第108話 【文化祭編⑨】文化祭の夜
校内に一日目終了のアナウンスが流れ、一般の人達が帰り徐々に校舎の中は静かになっていく。
屋台や看板はそのままに人がいないというのは不思議な感じがする。
人の流れが出口に向かっている中、俺達は教室に向かう。帰るためにはカバンを取りに行かなければならないからだ。
しかし。
一日を満喫した結果すっかり忘れていたが、今日はまだ帰れないのだった。
このあと、明日の演劇本番に向けた最後の準備があることをすっかり忘れていた。
「あー、かったるい」
「まあまあ。こういうのも文化祭の醍醐味でしょ」
教室についた俺ががっくりと肩を落とすと、隣の結がにぱーと笑いながらフォローを入れてくる。
結の言うようにこの状況を楽しんでいる奴らがほとんどで、楽しそうに今日の日中の話題で盛り上がりながら作業を進めている。
よくそんなすぐに切り替えれるな。テンションのギャップがありすぎて気持ちがついてこない。
「わたし達もお手伝いしよっか」
「……そうだな」
とにかく早く終わらせよう。さすがに徹夜で泊まり込みなんてことにはならないだろうけど、疲れているし明日もあるから早く帰りたい。
そもそもあとどれくらいかかるのかさえ聞かされていないので、気持ち的には果てしない。ただひたすら目の前の作業を終わらせるしかない。
ということで頑張ること二時間。
時刻は夜の七時を過ぎた。
ぎゅるるるるるる。
「あ」
隣で作業をしていた結がお腹を鳴らす。
顔を赤くしてお腹を抑えた結は俺の方を向く。その表情が「きこえた?」と尋ねてきていたので、俺はしっかりと頷いた。
「うう、恥ずかしい」
「晩飯時だし鳴ってもおかしくないだろ」
「こーくんは鳴ってないよ?」
「俺は結構最後の方まで食べてたからな。空腹ってわけではない」
逆に変な時間にお腹が空いて困るやつだが。
「こんなことなら何か買っておけばよかったよ」
「学食、はさすがに閉まってるもんな。まだ長引くようならコンビニに買い出しにでも行けば?」
「んー、聞いてくる」
てててと早歩きでどこかに行ってしまった結を見送りながら、俺もぐっと伸びをする。
この果てしない作業、一体いつまで続くのだろうか。
「もうちょっとかかるみたい」
そんなことを考えていると、結が戻ってきた。これで俺のさらなる残業も確定してしまった。
「みんなで買い出しに行くみたいだけど、こーくんも行く?」
「いや、面倒だからいい」
俺が断ると、結はしょぼくれた顔をする。そんな顔してもついて行きませんよ? みんないるんだから、寂しくないでしょ。
「じゃあ、わたし行くね」
「おー、行ってらっしゃい」
教室内を見渡すと、およそ三分の一の生徒が買い出しに出た。残った生徒も一度休憩しようと作業の手を止めて各々好きに過ごす。
「……ちょっと散歩するか」
ずっと教室で座っていたので体も痛いし、いい気分転換になるだろう。そう思い、俺は一人教室を後にした。
とはいえ、特に行き先があるわけでもないので適当に歩くだけ。二年だけ見ても帰ってるクラスはいくつかある。恐らく今日が本番だったところだろう。
逆に言えば、明日本番のクラスは居残りをしているということになる。なんで全員期限を守れてないんですかね。
いや、正確に言うなら期限は明日だけど、もうちょっとあるじゃん、余裕を持った期限とかさ。
「サボり?」
廊下で立ち止まり、ぼーっと中庭を眺めていると声をかけられた。俺はムッとしてそちらを向く。
「失礼な。気分転換だ」
「ふーん」
「そういうお前こそサボりじゃないのか?」
「残念。気分転換よ」
ぱちりとウインクを決めながら、白河明日香はにこりと笑う。制服のスカートと上はクラスTシャツ、見慣れない格好は二度目でももちろん見慣れない。
「こんなとこまでか?」
ここは俺の教室はもちろん白河の教室からも少し離れている。適当に歩いていたから気づかなかったがここは一年生の教室前だ。
一年生は教室を利用した催し物なので今日残って準備することがない。なのでどのクラスもさっさと帰っている。教室は真っ暗だ。
「一人になりたかったのよ。教室にいるといろいろうるさくて」
「そうなの?」
文化祭のテンションに夜のテンションが掛け合わされているので容易に想像はできるが、それは仕方ないのではないだろうか。
「ええ。明日の自由時間一緒に回りませんか、とか今日は何してたのとか」
「ああー、そういう」
人気者故の悩みの方だったか。
大変だよな、引く手あまたってのも。しかも白河がそれをよく思ってないからなおのことだ。
「そういうことなら、俺はどっか行くわ」
「え?」
窓にもたれかかっていたが、よっこらしょと力を入れて立ち上がる。すると白河は何故か驚いた顔をする。
「え、なに?」
なので、俺もそんなリアクションをしてしまう。
「なんでどっか行こうとするのよ?」
「いやだって、一人になりたいんだろ?」
さっき自分で言ったじゃん。
別に俺は場所にこだわりはしないので、人がいないこの場所を譲ろうと思ったんだけど。
「こ、コータローはいいのよ!」
「なんでだよ?」
俺が聞き返すと白河は「うへ?」みたいな顔をする。
珍しく慌てふためいている。
指をくるくると回しながらうーあーと唸っている姿は実にレアだ。SSRどころかURだ。
「コータローの前なら別に気を張ることもないし、問題ないっていうか。騒がしいところから逃げたかっただけというか」
もにょもにょと口にしてはいるがどうにもハッキリしない。次第に諦めたのか「とにかく!」とめちゃくちゃ大きな声を出す。
「コータローはいいのよ!」
「……いいなら、別にいいけどさ。わざわざ移動するのも面倒だし」
そんな感じで少しの間、白河と一緒にいた。軽く話して、ぼーっとして、適当に時間を潰すとはこういうことを言うのだろう。
まさしく、作業の気分転換というに相応しい時間だった。
「そろそろ戻るわ」
「私もそうするわ。作業を再開しないと帰れそうにないしね」
ということで教室に戻ることにした。途中までは一緒なのでとりあえず歩き始める。
「白河のクラスは何するんだっけ?」
「なんで前日になっても知らないのよ。興味なさすぎでしょ」
「まあまあ」
「ロミオとジュリエット」
「……ちなみに白河は?」
「分かってるなら聞かないでよ」
ということはジュリエットなんだ。
それは白河のうんざりした表情が物語っていた。
やはり一組も白河明日香という最強の力を使うという考えには至ったようだ。
白河もよく了承したなと思ったが、実行委員と同じでいい顔しちゃったんだろうな。
「ちなみにロミオは?」
白河の相手をするとなるといろいろ問題があるぞ。まず相当のイケメンじゃないと絵面的に厳しいし、それ以前に他の男子が許さない。
うちのクラスのように白河が指名すればともかく、ロミオ役のハードルは高い。
「宮乃さんよ」
「へえ」
まあ、あいつボーイッシュだからな。髪も短いし顔も美形で男役もできるだろう。
頭の中で白河と宮乃を並べると中々に様になっていた。
「白河が指名したの?」
「クラスの女子が盛り上がったのよ」
「大変だな。劇も、ミスコンも」
「こうなった以上は諦めるわ」
やれやれ、と肩をすくめながら白河は言う。
そんなところで教室についたのでここで白河とはお別れだ。
中に入ると買い出し班も戻ってきていた。お腹を満たした奴から作業を再開している。
「あ、こーくん。どこ行ってたの?」
「ちょっと散歩」
「せっかく甘いの買ってきてあげたのに」
言いながら、駆け寄ってきた結が俺に何かを渡してくる。なんだろうかと思い見てみると、それはエクレアだった。
疲れたときには甘いものだよな。
「さんきゅー」
「準備もラストスパートだって。それ食べてがんばろ」
「ああ」
俺はもらったエクレアを頬張って、作業を再開した。一時間ほどして準備は全て終わったので、残すところはあとは本番のみ。
ようやく帰れると思ったが、最後に軽く通しておこうかというくだらない提案に夜のテンションのみんなが同意し、俺の帰宅はさらに遅くなることになった。
「なんか楽しいね」
隣にいる結はうきうき顔で言う。
「……そうだな」
しんどくて、疲れるし、面倒だ。けれど、このクラスでこんなことができるのはこれが最初で最後だろう。
ならば、今は精一杯この状況を楽しんだ方がいいよな。
昔から言われていることだ。
踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損ってな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます