「ふ………男は、無力………先人の言葉は真実ですか」


 覚悟が無駄になったオットルお兄さんは、悟った瞳だ。

 少し息が整ってきたホーネックは、賢者を気取って、目の前の野生の光景を見つめている。

 腕組みをするかっこいいお姉さんと、その太ももに抱きつくやんちゃな妹分の、いつもの光景だ。

 そこに、狼さんと、クマさんが加わっただけである。


 リーダーは、やはりリーダーなのだ。


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