第176話 ホワイトデー
「こーくんはこっちの方がいいよね?」
「コータロー、正直に答えなさい」
「彼女を贔屓するのは反則だからね?」
「先輩達、怖いですよ?」
俺は今、とてつもなく面倒な状況に陥っていた。
というのも、昨日栄達から『せっかくの春休みだからみんなで遊ぼう』という誘いがあり、その日映研のメンバーが集結した。一名、部外者もいるが。
とりあえずウインドウショッピングをすることになって、何だかんだあった結果、何故か俺をコーディネートする対決が始まったのだ。
「いや、全部いいんじゃないですかね」
どれを選んでもどこかから非難の声が飛んでくるに違いない。なので無難な返答で済ますのが得策だろう。
「その中でも、強いてどれかを聞いてるんだよ?」
部外者――宮乃湊がにやにやと笑いながら言う。この状況を一番楽しんでいるのが確実にこいつなのが腹立つ。
「ていうか、なんでお前がいるんだよ? 今日は映研の集まりなんだろ?」
そう聞いているが。
そう思いながら栄達を見ると、無表情を貫いている。ていうか、参加してこいよ。面倒事に首を突っ込んでこいよ。
「ぼくは李依ちゃんの代打だよ」
「そういや李依いないな。どうした?」
「……気づいてなかったんですね」
涼凪ちゃんが肩を落としながら小さな声でツッコんできた。確かに言われてみるといつもより静かだ。
「李依ちゃんは風邪です。大事をとって今日は不参加ということになりました」
「それで、たまたま暇だったぼくが登場したってわけ」
「誰が呼んだんだよ?」
「昨日、白河さんといたんだよ。だから、小樽くんからの誘いの連絡は確認していたわけだね」
「そうなんか」
ほんと仲良いもんだな。半年という短い期間だが白河と宮乃は随分仲良くなった。
他のメンバーとも馴染んでいるし、そこはやはりというか何というか、さすがとしか言いようがない。
「で、話は逸れたけど……どれが一番か選んでもらおうか?」
「……覚えていたか」
結、白河、宮乃、涼凪ちゃんの四人がそれぞれ自分で選んだ服を手にして俺をじっと見る。
感じる迫力的にはもう睨まれていると言っても過言ではない。
「……じゃあ――」
* * *
「あれ、他のみんなは?」
トイレに行って戻ると、涼凪ちゃん以外誰もいなかった。
「何かを見つけて走っていった月島先輩を白河先輩が追ってって、何かを見つけた宮乃先輩が小樽先輩を連れてどこかに行きました」
「なんて勝手な奴らだ」
何がたち悪いって結局詳細が分からないことだな。
「……ちょっとしたら戻ってくるだろうし、俺達もどこかで休憩しよっか」
「あ、はい」
ということで適当に喫茶店に入る。
「一応さっきの勝負の勝者は俺からご飯のご馳走があるって話だったらしいから、ここは俺が出すよ」
そんなこと一言も聞いていなかったし、選んだあとに言われた。ちなみにどうして涼凪ちゃんを選んだのかというと、一番主張が控えめだったからだ。
「いや、悪いですよ。別にご馳走してもらったと話は合わせますし」
「これくらいいいよ。他の奴らなら奢ってやる気にはならんけどな」
あいつらは俺が拒否してもご馳走しろとうるさいだろうからな。
反面、涼凪ちゃんのこうして遠慮してくるところを見るとそれくらい良いかと思えるのだ。
「……それじゃあ、せっかくなので」
苦笑いをする涼凪ちゃんはメニュー表を眺める。やはり喫茶店の娘というだけあって、その辺は真剣に見るようだ。
涼凪ちゃんはコーヒー、俺はカフェラテ、あとは適当にクッキーとスコーンを頼む。
涼凪ちゃんは運ばれてきたクッキーとスコーンを険しい顔をしながら食べていた。
不味いわけではなく、いわゆる研究の意図があるのだろう。
「あ、そうだ」
今日。
俺には一つ、ミッションがある。いいタイミングなので今のうちに渡そうとカバンを漁る。
涼凪ちゃんは不思議そうにこちらを見ていた。
「これ、バレンタインにチョコ貰ったから。一応、お返し的な」
デパートのホワイトデーコーナーに売っていたものを買っただけなので捻りも何もないお返しだ。
「あ、ありがとうございます!」
こんなものでも嬉しそうに受け取ってくれる涼凪ちゃん。本当にいい子なんだと改めて思う。
「貰えると思ってなかったので、嬉しいです」
「あんまりこういうことしたことなくてさ。そこら辺のコーナーで売ってたやつ買っただけだから不味くはないと思うよ」
「貰えることが嬉しいんです。私も父以外に渡したの初めてなので」
涼凪ちゃんを含め、白河と結にホワイトデーのお返しをする。それが今日やらなければならないことだ。
あ、あと宮乃か。
* * *
全員が再集結したのはそれから一時間後のことだった。連絡を取り合い、ゲームセンターの前で落ち合うこととなる。
「そういや、近々李依と会う予定ある?」
「ありますよ。風邪が治ればの話ですけど。まあ、長引いたら長引いたでお見舞いに行こうとは思ってますけど」
二人も仲良くなったなー。最初二人を見たときはタイプが違いすぎて絶対に合わないだろうと思っていたのに。
「じゃあ、これ渡しといてもらっていい?」
俺はカバンから涼凪ちゃんと同じラッピングがされたお菓子を手渡す。
「あ、お返しですか」
「今日渡そうと思ったのに、あいつ来ないから」
「……私が渡したら、何て言うかだいたい想像つきますけど。わかりました」
きっと『お見舞いの一つくらい来てもいいんじゃないですかね? ホワイトデーのお返しに仲介人がいるとかどういうことですか離婚間際の夫婦ですか!』とか言うんだろうなあ。
集合場所に到着すると、そこにいたのは結と白河だった。
「栄達と宮乃は?」
「あそこだよ」
姿が見当たらないので尋ねると、結がゲームセンターの中を指差す。見てみると、ゾンビゲームに白熱していた。
待つってことができないのかね。犬でもできるのに。
「あ、そうそう涼凪ちゃん。あっちに涼凪ちゃんの好きなキャラクターのクレーンゲームあったよ」
「え、ほんとですか? ちょっと見てきます」
「わたしも行くよ! こう見えてクレーンゲームはわりと得意だからね!」
走る涼凪ちゃんを追って結も行ってしまう。取り残されたのは俺と白河の二人だ。
「……俺達も行くか?」
「そうね。こんなところにいてもしかたないし」
つんとした白河の態度は、まるで少し前の頃の彼女に戻ったようだ。全てが夢だったとでもいうように。あるいはそう思い込むように。
とはいえ。
こうして二人で歩いて話せるようになれたのは俺としては嬉しいことだ。
「これ」
ちょうど二人になれたので、このタイミングでとりあえずホワイトデーのお返しを渡す。
「なにこれ」
「……なんでピンとこないんだよ。ホワイトデーだよ」
「……ああ」
本当にピンときてなかったらしく、白河はそういえばそんなイベントもあったなとでも言うように呟いた。
「貰えるものは有り難く貰っておくわ」
「市販のやつだから、多分不味くはない」
「そうなの」
恐らく、バレンタインにチョコレートを渡すという経験自体があまりなかったのだろう。
普通のお返しなのに物珍しげに眺めている。
そんな白河が、ふと俺の方を見る。
「結にはもっと豪華なお返しがあるんでしょうね。コータローは可愛い彼女に、いったいいくらかけたのかしら?」
と、冗談めかして言ってきた。
「一緒だよ。全員同じのを買ったからな」
だから、俺はそう答えた。
確かに結は彼女で、特別扱いをするのは決しておかしいことではない。白河がそう思うのも普通のことだ。
「……ほんとに?」
ぎょっとした顔をする。白河にしては珍しい表情だ。
「ああ」
けれど、俺はそうしなかった。
何というか、少なくとも今年だけは全員同じのを買おうと思ったのだ。言葉にできるような理由はない。
本当に、何となく、そうしようと思っただけなんだ。
「結に怒られるわよ。彼女なんだから、特別扱いしなさいって」
くすり、と笑いながら白河がそんなことを言ってくるので俺は間髪入れずにこう返した。
「んなこと、思ってもないくせに」
結だって納得するはずだ。確かな理由はなくても、きっと気持ちは分かってくれる。
「……まあね」
白河はおかしそうに笑った。そして、ふと視線に入ったクレーンゲームの賞品を見て止まる。
「これ、欲しいわ。取ってよ、コータロー」
よくわからないが、何かのキャラの小さなぬいぐるみだ。ミニサイズのクレーンゲームなので、大きな台に比べると取れる確率は高そうだ。
どうせすることもないし、暇潰し程度に付き合ってやるか。
「言っとくけど、俺はこれ得意じゃないからな?」
* * *
ゲームセンターを楽しんだあと、次の場所へ移動していたときのこと。
「これ。お返し」
宮乃にお返しを渡す。
するといつものように、くくっと含んだ笑みをこぼした。
「どうも。チロルチョコレートがこんな立派なお返しになるなんて、とんだわらしべ長者だね」
声には出ていなかったが、喜んでくれていることは表情を見て察した。
「僕にはないのかい?」
「お前には貰ってないからな。まあ、貰っててもあげないけどな」
* * *
そんなことがあった一日も終わり、晩飯を食って解散となった。最寄りの駅で涼凪ちゃんと別れた俺と結は帰路につく。
「これ」
「あ、お返し? ありがとー」
ラッピングを見て、すぐにホワイトデーのことだと察した結は受け取って笑う。
「まさか、こーくんからお返しがもらえるとはね。今まで一度だってくれたことなかったのに」
「……そうだっけ?」
「そうだよ。毎年ちゃんとあげてたのに」
子供の頃の話だが、言われてみると確かに貰っていたような気がする。そうか、お返ししたことなかったのか。
「今年は全員に同じものをあげることにしたんだ」
「全員っていうと、明日香ちゃんとか涼凪ちゃん?」
結の言葉に俺は頷く。一応、ちゃんと言っておくべきだと思って言ったけど、理由を求められると困るな。
本当に何となくだから。
結は少しだけ難しい顔をして考えたあと、俺の方にいつもの笑顔を向けた。
「うん。それがいいと思う。この一年はいろんなことがあったし、今のわたし達があるのはみんながいたからだもんね。そこに、差はないよ」
「……ああ」
そのとき、視界にひらりと何かが映る。それはそのまま地面に落ちていく。
桜の花びらだ。
「桜、か」
地面に落ちた花びらを見ながら、俺は小さく呟いた。そして、ふと思い出す。
「どうしたの、こーくん?」
数歩先まで歩いていた結が、こちらを振り返って訊いてくる。
「ああ、ちょっとな」
短く言ったあと、俺は顔を上げて、こちらを不思議そうに見ていた結の方を向く。
「近いうち、暇な日あるか?」
「こーくんと会えるならいつでも暇だよ?」
こてんと首を傾げながら、結はそんなことを言う。めちゃくちゃ当たり前みたいに言う。
いつでもいいということらしい。
だったら、できるだけ早い方がいいよな。
「それじゃあさ――」
あの日の約束を思い出した。
だから俺は、結をデートに誘った。
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