第32話 事件は終わり、ねずみが残った


 カーネナイ事件。


 名家カーネナイの没落に終止符を打った、若き当主フレッド・カーネナイによるニセガネの銀貨の鋳造ちゅうぞう及び拡散、そして資金調達のための強盗事件を総じて、そう呼ぶ。


 名家の没落は、遠くのこととして、時折は聞く話である。

 その終焉しゅうえんを静かに迎えるのか、無様に最後の足掻あがきをして、世間を騒がせるのかは、名前を受け継いだ当主の責任に追うところである。


 世間一般ではそうなっているが、フレッドと言う若者には果たして、選択肢があったのだろうか。

 そして、主の暴走を止める立場の執事は、なぜ、主と運命を共にする道を選んだのか。


 カーネナイ事件解決の功労者、アーレックは疑問を口にした。


「貧しさに負けたって言ってましたけど、本当にそうだったのかもしれません。気の弱そうに見えて、ただ、不器用で、まじめなヤツって感じを受けましたから」


 場所は、都市の警備本部。

 警備兵詰め所の、一番でかい建物だと言う認識で間違いない。数百人の警備兵や、幹部の皆様、地位ある方々がお役目につく場所である。

 アーレックも、騎士の血を受け継ぐ一人として、ここに勤めていた。


 そして、お義父上ちちうえもまた、幹部のお一人として、ここにいた。


「安易な同情は、真相を見る目をくもらせるが………お前が見た印象もまた、真相に近づくための大切な手がかりだ、しっかりと胸にしまっておけ。だが、公平さを忘れるなよ。お前は未熟と言っても、騎士の家系を継ぐ、人々を守る立場なのだからな」


 アーレックが、本当にただのチキンであったなら、フレッドたちは逃げ延びたかもしれなかった。ニセガネ事件も、まだまだ解決には遠いと、ため息をついたかもしれなかった。

 その実行犯と、主犯はすでに、当局が抑えた。アーレックが捕まえたのだ。投降を促し、お連れしたのだ。


 ならば、手柄を誇って問題はない。

 それなのに、アーレックの顔には、喜びや、達成感と言う気持ちが、浮かぶことはなかった。


 ねずみに案内されただけだと、正直に語っている。

 しかも、本当の黒幕は、借金取りに違いない。借金の返済を武器に、犯罪に手を染めるようにそそのかしたのだ。


 どうにか、できないのか。

 その答えは、またもお義父上ちちうえから、もたらされた。


「あの金貸しは、ガーネックと言ったな。善良な金融業者だと腰を低くして名乗って、解放された。没落したカーネナイに金を貸し付けていただけだとな。金を返す当てがないのに貸し付けていたと指摘しても、名家であるために、名前で信用したと………うまく逃げられた」


 仮面の銀行強盗の青年達も、ガーネックから金を借りていたようだ。

 無計画と責めたくはない、小さいとは言っても劇団に所属しており、その興行主は夜逃げしたのだ。夢を捨てればよかったと言えるのは、関わりのない第三者だからだ。


 それ以外の道がなくなった、そこまで追い詰められた果ての行為だ。

 冷静になるためには、余裕が必要なのだが――


「その余裕を持たせないための演出に、ガーネックと言う善良な金融業者は、とても長けていたわけだ。自分の手を決して汚さず………」


 お義父上ちちうえは、確定ではないとしながらも、カーネナイの先代当主の収賄事件についても、語った。

 現当主、フレッドの叔父の収賄事件も、一枚噛んでいるようだと。


「………まさか、あの屋敷を手に入れるために、暗躍した?」


 そのように考えることも出来る。それにしては、遠回りと言うか、時間をかけて追い詰めたものだ。それに、屋敷を手に入れた後、どうするのか。

 巨大な犯罪が、背後にある予感を覚えながら、何も出来ない。


「何年もかけて追い詰める………可能性はあるが、可能性に過ぎない。怪しいというだけでは、何も出来ないし、してもいけないのだ」


 法を守る側としての限界を、悔しげにお義父上ちちうえは語った。悔しさに、年齢は関係ない。今だけは、アーレックと共に、悔しさを語り合う。


 カーネナイ事件の黒幕は、カーネナイの若き当主フレッドであると、公式には記されるだろう。没落した名家の最後は、若き当主の暴走で終わったと。


 本当に、そうだろうか。ふっと湧き出る疑問は、記されないのだから。

 追い詰めた相手は誰か、誘導した相手は誰か、おどらせた金貸しのガーネックは、次の獲物を探すだけではないのか。


 人を守る立場の二人が、後味が悪い事件だと感じる理由だった


「そのあたりは、上に任せておけ。影で動くには、お前は正直すぎる」


 今は、手柄を誇りに思っていればいい。上に立つ一人として、改めてアーレックにねぎらいの言葉をかけると、お義父上ちちうえは部屋を後にした。

 その後姿を、尊敬の眼差しで見送るアーレック。扉が閉められたあとも、しばらくは敬礼をしたまま、立ち尽くしていた。


 指輪をかぶった、ねずみと一緒に………


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る