第89話 一年生ズと宮乃湊
たまには顔を出すかという気まぐれで俺は部室に足を運んだ。
「あ、先輩」
部室に入ると涼凪ちゃんと李依が楽しそうに雑談に華を咲かせていた。俺に気づいた涼凪ちゃんがぱあっと明るい笑顔を見せる。
「二人だけ?」
「はい。今日は来ない日なのかも」
へえー、と返事しながら適当なイスに座ろうとすると李依がダダダと勢いよく俺に駆け寄ってくる。
「な――にッ」
何だ何だと焦った俺にお構いなしにタックルをかましてきた。このタックルを見ればラグビー部は黙っていないかもしれない。
しかし、俺は倒れるあと一歩のところで踏ん張った。この粘りを見ればもしかしたらラグビー部は黙っていないかもしれない。
「なんだ急に」
「八神先輩があまりにも部室に来ないので李依の寂しさを思い知らせてやろうかと」
「……タックルでどう伝わるんだ」
「このタックルの重さが李依の寂しさです!」
タックルが重いというか、李依の好意が重い。こいつ彼女にすると結構面倒くさいタイプなのかもしれない。
「悪かったよ。これからはもうちょい顔出すようにするって」
「本当ですか?」
「本当だ」
「神に誓います?」
「誓う誓う」
「もし来なかったら罰ゲームですよ?」
「……ちなみに、その罰ゲームとは?」
「一日李依とデートしてもらいます」
ああー。
来る頻度増やすか。
李依と一日デートは疲れる度合いが想像できない。今度栄達を使って実験してみるか。
WIN-WINだろ。俺と李依が。
「……」
そんなやり取りをする俺と李依をじーっと見つめる涼凪ちゃん。その視線には何というか、恨めしさみたいなものがこもっている気がした。
涼凪ちゃんも俺が来ないことを良く思ってないのかも。まあ、彼女を誘ったのは俺だしな。
「涼凪も約束するなら今のうちだよ?」
「へ?」
「今なら先輩と一日デート確約なんだよ?」
「ちょっと待て、確約ってどういうことだよ。罰ゲームなんだろ?」
「李依とのデートが罰ゲームってどういう意味ですか!?」
「言ったのお前だよな!?」
来室五分でもう帰りたくなるくらい疲れた気がした。一年違うだけでここまで違いがあるのか、と疑問に思ったが李依が別格なだけか。
「おや、珍しく幸太郎がいる」
俺達がそんな感じでじゃれていると部室のドアが開かれる。中を覗いていたのは栄達だ。
俺がいることを不思議に思っているらしい。失礼な話だがそう思われても仕方ないくらい来てないから言い返せない。
「どうしたん? 今日は傘持ってきてないんだけど」
「俺が来たから雨降るみたいな発言やめろ。俺に天候を支配する能力は備わってねえ」
「雨なんてもんじゃないよ。土砂降りレベルさ」
ガハハと笑いながら栄達は部室の中に入ってくる。ドアを閉めないのでどうしたのかと思ったが、その理由はすぐに分かった。
「おじゃまします」
栄達の後ろについて、部室に入ってきたのは宮乃湊だった。
「八神。きみはひどい言われようだね。それだけで、きみの普段の態度が目に浮かぶよ」
「……うるせえ。ていうか、何でいるんだよ? 入部か?」
この時期に入部しても特にすることねえぞ。
とは言うが、栄達と来たというところからそうではないことは察せる。
「んー、それも悪くないけど今日は違うんだ。小樽くんが動画の編集で少し気になることがあるらしくて」
「お前そんなのできたっけ?」
俺の記憶では特別機械に強かったということはなかったはずだけど。そう思い聞いてみると、宮乃はパチリとウインクしながら人差し指と親指を少し離して俺に見せる。
「まあ、少しだけね。前の学校でちょっと教えてもらったんだ」
何も変わってない、てことはないんだなあ。
俺が感心していると、宮乃は俺に抱きついている李依や立ち尽くす涼凪ちゃんに視線を移す。
「というか、そろそろ紹介してくれないかな? そちらのお嬢さんが今にも噛み付いてきそうな勢いで睨んできてるんだけど」
宮乃が若干引き気味に李依を見る。釣られて俺もそちらに視線を向けると確かにすごい見幕だ。
主を取られた飼い犬のような感じ。
「どちら様ですか? 李依の小樽先輩とはどういう仲なのか、しっかり説明してもらいますから!」
「あら、そっちなの?」
李依の栄達推しに宮乃は驚く。
俺に抱きついてるしな。これだけ見れば勘違いするのも無理はない。
「まさか浮気ですか!? 李依の小樽先輩をたぶらかしたんですか!?」
「……僕は別に君のものではないのだけれど」
李依の焦りように宮乃はこみ上げる笑いを隠しきれず、くくっと含み笑いを起こす。
「心配しないでも、きみの小樽くんを奪ったりはしないよ。それに、そんな心配しなくてもきみはぼくなんかよりよっぽど魅力的だからね。奪えやしない」
「え、魅力的ですか?」
「うん。その可愛さには敵わないよ」
「あはは、そうですかねー?」
李依は上機嫌にうへへと笑う。なんて単純な奴なんだ。
それを見ていた涼凪ちゃんもその様子には呆れてしまったのか苦笑いを見せていた。
「こいつは宮乃湊。二学期から転校してきた俺の……中学時代の友達だ」
「よろしく」
俺が紹介すると宮乃はどうもっと手を挙げる。このフランクな調子といい、人見知りをしない奴だから基本的にどこにでも入ってこれるんだよな。
現に、瞬時に性格を把握した李依はもう手なづけている。
「そいつは小日向李依。そんで、あっちの子は橘涼凪ちゃん」
「……」
宮乃は涼凪ちゃんを神妙な顔つきで見つめる。その視線に居心地の悪さを感じたのか涼凪ちゃんは俺にヘルプの目配せをしてきた。
「どうした?」
んーっと唸る宮乃に尋ねると、ハッして表情を明るくした。まるで喉に引っかかった骨でも取れたような顔だ。
「喫茶店の子だ」
「喫茶店?」
ああ、そうか。
宮乃とは何度かすずかぜに行ったことがあったっけ。そうは言っても数えるほどなので記憶に残っていることが驚きだ。
「よく覚えてるな」
「ぼくは可愛い女の子は忘れないんだよ」
「おっさんみたいなこと言うなよ」
「……あの」
俺と宮乃が話していると涼凪ちゃんがおずおずと手を挙げる。俺達はどうしたのかと視線を移した。
「私も、覚えてます。お名前は初めて聞きましたけど、よく先輩といるところを見ましたので」
そういや中学も一緒だった。
それなら校内で見かけることもあったか。二年の時とかはよく宮乃といたからな。
「改めましてってことかな」
「あ、はい」
宮乃の差し出した手を涼凪ちゃんが握る。熱い握手を交わしていると宮乃が涼凪ちゃんの顔をじっと見つめる。
「あの、なにか?」
「……きみはどちら側なんだろうと思ってね」
「どちら、側?」
宮乃の言っていることが分からないのか、涼凪ちゃんは頭上にクエスチョンマークを浮かべていた。
「さて、自己紹介も済んだことだし、小樽くんのお手伝いでもしようかな」
思い出したように言った宮乃は、パソコンの準備を進めていた栄達のところに行ってしまった。
二人が作業を始めると、俺達は……というか俺は当たり前のように暇を持て余す。
帰ろうかな、とか思っていると李依に腕を掴まれる。
「……なに?」
「せっかく来たんだし、李依たちと遊んでください」
それもう部活中のセリフじゃねえんだよなあ。
とはいえ、特にすることもないのでたまには李依の相手でもするか。
「何すんの?」
「神経衰弱です。李依の得意ゲームなんですよ」
どうせ口だけだろうと思い舐めてかかると、めちゃくちゃ強かった。
こいつ記憶力いいんだなあ。
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