第101話 【文化祭編②】占い研


 文化祭一日目。

 開会式を終え、一般の人も入り、大幕高校文化祭はいよいよ本格的に始まった。


 制服の人はうちの生徒、私服の人は一般の人。そう思いながら見ても一般の人の数は中々に多い。そんなに注目することあるかね。


 なんてことを考えながら、俺は昇降口の近くで人を待っていた。待ち合わせの時間を僅かに過ぎた頃、てててと慌ててこちらに駆け寄る姿が視界に入る。


「ごめん、待った?」


 普段はあまり見ないポニーテールを揺らしながらやって来たのは月島結。

 走って来たので息を切らしている。ぜえぜえと肩で息をしている結は頬を伝う汗を手の甲で拭う。


「そんな急がなくてもよかったんだぞ? 俺だっていつも遅刻してるんだし、たまに仕返しされても文句は言わん」


 いつもならば制服を着ているのが当たり前だが、今は文化祭真っ只中である。

 なので、結の服装はクラスTシャツに制服のスカートという中々に見ない組み合わせとなっていた。

 

「早くこーくんに会いたかったの」


 えへへ、と笑いながらそんなことを言うものだから、俺もどうリアクションしていいか分からず「お、おうふ」とよく分からない返事をしてしまった。


「それじゃ、行くか」


 照れ隠しのためにさっさと出発する提案をした。結は「はーい」と言って歩き始めた俺の隣につく。


 適当に歩いているが目的地はあるのだろうか、と隣の結の方をちらと見てみるが明らかに無計画そうだ。


 ピクニックに向かう子供のように鼻歌混じりにるんるん歩いている。


「どっか行きたいとこあんのか?」


「ん? んー、どんなのがやってるのかな?」


 そりゃそうか。

 文化祭開始すぐに全ての催しを理解している奴がいるとすれば、そいつはよほどの文化祭通だ。


 ということで、俺はポケットに入れていたパンフレットを渡す。


「よくこんなの持ってたね?」


「校門のとこで配ってたぞ」


 そうなんだー、と適当な返事をしながら結がパンフレットに視線を落としたので俺達は一度立ち止まる。


 適当に歩いていても無駄足になるだけだからな。

 まあ、適当に歩いているだけでも楽しいと錯覚してしまうのがお祭りの不思議なところか。


「ここ! ここに行きたいな!」


 何を見つけたのか、やけに熱心に伝えてくる結。どれどれと結が指をさしているところを見てみた。

 占い研がやっている『占いの館』という催し物が気になっているらしい。


「占い?」


「なんでちょっと嫌そうなのかな?」


 態度に出ていたのだろうか。

 そんなつもりはなかったが、バレているということは嫌そうに言っていたんだろうな、俺。


「いや、占いってどうせ適当なこと言うだけだろ?」


「そんなことないよ。いろんなことに基づいて結果を導き出しているんだから」


 結は占いの何を知っているのだろうか。それを言えば俺もだが。


「まして、文化祭で学生がしてるやつだろ。プロでも信じられねえのにアマチュアの占いが信じれるかよ」


「占い研の占いは当たるって評判だよ?」


 そうなの? と俺は聞き返す。そもそも占い研という部活を初めて聞いたぜ。


「うん。女の子の間では結構有名なんだ。だから一度行ってみたかったの」


「へー」


 でもなー、占いなー。

 ぶっちゃけ興味ねえなあ。どうせ信じないし。

 

「ねえ、行こーよ!」


 腕を持って俺の体を揺らしてくる。こうも熱心に言われると嫌だとも言えない。


 時間はあるし、仕方ないな。

 

「……そんなに未来が気になるのか?」


「うん。そんな感じ」


 適当な返事だな。その感じだと、別に理由があるように思える。考えたところで答えはない。


「じゃあ、行くか」


「うんっ」


 ということで俺達は占い研の部室へと向かう。部室棟にあるらしく、辿り着いてみると映研の近くだった。


 もうちょっと周りに興味持とうかな。


「ちょっと並んでるな」


「ね? 人気でしょ?」


 ちょっと人気のラーメン屋くらいには並んでる。見ると全員が大幕の生徒だった。しかも女子が多い。


 ちらほら見えるのはカップルだ。


 女子の間では有名というのは本当らしいな。


「確かにな。見るからに女子人気が凄いな。イケメンが多いのか?」


「女の子はとりあえずイケメンに食いつくみたいな偏見良くないと思うけど」


「違うの?」


 とりあえずイケメン好きでしょ。


「こーくんはイケメン?」


「自分で言うのも何だけどそんなことない」


「わたしはこーくんしか見てないよ?」


 俺の顔を覗き込むように結が言う。こういうことを平気な顔して言ってこられるとリアクションに困るんだよ。


「そりゃ、すげえ説得力だな」


「でしょ?」


 言って、結は小さくはにかんだ。どうやらちょっとは恥ずかしかったらしい。


「ということは店内がインスタ映えするとかか」


「こーくんはインスタ映えする?」


「しねえよ」


「わたしはこーくんしか見てないよ?」


「その理論は通じねえよ」


 インスタ映えする人間ってなんだよ。街中歩いてても声かけられまくりじゃん。


 そんな話をしていると俺達の番が回ってきた。時間にして三〇分くらいだろうか。


 思ったより待たされたが、それはつまりその分一組一組にしっかり時間を取っているということだ。


 大して期待はしてないが、お手並み拝見といきますか。


「おまたせしましたね」


 部室の中はおどろおどろしい雰囲気に包まれていた。占いの館と聞いて想像する部屋がまんま作られている。


 暗い部屋の中を何本かのろうそくが照らす。さすがにそれだけじゃ足りないのか、手元には別に照明が置かれていた。


 どうやら一人でやっているらしく、その人は黒い布のようなものを被っている。

 イメージ的には確かに被ってるけどこれ何か意味あんのかな。


「カップルで来たということは相性占いですかね?」


「いや、別にカップルじゃ「そうです!」


 俺の控えめな否定を結の全力の肯定がかき消した。

 ははーん、何か目的があるなと思っていたがこれのことだったのか。女の子はとりあえず好きだもんな、相性占い。


 こういうところの相性占いは接待で相性抜群とか言ってくれるんだよ。それで気分良くなれるんだからWin-Winなんだろうけどさ。


「お二人の名前をここに書いてください」


 言われて、結は差し出された紙に俺の名前を含めて二人の名前を書く。

 漢字一つ違うだけで結果が変わるというし、大事なのだろう。

 

「では占いますね」


 そう言って、占い師はタロットカードを取り出す。これに関してはもう本当に分からない。


 占いと言われてイメージするのはタロットカードと水晶玉のツートップだよな。


 タロットカードをシャッフルし、決められた位置に一枚ずつ置いていく。そしてそれを順にめくっていく。


「ふむ」


 短く言って、少し考える素振りを見せた占い師はようやく俺達の方を見た。


 暗くて顔はよく見えないが、まるで宝石のようなエメラルドの瞳だけが布の奥の闇から姿を見せていた。


「ハッキリ言いますね」


 えらく低い声でそんなことを言う。

 ということは悪いのか? こういうときは悪いこと言われた方が信じてしまうかもしれない。


 ちらと横目で結を見るとすごい不安そうな顔をしていた。相性最悪と言われてよく思う人はいないしな。


「私が今まで見てきたカップルの中で、あなた達は最も相性が良いですね。最高という言葉が最上級であるならば、その言葉で表現できないほどです」


 ごくり、と腹を括っていただけにその言葉を聞いて拍子抜けだった。それは結も同じようで、ぽかーんとした顔をしている。


「二人の付き合いは中々長いんですかね? 小さい頃からお知り合いですか?」


「はい、幼馴染みです」


「どちらかは分かりませんが、あまり最初の印象はよくなかったと出ていますが、どうなんでしょう」


 言われて、結はちらと俺の方を見る。


 良いか悪いかで言うなら、悪かったのかも。結も最初は俺のことをよく思っていなかっただろう。


 そう考えると、最初の出会いって悪かったんだなあ。


「だけど何故か離れることはなく、気づけばお互いにとって大事な存在に変わっていた。二人の過去を簡単に言うとそんな感じですか?」


「まあ、そうですね。だいたいは」


 こういうのって誰にでも当てはまりそうなそれっぽいことを言って思い込ませるバーナム効果を駆使すると聞くが、それにしては詳しく言われたのではないだろうか。


 ていうか、もう怖いくらいだ。


「占いというのはある種の未来予知だと私は考えます。もちろん、信じない人もいるでしょうが、私が見えたことを伝えたことによってお二人の未来が変わってしまう可能性はある。これから話すことはその未来のことですが、聞きたいですか?」


 正直、少し気になっていた。

 ここに来るまでは占いなんて大したことねえと思っていたが、この人はもしかしたら本物かもしれない。


 こう言ってくるということは、何かが見えたということだ。金払っても聞きたいまである。


 が。


 どうやら結はそうは思わなかったらしい。


「いえ、大丈夫です」


 言いながら、立ち上がる。


「え、いいの?」


 俺は驚き、隣の結を見る。彼女は俺の方を見てにこりと笑う。


「うん。相性が良いって知れただけで十分だよ。確かに気になるけど、でもそれを知るのが怖いとも思う。それを知ってしまったからこそ、その未来に辿り着かないっていう可能性だってあるかもしれないんでしょ?」


 その未来を知れば、その未来に向かうだけなので、むしろ一直線なのでは? と俺は思うのがだ、違うのか?


「今この瞬間に聞くか聞かないかで未来は分岐する。そしてまた別の機会に分岐する。そうやって、未来というのは創り上げられる。私は自分の見た未来は、あくまでもその中の一つでしかないと考えています。なので、彼女の言うことはあながち間違いではないと思いますよ。未来を知るということは、むしろその未来への道を閉ざすことに繋がるのかもしれません」


 難しい。

 つまりどういうことだってばよ?


 恋愛シミュレーションゲームのように、人生には様々な分岐点があり、その分岐の分だけ未来の可能性がある。

 というのが、この人の考え方らしい。


 その未来を知ることで、その未来への道を閉ざすというのは、俺にはいまいちピンと来なかった。


「軽い占いならいつでもしてあげるから、何か気になったらまた私のところに来るといいよ。私も君達のことを気に入った」


「はい。そうします」


 そう言って結は立ち上がる。

 どうやら占いはここまでのようだ。


 この人の占いを見て、俺の中の占いのイメージは少しだけ変わった。ぶっちゃけ恐ろしい。

 多分この先も占いを信じることはないだろう。ただ、この人の言うことは気に留めておこうと思えた。


 結が先に部屋を出て、俺もそれに続こうとした。


「君」


 その時、後ろから声をかけられたので俺は立ち止まって振り返る。


「はい?」


「一つだけ、いいかな? これは私のお節介でしかないから、聞きたくないならそれでもいいのだけれど」


 そう言われると気になる。

 というか、ぶっちゃけさっきの話だって聞きたいくらいなんだから、もうそのお節介を聞かないという選択肢はない。


「お願いします」


 俺の返事を聞いたその占い師は、暗くてよく見えなかったが少しだけ笑ったように見えた。


 そして、ゆっくりと口を開く。

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