第171話 チョコレート・フォー・ユー 延長戦
「やあ」
放課後。
白河からチョコレートを貰った俺はその後、少しの間ぼーっとしていた。
何というか、胸につっかえていたものが取れたような気がして、それを噛み締めていたのだ。
すると、タイミングを見計らったように教室に入ってきた宮乃が軽快な挨拶をかましてくる。
「遅かったな」
「白河さんに言ってくれよ」
俺が悪態をつくと、宮乃は楽しそうにそう返してきた。
「そもそも言うと、別にここに来るつもりはなかったんだから」
「……俺は待ちぼうけじゃん」
全てはこいつのプランだった。
白河がチョコレートを用意していることを察して、そのタイミングを用意したということだろう。
「じゃあなんで来たんだ?」
「一緒に帰る人がいなくなったからだよ。白河さんと帰ろうと思ってたんだけどね」
さっき教室を出ていったところだけど、何か用事でもできたのか。
知らんが。
「俺は結が待ってるらしいんだけど?」
「そうなの? でも、多分断りの連絡が入ると思うよ」
「なんで」
「だって」
宮乃が言おうとしたちょうどそのタイミングで、俺のスマホが震えた。宮乃がにやにやしているので見てみると、結からのメッセージだった。
内容は『明日香ちゃんと帰ることになった』とのこと。
「余り物同士、たまには寄り道でもどうだい?」
「……悪くない提案だな」
結果的に言えば、宮乃のおかげで白河との関係が少しだけ良い方向に進んだと言える。
すぐにとはいかないだろうけど、これから少しずつ、時間をかけて新しい関係を築いていけるだろう。
その第一歩がこのチョコレートであり、結と二人で帰宅するということなのだ。
ずっと避けられてて凹んでたのは俺だけではなく、結もだった。だから、さぞかし嬉しかったことだろう。
「ラーメンでもどう? やっぱり男の子とじゃないとそういうとこ行くことなくてさ」
「そういうことなら、美味いラーメン屋を知ってるぞ。紹介してやろう」
今ならラーメンくらいなら奢ってやってもいいかもしれない。
そう思えるくらいには、こいつのお節介に感謝しているのだ。もちろん、絶対に口にはしないけど。
* * *
そんなことがあった翌日のこと。
俺は結に呼び出され、例によって駅前に来ていた。
会うだけなら別に家に行くのに。それか来てくれればいいのに、わざわざ寒い中こんなとこまで来る必要はあるのか。
答えはないに決まっている。
なんで駅前なのかと問えば、結はきっと「待ち合わせといえば駅前だと相場が決まってるんだよ?」とお馴染みの納得できない答えが返ってくるに違いない。
なので、わざわざ聞こうとも思わなくなった。
集合時間は昼の一二時。
結の要件はともかく、ここまで来たので適当に飯を食って帰ろうというスケジュールである。
集合時間の一〇分前であることをスマホで確認する。柱に背中を預けながら、結が来るまで適当にスマホをいじっていた。
すると、目の前から結がやって来る。
逃げも隠れもしない堂々とした登場を果たした結は、俺の両目に向かって手を伸ばす。
俺の視界を奪い、一言。
「だーれだ」
なんなんだこれは。
「結だろ」
「正解。こーくんの彼女であるわたしでした」
言いながら結は手を離し、俺は視界を取り戻した。目の前にいる彼女は相変わらずのにこにこスマイルでご機嫌な様子。
ニット帽にマフラー。
コートにロングスカートと少し大人っぽいコーディネートな気がする。
二月も半ばだが、まだ寒い。ここがピークだと信じ、耐えるとしよう。
「歩いてきてるの見てたんだよ。何度も言うけど、だーれだというのは後ろからこっそり近づいてするものなの」
「何度も言うけど、こーくんが背中を向けてくれないからわたしのだーれだが成功しないんだよ。いつになったらわたしは正式なだーれだができるのかな?」
「……俺が悪いのかよ」
嘘だろ。
ぷんぷんと分かりやすく頬を膨らませながら拗ねたように言う結は、本題に入ろうと仕切り直す。
「こーくん、お昼はまだだよね?」
「まだだよ。よく分かったな」
「電話したときに寝起きのテンションだったから」
結からの電話は今から約一時間前にあった。予定のない休日は思う存分寝るタイプなので、俺はその電話で起きたのだ。
「それじゃ、ランチデートしよ」
「今日呼び出した理由はそれ?」
「んーん、渡したいものがあるの」
「月曜じゃダメだったのか?」
「うん。何なら本来は今日でもダメだよ」
言いながら、結は出発する。俺は首を傾げながらその後をついて行く。
そして思い出す。
そういえば昨日、結は結局バレンタインデーアクションを起こしていない。
一緒に帰る話をしてたけど、あのまま白河と帰ったもんな。そのときはテンション上がって忘れてたけど、それをふと思い出したって感じかな。
多分そうだな。
「昼はどこで食べるんだ?」
「どこでもいいんだけど。こーくんは何か食べたいものある?」
「どこでもいいと言う割には足が迷わずどこかに向かっているように見えるんだけど」
「たまたまじゃないかな?」
あはは、と笑いながらそれでも足は止まらない。この感じから察するに、結の中には既に候補があるのだろう。
そうならそうと言えばいいのに、ここで何故か主張してこないのが不思議なところだ。
「俺は何でもいいよ。好きなところに連れてってくれ」
「うんっ。それじゃあ美味しいと噂のお店にご招待するよ」
何でもいいと言ったが、そういえば昨日こってりラーメンを食べたことを思い出す。
「ラーメン以外な」
「大丈夫だよ、イタリアンだから。でも珍しいね。こーくんはラーメン大好きなのに」
「昨日食ったんだよ。さすがに二日連続は気が乗らない」
そして辿り着いたのは言っていた通り、イタリアンのお店だ。看板やポップを見るにピザが店のイチオシメニューっぽい。
中に入るとスムーズに案内される。昼飯時なのに待ち時間がないとは、これは如何なものか。
隠れた名店ってやつか? そうであると信じよう。
席に座り、適当に注文を済ます。
「それじゃあ忘れないうちにこれ、渡しておくね。昨日冷蔵庫に入れておいたから溶けてはいないと思うんだけど」
言いながら、結はリボンとハートがついた可愛いラッピングのチョコレートを渡してくる。
「……」
「どうしたの?」
俺が不思議そうに眺めていたのか、結はきょとんとした顔で首を傾げる。
「いや、気合い入れてた割には普通なのが来たなと思って。別に悪い意味じゃないぞ?」
「味には拘ってるよ。あと、ラッピングもね」
確かにラッピングは凝ってるな。市販のものと言われても信じる。チロルチョコレートをそのままポケットから出して渡してきた宮乃は見習ってほしいものだ。
「なんか、体にリボン巻いてチョコレートつけてハッピーバレンタインとか言ってきてもおかしくないと思ってたから」
それに比べればどれもこれも普通に思えるが。
「こーくんはわたしを何だと思っているのかな!?」
「言葉のまんまだよ」
やりかねないじゃん。
これまでならともかく、恋人同士になった結は以前より歯止めが効かなくなってるし。
「それはさすがに止められたの。佳乃ちゃんに」
提案してんじゃん。
それは倉瀬がナイス判断だよ。
「バレンタインデーは味で勝負するべきだって」
「まあ、正しいかはともかく間違いではないな」
「ということで、味で勝負することにしたの。わたしを楽しむのはまた今度ということで」
「……ああ、そういうことにしとく」
誕生日とかにやってきそうだけど、まだまだ先なのでとりあえずは安心だ。
ちなみに、そのチョコレートは家に帰ってからじっくり味わったのだが、めちゃくちゃ美味かった。
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