第88話 モテモテ野郎


「何してんの?」


 教室を出ると、宮乃が結に絡まれていた。俺の知る限りではこの二人に面識はないはずだ。


「あ、いや、急に呼び止められて」


「こーくん! ということは、やっぱりこの人……」


 俺の顔を見るなり、てててとこちらに駆け寄ってくる。その顔は何だか嬉しそうというか、スッキリした顔をしている。


「どうした?」


「この人、こーくんの中学の時の同級生だよね? ほら、アルバムに載ってた」


「アルバム? ……ああー」


 以前、結が俺の家に泊まることになった時に見ていたアルバムに宮乃は写っていた。


 その時に中学時代の友達だ、という話をしたんだっけ。結構前のことだからすっかり忘れてた。


「そうだよ。宮乃湊って言うんだ。近いうちに紹介しようとは思ってたんだけど、ちょうどいいや」


「紹介って!? こーくんと宮乃さんはどういうご関係なのかな? お友達なんだよね?」


 混乱したのか興奮しながら質問を重ねる結だった。


「友達じゃないよ」


 そんな結の質問に答えたのは宮乃だ。にやにやと笑いながら言う宮乃に、結はショックを受けていた。


「え、じゃあ……」


「うん。ぼくと八神は友達なんかよりもっと深い関係さ」


「おい、宮乃……」


 すると結が俺の胸ぐらを掴んでぶんぶんと揺らしてくる。これは相当にテンパっているな。


「どどどどういうことかな、こーくん!?」


「どういうこともなにも、ぼくと八神は親友だよ。ね?」


 そう言った宮乃はいたずら小僧のような笑いを浮かべている。こいつ、楽しんでやがる。


「しん、ゆう?」


 俺の胸ぐらを掴んだまま、結は呆然としていた。宮乃の言葉をまだ完全に理解できていないのだろう。


「そう。親友。それ以上でも以下でもないし、それ以上になることもないから安心して」


「……へ?」


「意地が悪いな、お前」


「いやあ、可愛くてさ」


 くくっと宮乃は笑ってみせた。


「宮乃さん、いい性格してるわね」


 俺の後ろで見物していた白河が恐ろしいものでも見るような顔をしながら言う。


 ほんとそうなんだよ。


「どうやら少し話は聞いてるみたいだけど、一応はじめましての挨拶をしておくね。宮乃湊です。八神の友達とは仲良くしたいから、仲良くしてね」


「……いじわるな人はきらい」


「あっはは、嫌われたもんだな」


 結はそう簡単に人を嫌うことはないし、あれはそこまで嫌っている態度ではない。

 とはいえ、宮乃もそれは雰囲気で察しているようだが。


「月島さんは、八神の友達ってことでいいのかな?」


「いいのかな?」


 ジトーっと俺の方を向いてくる結。何を期待してやがるんだ。そんな顔しても変わらんぞ。


「そうだな。幼馴染みだ」


「幼馴染みみたいです」


 その言葉は少し低めの声で発されている。怒ってはいないようだけど、思うところでもあるのかな?


 そりゃ、まあ、ないはずはないか。

 俺が結にしていることを考えれば、それくらいされて当たり前だし、何ならそれで収まっていることが不思議なくらいだ。


 今はまだ難しいけど、ちゃんと向き合わないとな。


「せっかくだし、月島さんもどう? これからみんなでお茶でもって話してたんだけど」


「あ、うん。じゃあ」


「ていうか、こんなとこで何か待ってたの?」


「こーくんを待ってたんだけど?」


 恨めしそうに半眼を向けられる。

 何か約束とかしてたっけ。思い返してみるが何もなかった気しかしない。


「なんかあったっけ?」


「んーん、何となく一緒に帰ろうかなって思っただけ」


 そうは言うが、雰囲気がそれだけでないことを知らせてくる。約束はなかったけど、気持ち的に一緒に帰りたかった。


 何かあるんだろうけど、言ってこないってことはそこまで重要じゃないんだろ。


「本当に何もないんだな?」


 夏休みの終わりに考えなしの結果面倒なことになったからな。自己完結せずにちゃんと終わらせよう。


 俺は学習能力があるのだ。


「うん。一緒に帰りたかっただけ」


 それだけ言うと、結は白河の方へ行ってしまう。性格とか全然違うのに仲良いよな、あの二人。


「いい子だね、月島さん」


「ああ、まあ」


「ああいう子がタイプなのかい?」


 俺の隣に来た宮乃が小声で話しかけてくる。先を歩く結と白河を追うように俺達もゆっくり歩き始める。


「別に、そういうんじゃないけど」


「でもまんざらでもない顔してたよ?」


「……気のせいだ」


 俺は自分の鼻から下を手で隠しながら言う。どんな顔をしてたんだ、俺は。


 すると、宮乃はくくっと笑い出す。

 どうやら嵌められたらしい。


「いや、いいんだよ。ぼくのことは気にしないでいいんだから、彼女にすればいいのに。あの感じなら八神が受け入れればゴールインだろ?」


「……そうなのかもしれんけど」


 それでいい、とは何故か思えない。

 何というか、自分の中の気持ちが整理できてないんだよなあ。


「好きじゃないのかい?」


「いや、そりゃ好きは好きだけど」


「歯切れが悪いね?」


「んー」


 何というか、言葉にするのが難しい。俺自身、まだこの気持ちの正体が何なのかハッキリと分かっていないのだ。


 結の好意を受け入れて、付き合うのは簡単だと思う。それは結にとっても、多分俺にとっても幸せなことなんだとは思う。


 けれど。

 その未来へ進もうとするとモヤモヤするのだ。それを晴らさない限り、前に進んだときに後悔するような気がして、踏み出せない。


「ま、急ぐことでもないと思うけどさ。あまりにもモタモタしていると、愛想尽かされるよ?」


「……重々、承知してるつもりだ」


 結が俺に愛想を尽かす姿は想像できないが、そう思っていると突然いなくなるかもしれない。


 あの時だって、別れは突然だったわけだしな。


「悩みの種が月島さんだけならいいんだけどね」


「どういう意味だ?」


 にやにやと笑いながら、宮乃はそんなことを言った。その視線は前を歩く結と白河に向いている。


「ん? いや、八神がモテモテ野郎になってて複雑な気持ちだなってことだよ」


「……ますます分からん」

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