第133話 【Xmas編①】クリスマスイブ
一二月二四日。
今日はクリスマスイヴだ。カップルや子供がうきうきしながら過ごすクリスマスの前夜祭的な一日。
クリスマスよりも盛り上がる可能性すら感じるそんな日だが、実は我々学生にとってはもう一つ重要なイベントがある。
他でもない、終業式だ。
二学期の期末テストを終え、残りの消化授業を乗り越え、待ちに待った冬休みの開幕宣言である。
そりゃもう、このイベントに関してはカップルであろうとなかろうと誰もがウハウハ間違いなし。
「私、今日は多分帰ってこないわ」
クリスマスシーズン故か、相変わらず朝帰りの母さんが、朝食を摂る俺に言ってきた。
今日は、ていうか最近ずっと朝帰りじゃんとはあえて言わなかった。
「そーなんだ」
「だから、彼女連れ込むならチャンスだと思いなさいよ?」
「……連れ込まねえよ」
彼女なんかいないし。
そりゃ彼女がいれば分かんないよ? クリスマスなんだし、カップルであればそういうことも期待しちゃうイベントだし。
「でも結ちゃんとデートなんでしょ?」
母さんの言葉に俺は飲んでいたカフェオレを吹き出しそうになる。
「……なんで知ってんだよ?」
もう聞くまでもないけど。
「結ちゃんに聞いたに決まってるでしょ。分かりきったこと聞くんじゃないよ」
さいですか。
あいつ、あのテンションならクラスの奴らとかにも平気で言いふらしている可能性すらある。
ひっそりこっそりやらしてくれよ、ほんとマジで。
「出掛けはするけど、別に彼女とかじゃないから」
「彼女かどうかなんて関係ないわよ。好きな人とデートしてれば盛り上がればそういうことにも発展するわ」
「母親からそういう話聞きたくねえ」
ぴしゃりと会話をシャットダウンする。これ以上なにか言われると余計に意識してしまう。
カップルであれば、俺だって考えなくもない。タイミングとかよく分からんけど、クリスマスというのはそういうのにうってつけだろうし。
でも、俺と結は恋人じゃない。
そういうことはない。絶対に、多分、恐らく、きっと……。
「行ってきます」
ささっと飯を済まして俺は家を出る。リビングから「いってらー」という母さんの声がした。
居心地悪くて家を出たが、結が迎えに来るのがいつものパターンなんだよな。外で待ってるのもなんだし、たまにはこっちから迎えに行くか。
「あれ、こーくん?」
結の家に向かっていると、あちらからやって来た結と鉢合わせる。俺がここにいることに随分と驚いている様子だ。
「どうしたの? もしかしてわたしと会うのが待ち遠しかった?」
「……そうそう。そんな感じ」
母さんに余計なこと吹き込まれて変なこと意識してしまわないように家を出た、とも言えないしいい言い訳も思いつかなかったので結に合わせる。
「そかそか。クリスマスデートもあるというのに、今日のこーくんは舞い上がってますなあ」
「お前に言われたくねえよ。ていうか、お前今日のこと母さんに言ったろ?」
「え? うん、言ったよ。この前お買い物のときに会ったから」
「余計なこと言うなよな、それで今日は朝から面倒だったんだから」
「あはは、ごめんね」
「他の人には言ってねえだろうな?」
「……」
俺の責めるような視線を受けて、結は口を噤む。口角を引きつらせて俺から視線を逸らす。
何も言ってこないが、明らかにやらかしている。
「誰に言った?」
「ち、ちがうよ? 誤解しないでね、別に言いふらしてはいないから! 仲のいい友達にちょろっと言っただけだから!」
「誰だ?」
「明日香ちゃん」
白河か。
まああいつなら誰かに言いふらしたりはしないだろう。せいぜい宮乃に漏れる程度だろうが、宮乃は宮乃で守るべき一線はちゃんと弁えてる。問題はない。
「と、佳乃ちゃん」
「言いふらしたも同然だろ!」
倉瀬に言えば間違いなくクラスの女子には知れ渡る。そこから男子にと情報が流れていくのは明らかだ。
なんか最近女子からは温かい目を向けられ、男子からは冷たい視線を向けられていたような気がしていたが、気のせいじゃなかったのか。
「あ、はは」
「笑って誤魔化すな」
まあ。
特に何かあったわけじゃないから別にいいけど。さすがにそんなんで嫌がらせをしてくる奴らじゃないか。
そんな話をしながら学校に向かう。
これから始まる冬休みというか、クリスマスというイベントを前にそわそわしている人が多数だ。
クラスの連中でもクリスマスパーティを行う奴らもいるだろう。その中には今日を勝負の日とする人達もいる。
そりゃ、そわそわもするわな。
あれ。
そう考えると、俺はどうなんだろうか?
俺も、何かしらの答えを出すべきなのか? これまでずっと結の気持ちをないがしろにしてきた。
それでも、諦めることなくずっと好意を向けてくれた結に、俺はちゃんと答えを出さなくていいのか?
俺の気持ち、か。
分かんねえな。
好きであることは間違いない。でも、じゃあ付き合うかと楽観的に答えを出せるかと言われるとそうではない。
ということは、何かが引っかかっているのだ。結の側に問題はない。多分、それは俺の中のなにかか、あるいはそうではない別の何かだ。
でも。
はっきりとした答えは出せないまでも、それでも何かしらのアクションは起こすべき、だよな……?
そんなことをぐるぐる考えていると、気づけば長い校長の話も終わっていて残すところは終わりのホームルームのみとなる。
先生のお約束の「ハメを外しすぎるな」的な注意喚起を聞き流しながらホームルームを終える。
すっかり忘れていたが終業式といえば通知表がある。渡された通知表の内容は可もなく不可もなし。前回に比べるとマシになっていたので、少なくとも怒られることはないだろう。
まあ、そもそも怒られたことはないんだが。
ともあれ。
こうして無事二学期を終え、ようやく冬休みに突入した。
「それじゃあ、荷物置いたら駅前に集合ね」
帰宅する中、結がうきうき顔でそんなことを言う。
「別に迎えに行けばよくないか? わざわざ駅前集合にしなくても」
何でわざわざそんな面倒な形を取るのか。そうすればどちらかが寒い思いをすることもないだろうに。
そう思いながら言うと、結はちっちっちっと指を振りながら舌を鳴らす。
「わかってないなあ、こーくんは。デートと言えば待ちあわせ。待ちあわせといえば駅前と相場が決まってるんだよ?」
「初めて聞いたわ、そんな相場」
「とにかく、駅前集合だから! あ、それと制服で来てね。着替えちゃダメだよ?」
「……はあ」
制服で来ること。
それが今回のデートにおける結からの絶対条件だった。プランは結が練るらしく、俺はただ彼女の言うことに従うのみなのでこれに関しても文句は言えない。
にしても、着替えた方が暖かい格好ができるというのに、それでも制服でいるメリットは何だと言うのだ。
男である俺には想像もつかないような理由があるのかもしれない。中に着込めば問題もないし、洒落た服を用意する必要もないので俺としては楽なのだが。
ということで一度結と別れて俺は家に戻る。着替える必要がないとなるといよいよ家ですることは特にない。
麦茶で喉を潤し、財布の中身を確認する。少し心許ないこともない。そう思っているとテーブルの上に封筒と置き手紙があった。
『今日は精一杯楽しんでくること!』
と書かれてある。
封筒の中には諭吉さんが入っていた。母さんめ、粋なことをしてくれる。クリスマスだし、なんか買っておいてやるか。
懐も温かくなったところで、少し早いが家を出る。いつも待たせてしまうというのもあるが、この寒空の下で結を待たせるのは忍びない。
俺がこう思うことと視野に入れての集合場所なのだとしたら、結の奴はよほどの策士だ。恐るべしである。
駅前に到着したのは集合時間の一五分前。結の姿はなかったので、どうやら彼女を待たせるという展開にはならなかったようだ。
一二月も下旬だし、妥当な寒さといえばそうなのだが、いつにも増して寒い気がする。
警戒して中に着込んでおいてよかった。マフラーと手袋もあってそこまでの寒さは感じない。せいぜい露出してる顔くらいだ。
とはいえ、このままじっとしていれば体も冷える。俺は自販機でホットカフェラテを購入し、顔に当ててからプルタブを開ける。
「ああ、あったけえ」
ホットで、ホッと一息。
そんなことを言えばただでさえ寒いというのに凍えてしまうとか言われるので心の中で思うだけにしておこう。
体も温まったところで、遠くから結が歩いてくる姿が見えた。時間はまだ五分前だが、やはり早めに到着するようにはしていたか。
危ねえ危ねえ。
俺が既に待っているという展開は予想していなかったのか、俺の姿を発見した結は慌てて駆け寄ってくる。
「はっ、はっ……待った?」
「いや、俺も今来たとこだよ。余裕持って出といてよかったよ」
「……なんで?」
息を整えながら、結が可愛らしく首を傾げる。
「いや、寒い中待たすのもなんだろ」
そんな純粋な顔で聞かれると答えるのもなんだか恥ずかしい。俺は顔を背けながら言ったあと、結のレスポンスがなかったので、ちらと横目で確認する。
「こーくん……」
めちゃくちゃ感動してる顔してる。
そんなに喜ぶことなのかな? それともあれか、普段の行いが悪すぎて普通のことしても喜ばれるという例の現象か。
「もうそれはいいだろ。それで、今日はどこに行くんだ? わざわざ制服指定までして」
「行ってからのお楽しみだよ」
「……なんだそりゃ」
もちろん結も制服だ。
制服の上から薄い桃色のダッフルコートとマフラー、下もタイツとしっかり防寒対策はしてきている。
しかし、どうやら手は無防備らしい。結は結で、俺の手袋装着状態の手を見てハッとする。
「……使うか?」
「え?」
「なんか、見てると寒くなるし。俺は別にそこまで寒くないし。何ならつけてきたこと後悔してるまであるし」
「で、でもそれはさすがに、こーくんも寒いんじゃ」
さすがに気を遣っているのか、結が申し訳無さそうに言ってくるので俺は手袋を外して差し出す。
「……つけないならカバンの中にでも入れといてくれ」
結は小さめのリュックを背負っているが、俺は実は手ぶらだ。スマホと財布さえあればいいと思ったから。
荷物が増えることは想定してなかった。これは一つの失敗である。
「じゃあ、ありがたく借りるね。手が寒くなったらいつでも言ってね」
「ああ」
そうは言ったが、寒くなってきたから返してくれとは言えないだろう。なんか、かっこ悪いし。何なら今も全然寒いしなあ。
俺は冷える手をポケットの中に突っ込む。右手に習って左手もポケットに入れようとしたその時だ。
結の手が俺の左手を掴む。
「な、ん、なに?」
突然掴まれたことに驚く。そんなことなどお構いなしに結は指までも絡めてくる。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。
「こうすれば、ちょっとは暖かいかなって。どうせ繋ぐなら手袋ない方がよかったね」
「……あってくれて助かったよ」
何の躊躇いもなく繋いでくるんだな。ちょっとどきどきしてしまう。
これが素手ならこんなもんじゃ済まなかっただろうし、助かったぜ手袋。
「ていうか、なんで手なんか繋ぐんだよ。別に俺は寒くないし」
嘘だけど恥ずかしいので言わない。ていうか、手を繋ぐのも恥ずかしいし、慣れないから歩きづらい。
「いいじゃん。デートなんだし」
そんなことを、結ははにかみながら言う。そんな顔をされると、離せなんて言えやしない。
結局、離すこともなく、ぎこちなく歩きながら俺達は電車に乗り込んだ。
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