第98話 実行委員のお仕事
文化祭実行委員会の主な仕事は期間中におけるトラブルの解決、及び回避である。
文化祭当日の見回りはもちろんだが、準備期間中も定期的な見回りが行われるらしい。
もちろん各々にも準備があるので頻繁には行われないが最低でも一回はみまわるよう巡回の仕事を任される。
そして本日。
俺はクラスメイトで同じ文化祭実行委員の倉瀬佳乃と共に校内を巡っていた。
「どこもかしこも文化祭ムードだね」
「そりゃ明後日には本番だからな。何ならそこまで迫ってるのに準備進んでなさすぎじゃねえか?」
どの教室を見ても準備万端と言えるようなクラスはなかった。
まあ文化祭なんて準備すら楽しんじゃうイベントだからな。ゆっくりしているのかもしれないが。
間に合わなければ意味はない。せいぜい残り二日、頑張ってくれ。
「それを言ったらうちもだけどね」
「……まあな」
我がクラスである二年三組もまだ完全に準備は終わっていない。俺達役者の練習も然ることながら何より衣装や大道具といった裏方関係がとにかく遅れている。
「ま、そういうピンチも含めてが文化祭ということで」
にっと笑い飛ばしてしまう倉瀬。言っていることは最もなのでこれ以上意見するのは止めておこう。
「ところで次のクラスはどこだっけ?」
倉瀬に聞かれて俺は手元の資料を確認する。ちなみに、やる気のない俺がどうして資料を持っているのかと言うと、「私は何が起こってもいいように常に両手をフリーにしておきたいんだよ」というよく分からない理由で押し付けられた。
実際、資料を挟んだバインダーを持って移動するというのは中々に面倒だ。
「一年二組だな」
「りょ。すぐそこだね」
わいわいと楽しそうに準備を進める生徒で賑わう廊下を突っ切り、俺達は一年二組の教室へと向かう。
一年二組といえば涼凪ちゃんと李依が所属するクラスだよな。確かメイド喫茶をするとか言っていたような。
見回りだとしても、少し楽しみではある。
「じー」
そんなことを考えていると、倉瀬が何か言いたげに俺の方を睨んでいた。
「なんだよ?」
「いや、可愛い後輩のクラスに行くってなった瞬間に八神の鼻の下が伸びてたって結に報告しようかと思って」
「結構な面倒事に繋がるからやめてくれ」
「屋台の焼きそば辺りで手を打ってやる」
「脅迫じゃねえか」
ていうか、当日焼きそばの屋台するクラスがなかったらその約束はどうなるんですかね。
倉瀬も冗談半分だったのか、その後は特にそれについては触れることなく、一年二組に到着した。
「失礼しまーす」
ドアは開いていたのでコンコンとノックで音を立ててから倉瀬が中に入っていく。
クラスの代表者に問題はないかを確認し、その後申請通りのことをしているかなどをチェックする。
その辺は俺より倉瀬の方が適任だろうということで押し付けた。まあ俺資料持ち担当だからな。
倉瀬も特に何も言ってこないから納得してるのだろう。
ということで、俺は邪魔にならないよう入口付近で倉瀬の仕事っぷりと教室内の様子を眺めていた。
一年二組は李依の言っていた通りメイド喫茶をやるようだ。
教室のあるところではメイド服を作っている。え、あれって手作りなの? ドンキとかで適当に買うんじゃないんだ。
またあるところでは当日のメニューについてを話し合っている。ちょっと遅くないですかね? その話し合っているメンバーがほぼ男子。
接客を女子がメインで行う以上、男子は裏方で支えることになる。皿洗いなどはもちろん調理も男子が担当していても不思議ではない。
そこはメイドさんに作ってもらいたいよなあ。
なんて、メイド喫茶に対する願望を抱いていると、とんとんと肩を叩かれる。
何だろうと思い振り返ると、ゆらゆらと揺れるツインテールが見えた。
「どうしたんですか、先輩?」
小日向李依である。
俺がこの場にいるのが不思議なのだろう。きょとんとした顔で可愛らしく首を傾げている。
「残念ながら李依のメイド姿はフラゲできませんよ?」
「別にそういう目的じゃない。実行委員の仕事でクラス回ってるんだよ」
「なーんだ」
つまんなそうに呟いた李依は唇を尖らせてさらに言葉を続ける。
「そこは嘘でも李依に会いに来たよって言うべきですよね?」
「それが嬉しいのか? 嘘だって分かってんのに」
「そういうものです。人間というのは単純な生き物ですからね」
人間を一括りにされても困るんだが。
俺としては良いことばかり言われると逆に言葉の裏側を気にしてしまう。そこが俺と李依の差であり、李依の良いところなのかもしれない。
「そういえば涼凪ちゃんは?」
「んー? いませんか?」
せっかくだから涼凪ちゃんの姿も拝んでおこうと探してみるが見当たらない。
李依に聞いてみたが彼女も涼凪ちゃんの居場所は把握していないようだ。
「さっきまではいたんですけどね」
「ふーん」
おかしいなあ、と李依が教室の中を見渡す。俺がここに来てから姿は見ていないので出て行ったということはないだろう。
考えられるとすれば既に教室にはいなかったか、あるいは死角というか見えないところにいるとか。
例えば、教室の後ろの方にある不自然にカーテンで仕切られたスペースとか。
そう思いながら、その場所をちらと見てみるとカーテンが揺れて中から数人の女子生徒が出てきた。
その中に涼凪ちゃんの姿があった。
「あー! ずるいー!」
そんな声を上げたのは隣にいた李依だ。
何がずるいのかと言うと、恐らく涼凪ちゃん他数名がメイド服に着替えていたことではないだろうか。
李依の声でこちらを見た涼凪ちゃんは俺の存在に気づき、恥ずかしそうに俯いた。
いや、恥ずかしがられても困るんですけど。本番では不特定多数の相手をその格好でしなくちゃならないんだぞ。
「先輩、どうしてここに?」
ぱたぱたと近づいてきた涼凪ちゃんが不思議そうに聞いてくる。
「文化祭実行委員の仕事で見回りをね」
「ああ、そうなんですか」
メイド服といってもその種類は様々ある。ロングスカートからミニスカート、長袖や半袖、胸元が開いていたり露出を控えていたり。
そんな中、このクラスのメイド服は比較的健全なもののようで長袖にロングスカートと露出が少ない。
男としては露出が多い方がテンション上がったりするが、必ずしもそうとは言えないな。
普通に似合っているし可愛い。肌を露出させないことで奥ゆかしさや清楚さが出ていてよりメイドっぽく思える。
逆に露出が多ければいいんだ、という意見を覆されてしまった。
「よく似合ってるね」
「ほ、ほんとですか?」
俺が褒めてみると涼凪ちゃんはにへらと表情を崩して喜んだ。そこまで喜ばれると褒め甲斐があるな。
「むう」
「どうした?」
涼凪ちゃんと話していると、隣にいた李依が分かりやすく膨れている。
「李依もメイド服着てくるのでちょっと待っててください」
「んな時間ねえよ」
言ってる間に倉瀬が聞き取りを終えてこちらに向かってきていた。俺のサボり時間もここまでのようだ。
「李依も先輩に褒められたいです!」
「……ちゃんと当日来るから。その日の楽しみにしとく」
「ほんとですか?」
「ああ」
「ちゃんと褒めてくれますか?」
「似合ってたらな」
「なら、今日のところは許してあげます」
何を許されたのかは分からないが、どうやら納得してくれたようだ。
そんな感じで涼凪ちゃんと李依と別れた俺は倉瀬と次のクラスへ向かうことにする。
「じー」
その道中、倉瀬がどういうわけか俺の方を睨んでいる。サボってたこと怒ってんのかな?
「なに?」
「いや、やっぱり結に伝えた方がいいかなと思ってね」
何を、とは言わなかったが倉瀬の言いたいことはおおよそ伝わった。当然やましいことなど一つもないが、問題は結がどう捉えるかだし、きっと面倒事になる。
つまり俺がここでするべきことは一つだけだ。
「倉瀬さん、喉とか乾いてないすか?」
「お仕事したからカラカラだね」
その後、次のクラスに行く前に俺達は自販機へ向かうことにした。
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