第69話 八神家月島家合同キャンプ③


 晩飯を終えた俺と結は、酔っぱらい二人とその付き添いを置いて先に銭湯へと向かった。


 たまたまキャンプ場の利用客が少なかったからか銭湯には人がおらず、俺は大きな浴槽の独り占めにテンションが上がっていた。


 程よく温まった体を冷やそうと露天風呂へ繋がる扉を開けて先に進むと隣から戸惑いのこもった声が聞こえた。


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには結がいたのだった。


 これが前回までのあらすじ。

 そしてここからが本番だ。突然の遭遇に俺も結も思考が停止し体が固まっていた。


 幸いだったのは互いに素っ裸ではなく、大事な部分はタオルを巻いて隠していたこと。


「……」


「……」


 とはいえ、タオル一枚巻いただけの防御力ゼロに等しい格好で同級生の前にいるという事実は変わらない。


 タオルで隠れている控えめながら形が整った胸、きゅっと引き締まった腰、そして小ぶりなお尻。

 タオルから伸びる太ももや腕のところどころが赤くなっているのが気になった。


 髪は浴槽に浸かるのに邪魔だったのだろう、お団子にして纏めてある。


 結のあられもない姿を脳天から爪先までじっと見ていた俺はようやく我に返る。


「お前、何でここにいるんだよ?」


「そ、それはこっちのセリフだよ? ここは女風呂なのに!」


「いや、確かに男風呂から繋がってた……ぞ」


 考えうる結論は一つだけ。

 結も俺と同じ結論に至ったのだろう。小さく息を吐いていた。


 ここは混浴ってことか。


 俺は慌てて結に背中を向けた。

 そういうことなら、ここは引くべきだろう。混浴といっても、さすがに結と二人で入るのは気が引ける。


 俺が、というよりは結がそれをよく思わないだろう。しかし、あいつは優しいから、俺が言い出さなければ言ってこないかもしれない。


 だから、俺が先に動くのだ。


「俺、戻るな。ごめんな、ちょっと見ちまった」


「あ、うん……」


 照れているのか、いつものような元気がこもっていない返事が聞こえた。


 そのまま中に戻ろうと歩き始める。


「ち、ちょっと待って!」


 再び、俺の背中に声が届く。

 もちろん俺は一度足を止める。しかし、後ろを振り返ることはしない。


「どうした?」


 顔は合わせないまま聞く。

 思いが言葉になる前に俺を呼び止めたので、結はどう言おうか悩んでいるのだろう。

 少しだけ、沈黙が起こった。


「あ、あのね」


 そして、意を決したように言葉を吐き出す。


「せっかくだから、ちょっとお話しよ?」


「いや、でも」


 俺が言わんとしていることは伝わっているだろう。何せ、結も顔を赤くしていたのだから。


「背中合わせにすれば大丈夫だよ」


「大丈夫、なのか……?」


 疑問しかないが、結がそう言うのなら俺としては別に構わないけど。とはいえ、気が気じゃないので話に集中できるか不安だ。


「わたし先に入るから、こーくんはそのまま後ろ向いててね」


「ああ」


「見ちゃだめだよ?」


「見ないよ」


 そんなに嫌なら一緒に入る提案なんかしなけりゃいいのに。なんて考えながらも、俺の心臓はバクバクとかつてない仕事っぷりを見せている。


「もういいよ」


 結の言葉に俺は振り返った。

 岩に囲まれ、木製の屋根の下にある露天風呂。

 言葉通り、結は浴槽に浸かりこちらに背中を向けている。


 向けているのだが……。


「なんでタオル外してるんだよ!?」


 結は体に巻いていたタオルを外して岩のところに置いていた。どんな顔をしているのかは見えないが、耳が赤いのは確認できた。


「だって、浴槽にタオルは浸けちゃだめだし」


「そうだけど……」


 律儀に守らなくても、とは言えなかった。ルールはルールだし、だとすればそれは守るのが当然だ。

 結がその当然なことを破るとは思えない。

 そうなると、俺も取るしかないんだよなあ。


 何にも隠されていない背中を見ると、どきどきしてしまう。湯船は普通に透明なので、背中からお尻までのラインもばっちり見えている。

 多分だけど、これは見てはいけないところだろう。


 目の前に結がいるのに、腰に巻いたタオルを取るのは変な意味でどきどきした。


 お互い背中合わせになったところでようやく落ち着く。結の姿を見ずに、裸であることを意識しなければ思っていたよりは普通の精神状態でいれた。


「あはは、やっぱりちょっと緊張するね」


「ようやく意識しないようになれたのに、改めて言うな」


「ごめんね」


 言って、結は笑う。


 他に人がいないので静かだった。

 聞こえてくるのはよく分からない虫や鳥の鳴き声と、遠くから微かに聞こえる騒ぎ声。

 まさかとは思うが、これは恐らくうちの人達だろう。


「そういえば、昔はよく一緒にお風呂入ってたよね」


「そうだっけか?」


「うん。二人で外で遊んで、泥だらけになって帰って」


 昔の結は今よりもずっとやんちゃだったから、外で遊ぶことも多かった。

 大いに振り回されたものだ。


 俺の家でも、結の家でも、確かに入っていたような気もする。


「あの時はまだ子供だったから何も思わなかったけど、今はもうあの頃のようにはいかないね」


「そりゃそうだ。もう子供じゃないんだからな」


 お互いに変わったのだ。

 肉体的にも、精神的にも、大人になった。

 長い人生から考えればこの数年ごとき大したことはないのだろうけど、少なくとも俺も結もあの頃とは違う。


 変わったから、こんなにもどきどきしている。


「でもね、変わらないものもあるんだよ」


「変わらないもの?」


「うん」


「何だよ?」


 俺が尋ねると、結は考えるように唸った。そして、くすりと小さく笑う。


「んー、今はまだ言わないでおくね。変なことを言って、こーくんを困らせたくもないし」


「……何だよ、それ」


「ちゃんとこーくんが心の準備ができたときに、改めて言うね」


 結が何を言おうとしていたのか、何が言いたかったのか、何となくの予想はついていた。


 でもそれは俺の予想でしかなく、答えを確認することはできない。

 いつか来る、その時までは。


「そろそろ上がろっか」


「そうだな」


 言って、二人して立ち上がる。


「俺からじゃねえの!?」


「ここはわたしからだよね!?」


 そんな感じで、俺達は露天風呂を堪能? したのだった。


 銭湯を出て、ロッジに戻るとようやくどんちゃん騒ぎを終えた二人が部屋の中で寝ていた。


「……ああ、帰ってきたのか。すまないね、起こしたんだけど中々起きなくて」


「はあ」


「本当は一階と二階で男女分けをするつもりだったんだけど、この調子でね。悪いけど、二人は上で寝てもらえるかな?」


「え」

「ん?」


 おじさんの言葉に俺達は声を合わせる。

 今この人なんて言った?


「本来なら若い男女が同じ部屋で寝るなんて言語道断だが、幸太郎君なら許そうじゃないか。間違っても結に手を出したりはしないだろうからね」


 なんかめちゃくちゃ念を押された気がする。

 いや、手を出すつもりなんて毛頭ないが。あるならさっきの露天風呂で既に襲いかかっているし。


「それとも、このいびきの中で眠るかい?」


「いや」


「それは……」


 結局、俺達は互いに顔を見渡してから黙って二階に上がるのだった。

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