萬 美霊の幽霊相談所

時雨

枢木 神奈



「怖い話ですか。そうですね」


目の前に座る女性――枢木 神奈と名乗った──はしばらく考え込むと、お得意のアルカイックスマイルを浮かべた。先程から何回もその笑みを繰り返している。癖なのかもしれないし、今回の話に関係しているのかもしれない。


「それにしても、あなたも変わった人ですね。相談を受ける代わりに、怖い話を1つ差し出せだなんて。それに女性ですから、こんな仕事も大変でしょう? 」


そんなことないですよ、と微笑む。私──萬 美霊(よろず みれい)はまぁ、いわゆる霊媒師というものだ。主に除霊を行ったり、霊に関すると思われる相談を受けたりしている。

私は物理的に霊に触れることができる性質だから、除霊の時結構酷い怪我を負ったりすることもある。そういう意味では、大変かもしれない。

けれど、私はこの仕事に誇りを持っている。誇れる何かがあるのは幸せなことだと思うので、あまりそう感じたことは無い。


「怖い話と言えば、今置かれている状況、というか、今日相談しにきたことが1番そうなのですが、それじゃ駄目なんでしょう?」


私は深く頷いた。彼女のように話を聴くだけなら、報酬代わりに怖い話をきかせてもらう。今後の研究材料にするためだ。そうですね、と彼女はまたしばらく考え込むと、はっと顔を上げた。


「私の祖母の話で、本当かどうかも分からないし、正直あまり覚えていないのですが、それでも良いですか?」


私は先程と同じように、また深く頷いた。


「それじゃ、その祖母の話なんですけど……」




私の祖母が、まだ大学生だった時の話です。当時、祖母は数年付き合ってた彼氏に振られてしまいましてね、それはもう酷く落ち込んだそうで。見兼ねた友達が、旅行券をくれたそうです。まぁまぁ有名な温泉地で、そこの宿はご飯――特に野菜が美味しいと話題だったそうで。それで、気分転換のためと、連休を利用して、その宿に行ったんです。

あ、そういえば、実は、祖母は相当霊感が強い人で、日常的に霊が、見ようと思えば見えた人なんです。見ようと思えば、というのは、自分で霊感を調節できるからで、普段は全く見えないようにしていたそうです。異常に疲れるし、あと、言っちゃ悪いが気味が悪いからと。

そうそう、それで、宿に着いた時に祖母が感じたのはただただ気持ち悪いという感情だったそうです。宿自体から禍々しい気配がする。けれど、友達がせっかく気を使って買ってくれたものなんだから、旅行券は使ってしまおうと、祖母は少し躊躇した後、宿に入っていきました。出迎えてくれたのは、とても善良そうな老夫婦でした。

けれどどうもその夫婦から嫌な気配がするので、祖母は美味しいと話題の食事も、体調が悪いからと断ってそうそうに寝たんですっ

て。


それで、ちょうど真夜中、異常に喉が乾いて目を覚ました。水でも飲もうかと思いましたが、全く体が動かない。しばらくしてから、どうやら金縛りにあっているようだと分かりました。辺りに嫌な気配も充満している事だし、きっと幽霊に囲まれているんでしょう。


祖母は自分の持ちうる限りの霊感を使って霊視しました。するとそばには、長い髪に顔を埋もれさせるようにした異様に白い女が突っ立っていたそうです。どうやらその霊の気配が強すぎて、周りの霊はある距離以上近寄れないみたいでした。このまま死ぬかもしれない、と祖母は思ったそうです。でもみすみす死ぬのは嫌だ。そこで祖母はその女の霊から話を聞くことにしました。もしかしたら、助かるかもしれないと。その霊が言うには……




そこで彼女は話を切った。すみません、お茶貰えますか?と尋ねてくる。湯呑みを見ると空になっていた。気づかずすみません、とこちらも頭を下げて、彼女の湯呑みに茶を入れる。ズズ、と音をさせて飲むと、それでは、と例のアルカイックスマイルをした。続きを。




その女の霊は、ぬらぬらと目がぎらついていたそうで、祖母もさすがに怖くなったんですって。あれほど恐ろしい表情を見たことがない、と言ってましたね。そうそう、それで、その霊は、今すぐここから逃げて欲しい、と言ったそうです。


「どうして?」


祖母が尋ねると、霊は一瞬気まずそうな顔をして


「私たちは、過去にここに泊まりに来たものです。そして……」


しくしく泣き出したそうです。祖母は自分がどうなるかと気が気ではなかったので、とにかくその霊に続きを急かしました。


「ごめんなさい。そして、私たちはあの夫婦に殺されたもの達なんです。あいつら、虫も殺したことがありません、みたいな善人づらしてるけど、全然そんなことないんです。殺されたんです。私達」


祖母は、あまりの驚きで、しばらく口も聞けなかったそうです。要するに、あの老夫婦に殺される前に逃げろということか、と理解すると、できるだけ優しく、教えてくれてありがとう、とその霊に話しかけました。

確かにあの夫婦は嫌な気配がしたし、美味しいと話題の料理もそうだった。その霊は泣いて、こちらこそ、話を聞いてくれてありがとうございました、と頭を下げてきました。その途端、金縛りが解けたので、祖母は、どうにか宿から抜け出すと、近くの派出所に飛び込みました。

それで、そこの宿の老夫婦に殺されそうになった、と訴えたそうです。最初は、警官たちも信じてくれませんでしたが、祖母が自分が殺されそうになったのは、その老夫婦が昔殺したもの達の、証拠となる金品をたまたま見つけてしまったからだと、幸い女の霊から、遺品やその他の場所、殺された時の状況などは聞いていたので、嘘をでっちあげたそうです。

あまりにも、殺されたものたちが報われないから。

警官は話を聞くにつれだんだん顔色が変わって来ました。それで、とりあえず状況確認のため、祖母とその宿に向かったそうで。


丁度その宿に着いた時――その老夫婦の殺しの最中だったんですよね。ギリギリ間に合ってその殺されそうになった青年は助かったそうですが。それで、たった2人の老人が複数の警官にかなう訳もなくそのまま現行犯逮捕。老夫婦は、取り調べで全てを話しました。


曰く、夫が会社を失敗して、ある日借金まみれになってしまった。それで、どうにか持ち前の広い土地を活かして、宿を始めた。裏庭には、畑を作り、野菜などを完全に自分たちで育てた。米や肉などはさすがに仕入れたが、できるだけ自分たちで全てを行った。順調だった。徐々に借金も減っていった。そんなとき、宿に泊まりに来た金持ちの男が死んだ。警察に知らせるつもりだった。しかし、目の前の金に目が眩んだ。それで、男の金品奪ったあと、それでは自分たちが殺したと疑われるかもしれないというので、男の死体を処理し、裏庭で育てていた野菜の肥料にした。それから、そうやって金を稼ぐ方法を覚えてしまった。金を持っていそうな人間を殺し、金品を奪った。死体は最初の男と同じように野菜の肥料にした。最初は、抵抗感があったが、徐々に何も思わなくなった。野菜も美味しいとだんだん有名になってきた。捕まらないように、口裏を合わせ、時期を合わせ、どうにかのらりくらり今まで生きてきたんだ――ってことだったらしいんです。




「まぁ、本当かどうか分かんないんですけどね」


アルカイックスマイルを浮かべたまま彼女は言った。何だかありそうでなさそうだなぁと思いつつ、確かに怖い話ですね、と相槌をうつ。


「後で気になってその事件調べてみたんですけど、なんにも情報が出てこないんですよ。かなり大きな事件のはずなのに、そんなわけないじゃないですか。もしかしたら、冗談だったのかもしれませんねぇ。あ、祖母はそれからその殺されそうになった青年と結婚したみたいなんですけど」


確かにそれほどの事件が世間に明るみに出ないのはおかしいだろう。私はもう一度頷くと、今日のご依頼は、ずっと視線を感じるということでしたね。霊視を開始します。と切り出した。彼女は不安そうな顔をして頷いた。


結局彼女に取り付いていた霊は、彼女に懇意の男性の生霊だった。とりあえず除霊し、また何かあったらお越し下さい、といい除霊分の報酬を受け取った。

彼女は最初とは違う少し晴れた笑顔で、ゆっくりと店を出ていった。

あれ、でも……除霊したはずなんだけど……



でも…………彼女…………なんか後ろに髪の長い女性の霊をつけてた気がする。

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萬 美霊の幽霊相談所 時雨 @kunishigure

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