第68話 八神家月島家合同キャンプ②


 八神家、月島家の合同キャンプ。

 昼飯を食べた俺達はおだやかな時間を過ごした。


 森の中だし特にこれといったレクリエーションもなく、俺は芝生に寝転がりながらぼーっと川の流れを眺めていた。


 少しすると結がやってきて横に座る。特に会話があったわけでもないが、沈黙が気まずいということもなく、ゆるやかに時間が流れていく。


 気づけばいつの間にか寝ていたようで、目を覚ますと結の顔が目の前にあった。


「……何してんの?」


 まだぼーっとしている頭のまま、俺は結に問いかける。きょとんとした顔の結はそのまま首を傾げる。


 それ全部俺のリアクションなんだよなあ。


「寝顔を見てたんだけど」


「……起こせよ」


「いやあ、気持ちよさそうに寝てたからついつい眺めてしまいました」


 あはは、と頭を掻きながら結は笑って誤魔化した。


「まあ実はわたしもさっきまで寝ちゃってたんだけどね」


 言いながら結はぐっと体を伸ばす。

 ちらと腕を見ると蚊に噛まれて赤くなっている。夏だし、こんなところで肌剥き出しで寝てたらそりゃ噛まれるな。

 俺もところどころかゆいし。


 真夏だけど、自然の中だからか程よい温度だった。時間を見ると夕方で、何なら少し冷えてきたくらいだ。


 都会かどうかでここまで変わるんだなあ。


「いったん戻るか」


「そうだね」


 俺達はロッジへと戻る。

 その道中、いいにおいが俺達のお腹を刺激してきた。昼飯は食べたけどそうめんだったし、空腹といえば空腹だ。


 バーベキュー特有のにおいに俺達のお腹はぐうと鳴る。


「あ、起きたの」


 戻ると肉やら何やらを焼いていた。

 母さんとおばさんは既に缶ビールを開けており、おじさんは焼き役に徹している。


「お肉焼くから呼びに行ったら二人仲良く寝てたから放っといたのよ」


「いや起こせよ。おかげで体のそこら中がかゆくて仕方ない」


「確かに……」


 結も言われて気づいたのか、途端に体のところどころを掻き始める。肌が白いから赤く腫れたところがよく目立つ。

 それに半袖短パンと露出度高めだから蚊にかまれた位置も幅広い。


「食べる?」


 おばさんが焼けた肉と野菜を皿に置いて差し出してくる。早い時間から晩飯を食べるから昼は少量だったのか。


「いただきます」


 母さんらが一人用のイスを占領していたので俺と結は二人がけのイスに座る。


 結はコップと飲み物を用意してきてくれた。


「さんきゅ」


「お茶でよかったよね?」


「んー」


 食事中はあまりジュースを飲みたいと思わないので、俺はお茶を望む。それを知っていたのか、結はお茶を用意してくれた。


 肉は焼いてから少し時間が経ったせいか若干固かった。でも普通に美味い。

 外で食べるだけで味が変わるとは思わないが、気持ちが違うからか感じる味も不思議と変わっているように思えてしまう。


 悪くない。


「ちゃんと野菜も食べなきゃだめだよ」


「わかってるよ」


 おかんか。

 言われて俺は玉ねぎやらピーマンやらを口に運ぶ。焼肉のたれにつければどれもわりと美味いんだよ。


 その間にも結は新しく焼けた肉を取りに行ってくれる。


「ほんと、結ちゃんはよくできた子ね」


 そんな姿を見て、母さんが感心の声を漏らす。それに関しては否定しないけど、ばばくさいセリフだと思う。


「いつでもお嫁に来てくれていいからね」


「あ、はい。その時はよろしくおねがいします」


 結もまんざらでもない感じで返す。

 空になった缶が既に何本かあるので二人はもう出来上がっているのだろう。


「そういえば結、こーくんと結婚する! ってずっと言ってたわね。料理の練習とかも頑張って」


「えー、幸太郎あんたモテモテじゃないの!」


「これからも末永く」


「よろしくおねがいします」


 母親コンビは二人だけで盛り上がる。

 それに巻き込まれるこっちの身にもなってほしいが、そんなこと酔っぱらいに言っても無駄か。


「あはは、お母さん達すごいね」


「酒飲むとうるせえからな。うちの母は」


「うちもだよ」


 それは目の前の光景を見れば一目瞭然だ。気が合うのかずっと盛り上がっている。

 さすがにそのテンションずっと続かないだろうけど、めちゃくちゃ楽しそうなんだよな。


 俺も酒飲んだらああなんのかな。


 なんてことを考えながら、俺達はゆっくりと話をしながら晩飯を食べた。満腹になった時には辺りはすっかり暗くなっていた。


 ちまちまと食べているおじさんはともかく、母さんとおばさんがまだ食べていることに驚く。

 もう何本目かも分からない缶ビールを開けて、さらにお酒を煽る。飲んでるだけで多分あんまり食べてないんだろうな。


 まだまだ終わりそうにない。


「幸太郎君。そこの坂を登っていくと銭湯があるから、先に結と言っておいで。この二人は僕が見ているから」


「あ、はい」


 おじさんが呆れたように言う。この二人に付き合うとなると終わりが見えない。

 それを分かっているからこそ、あの表情なのかもしれない。


 俺と結は一度ロッジの中に戻り、準備をして銭湯へ向かった。


 この施設の利用者用に用意されたもののようで、外観だけ見ればそこまで大きくもなかった。


「それじゃあまた後で」


「うん。先に帰らないでね。暗いの怖いから」


 ここに来るまでの坂道、明かりが一切なかったので真っ暗だった。あの道を一人で歩くのは確かに気が引ける。


 中は昔ながらの銭湯といった感じで、入口こそ別だが、脱衣所は男風呂と女風呂が暖簾一枚で繋がっている。


 利用者は好きに使ってくれというスタンスなようで、番台さんも見当たらない。

 ここまで無法地帯なのもどうなのだろうか。


 俺は服を脱いでさっさと風呂に入ることにした。


 大きな浴槽の他にジャグジーなどの小さな浴槽が二つ。自由に使ってくれというわりには悪くない。

 奥には扉があり、恐らく露天風呂に繋がっているのだろう。


 先に体を洗うことにした俺はシャワーで体を濡らしてタオルで体を擦る。

 洗い場の壁の上の部分は空いていて、そこから女風呂が覗けることが予想される。


 まあ、覗かんが。


 そもそもキャンプ場利用者が少ないからか、俺の他にお客さんはおらずこの広い浴槽を独り占めできるとなると中々にテンションが上がる。


 屋内の浴槽である程度体を温めたので、次は露天風呂で涼みながら楽しむとするか。


 カラカラ、と軽い扉を開けて外に出ると夏とは思えない涼しさに驚く。

 体温が上がっているというのもあるけど、やっぱり自然の中だから涼しいのだろう。


 予想通り、扉の先は露天風呂だったようで俺はうきうきしながら浴槽へ向かった。


「……ん?」


 人の声がした。

 どちらかと言うと、戸惑いの意味が含まれたようなついつい漏れ出たような声には聞き覚えがあった。


 ていうか、結だった。

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