第107話 【文化祭編⑧】アクセサリー


「それじゃ、私クラスの子と約束あるから」


 ということらしく、白河と別れた俺は再び一人となった。

 うまく暇潰しに利用されてしまったが、それはこちらとしても言えることなので何も言えまい。


 文化祭の開催は夕方五時までだ。

 時計を見ると既に四時を回っているので一日目も残すところあと僅かということになる。


 白河と屋台を回り、そこそこテンションが上がり食べまわったのでお腹は空いていない。

 ステージのタイムテーブルを見てもそこまで興味のそそられるものはやっていない。


 クラスの出し物でしている飲食系のお店はまもなくラストオーダーとなるので、行くには至らない。


 適当にクラス展示でも眺めて時間潰すか。


 そう思い歩き始めた時のこと。


「こーくん?」


 後ろから名前を呼ばれる。

 俺のことをその名前で呼ぶのは結だけなのでもう確認するまでもないが、俺は振り返り彼女の顔を見る。


「あ、やっぱりこーくんだ」


 ぱあっと顔を明るくさせて駆け寄ってくる。


「偶然会えるなんて運命だね」


 どっちだよ。


「一人か?」


「うん。友達とはぐれちゃって」


「連絡入れればいいだろ。何のためのスマホだよ」


「一応入れたんだけど、お楽しみなのか返信ないんだよね。こーくんは何してたの?」


「別に何も。あとちょっとで一日目終わりだし、適当に時間潰そうかと思ってた」


「そっかそっか。それはちょうどよかった。わたしも一人だし、ここはデートの続きといきましょうか?」


 うへへ、と満面の笑みを浮かべながら結が提案してくる。こちらとしても断る理由はない。


「そうだな。一人でいるよりはマシだな」


「もうちょっと喜んでもいいでしょ?」


「喜んでるよ。でもそれを表に出すと結が調子に乗るから隠してるの」


「わー、こーくんってばツンデレ」


 そういうことで、文化祭一日目の最後は結と過ごすことになった。


「何か行きたいとこある?」


 どうせないだろうな、と思いつつも一応聞いてみたが、言われて結はパンフレットを取り出す。


「ここ!」


 あったらしい。

 結が指差す場所を確認すると部室棟の方だった。そこにはアクセサリー研の部室があるようだ。


「なにこれ」


「アクセサリー研だよ」


「いや、それは見たら分かるよ。なんか欲しいアクセサリーでもあんの?」


 よく分からんけど多分作ったアクセサリーを売っているのではないだろうか。

 体育会系が体育祭で活躍するように、文化祭というのはある種文化系部活動の晴れ舞台である。


 これまでの活動を発表するまたとない機会。


「ううん、そうじゃなくてね。アクセサリー研は手作りアクセサリーっていうのもやってるんだって」


「へー」


 確かに文化祭受けしそうだな。小さな子供とかが来れば喜んでもらえそう。


「特に行きたいとこないし、じゃあそこ行くか」


「うんっ」


 まさか俺の文化祭一日目がアクセサリー研で締めくくられるとは予想していなかったな。


 ハンドメイドということはある程度時間が必要ということなのでゆっくりもしてられないだろう。

 そういうわけで俺達は部室棟に到着した。


 時間が時間なので部室の中は落ち着いているようだった。数人のお客さんがハンドメイドを楽しんでいる。


「あの、まだできますか?」


 入るや否や結が部室の中の人に尋ねる。


「大丈夫ですよ」


 にこやかに対応してくれている。

 終盤のお客さんなんて鬱陶しいだけなのにな。いや、売上にはなるからありがたいのか。


「こーくん、大丈夫だって」


 俺と結は部員の方に案内され、机に座らされる。学校の机を二つ並べて二人用の席を作っている。


「今日はなにを作ります?」


 結はちらと俺の方を見てくるが意見を求められても困る。そもそも何が作れるのかも知らないのだから。


「これどうぞ」


 そんな俺の思考を読み取ったのか部員の方がメニュー表のようなものを渡してくれる。


 キーホルダーや缶バッジ、置物などいろんな種類があるようだ。


「ストラップがいいな。おそろいの作ろうよ」


「まあ、いいけど」


 俺達の話を聞き終えた部員さんはにこりと笑って一度引っ込んでいく。


 部室には部員の人らが日々作っているアクセサリーが飾られている。値段が書いてあるので一応売り物らしい。


 素人目で見てもよくできていると思う。買っても使わないから買うことはないが。


「この中から選んでください」


「ハートがいいね」


「よくねえよ」


 俺が即答すると結は「えっ」みたいな顔をこちらに向ける。なんでその案通ると思ったんだよ。


「おそろいの作るんだろ?」


「うん」


「じゃあハートは嫌だよ。多分っていうか、絶対つけないぞ」


「ええー」


「ハートは却下。男でもつけやすい形にしてくれ」


 俺が言うと結は唸りながらメニューを睨む。そんなに悩むことかね? そう思いながら俺も見てみる。


「これどうよ。カブトムシ」


「却下だよ」


「なんでだよ、男はみんな好きだぞカブトムシ。虫嫌いな人でさえカブトムシは許せるって人多いんだから」


「わたし女の子だよ!?」


「じゃあ結はハート。俺はカブトムシ。これでいこう」


「おそろいじゃないじゃん!」


 スムーズに決まるかと思ったが、そうは問屋がおろさないらしい。


「でしたら、こういうのはどうでしょう。二つ合わせると一つの丸になる三日月のアクセサリーです」


「いい! それすっごくいい!」


 反応はや。

 いや、確かに悪くない。これならカバンにつけろと言われてもつけれる。


「じゃあそれで」


 ようやく決まったということで部員さんは用意を取りに行ってしまう。


「結は昼間は何してたんだ?」


 少し間が空いたので適当に雑談をすることにした。


「んー、屋台でご飯食べたり、ステージ観たり、あ、お化け屋敷入ったよ」


 あのお化け屋敷か。


「どうだった?」


「めちゃくちゃ怖かった。こーくん怖いのだめだっけ?」


「いや、そんなことないよ。俺もそこ行ったし」


「え、一人で?」


「いやそれは一人じゃねえよ」


「小樽くん? それとも宮乃さんかな?」


「白河だよ」


「明日香ちゃん?」


 白河の名前を出したとき、結の空気が一瞬変わった気がした。あくまで気がしただけで、次の瞬間にはいつもの雰囲気に戻っていたが。


 え、二人ケンカしてたりした?


「明日香ちゃんと回ってたの?」


「ああ、まあ、な。白河がナンパされてたから助けたら成り行きで。俺も予定なかったし、白河も約束までの暇潰しだって」


 ふうん、と結は何とも言えない返事を漏らす。何を考えているのかは分からないが、何かを考えているというのは見て分かる。


 触らぬ神に祟りなし。

 ここは至急話題の変更を行わねば。


 そんなことを考えていると準備を終えた部員さんが戻ってきた。


「こちら、置いておきますので何かあったら呼んでください」


 部員さんはそれだけ言い残し去っていく。手順書が置かれているのでそれを見て進めろということか。

 見たところそこまで難しくもなさそうだし、大丈夫そうだ。


「いけるか?」


「問題なし」


 自信満々に答える結だが、少し心配でもある。細かい作業とかあんまり好きじゃなかった気がするんだけど、どうなんだろ。


 でも料理も克服してるし、この辺も問題なくやってのけてしまうのかも。


「ああ、だめだ!」


「はやッ」


 開始数分で音を上げた。


「頑張れよ。苦手克服したんじゃないのか?」


「……できることとできないことがあるんだよぅ。手先を使うのはちょっと」


 指は細く綺麗で、別に爪も装飾されているわけでもない。でも苦手らしい。


「助けてよ、こーくん」


「こういうのは自分で作らないと意味ないだろ?」


「うう」


 二人分作るのはさすがに面倒だ。

 俺だって細かい作業が好きなわけではない。むしろ嫌いだ。しかし、だというのに不思議と苦手ではないのだが。


「おそろいのストラップつけるためだ。頑張れ!」


 唸りながら必死にアクセサリーと向き合う。苦手だろうと向き合う姿勢は見習わなければならない。


 仕方ない。

 少しくらいは手助けしてやるか。


「ちょっと貸してみ」


「……うん」


 そんな感じでコツコツと作業を進めた結果、なんとか時間内に完成させることはできた。


 本当にぎりぎりだったけど。

 ぎりぎりすぎて、他のお客さんは全員帰り、俺達だけとなり、することのなくなった部員の方らの視線を浴びながらの作業は中々に苦痛だった。


 プレッシャーとかではなく、がんばれという目だったんだろうけど、あの空気は耐えられん。


 無事終わって本当によかった。


「こーくんはどこにつけるの?」


「……カバンかな」


 元々ストラップとかつけるタイプじゃないので何につけても違和感が残る気がする。


 校内には一日目の終わりを告げるアナウンスが流れている。夕日が差し込む廊下は不思議と感傷的な気持ちになる。

 

 もう一日目も終わりだ。


「それじゃ、教室に戻ろっか」


「そうだな」


 一日が楽しくて、時間が経つのがあっという間で、このとき俺は大事なことを忘れていた。


 教室に戻ったとき、俺はそれを思い出したのだ。

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