第64話 アイスケーキ


 夏合宿が終わり、いつの間にか一週間が経っていた。

 あれだけの大きなイベントが終わろうとも、夏休みはまだまだ続いている。


 なんと幸せなことだろう。


 とはいえ、この一週間何かしたのかと言われると何もしていない。

 涼凪ちゃんのお店でバイトを始めたので、そこへ向かう以外は家でダラダラしていた。


 毎日毎日、宿題と向き合ってはいるが一向に進まない。俺は自分が思っている以上に集中力がないようだ。


 そろそろ夏休みも折り返しということで、当初の計画では宿題はほぼほぼ終わっていて、あとは延々とダラダラする予定だったのだ。


 が。

 結果はこれ。

 上手くいかないものだ。


「……」


 今だって気づいたら漫画読んじゃってるし。

 分かってるんだ。

 しちゃいけないことだっていうのは。それでも抗えない。常に宿題をしなくていい理由を探している。


 家にいるのがよくないのか。

 何かと誘惑するものが多いから気が散って集中できないんだな。


 どこか外でやるか。


 俺は宿題をカバンに入れる。

 すすかぜでアルバイトするようになって一つ困ったことがあるのだ。それは気軽にあそこに行けなくなったこと。


 知り合いが多い場所になって何となく落ち着かない。あと忙しいと申し訳ない気持ちになる。


 とりあえずアルバイトをしている間はプライベートで行くのを控えているのだ。


 なので、こういうときにどこへ行こうか悩むようになった。


 その時。

 ヴヴヴ、とスマホが震える。


「なんだ」


 メッセージを受け取ったらしく、俺はスマホを確認する。この時間帯だとだいたいが業者からの迷惑メールか栄達からの迷惑メールのどっちかなんだけど。


『今何してる?』


 結からのメッセージだった。

 何してるかと言われたら何もしてないんだけど。ありのままの今を返信する。


 返事を送るとすぐにスマホが震えた。結からの着信だ。


「もしもし?」


『あ、こーくん。今大丈夫?』


「ああ。さっき送ったとおり、これから宿題をする場所を探す旅に出るところだ」


 そのまま適当に散歩して終わってしまう確率が非常に高い。良くて、いい場所見つけて今日は退散コースだな。


『あ、じゃあちょうどよかった。うちに来ない?』


「なんで?」


『一緒に宿題しよーよ』


「そっちの要件はなんだったの?」


『こーくんがうちで宿題してくれれば解決するようなもんだよ』


「……嫌な予感しかしねえぞ」


『まあまあ。それじゃ、部屋の掃除して待ってるね』


「あ、おい俺はまだ――」


 ブツリ、と俺が最後まで言葉を発する前に通話は切られてしまった。

 結の家に言って宿題をする未来が見えない。いや、でもあいつも一緒にするとか言ってたし、なら大丈夫か?

 監視の目があればやらざるを得ないしな。


「しゃあない。行くか」


 これから断りの電話を入れるのも面倒だし、そもそも断っても受け入れてくれなさそうだ。


 ポジティブに考えれば宿題する場所が見つかったことになる。


 俺は家を出て結の家へ向かう。互いの家の距離はものの数分なので苦労も何もない。


 が。

 外は暑く、日差しが強いせいで数分の徒歩でも汗をかいてしまった。


 到着したのでインターホンを押す。


 そういえば、高校生になってから結の家に行くのは初めてだな。子供の頃は何度も入ったが内装はあのままなのだろうか。


 なんか、途端に緊張してきた。


「どうぞ」


 ドアを開けて結が顔を出す。


「おう」


 緊張してるのバレるとからかわれるので、俺は平然を装う。


 家の中だからか結の格好はいつもよりユルイ感じがする。

 ノースリーブの白いセーターにショートパンツと、いつもより肌色成分高め。

 髪はローツインテールでいつもより大人しい印象を受ける。


 リビングに案内されて、椅子に座らされる。


「ちょっと待っててね」


「え、なに?」


 結はキッチンへ移動し、何やらカチャカチャと準備をしている。


 待っている間は暇を持て余すので、ぼーっとリビングを見渡す。

 子供の頃に見たリビングとは景色が全然違う。そもそも和室か洋室かって時点でもう違う。


 何となく気になったのはテーブルと一緒にセットされている椅子が四つあること。


「なあ、結って三人家族だよな?」


「そうだよ。それがどうかしたの?」


「いや、なんで椅子が四つあるのかなと思って」


 俺が聞くと、結はああーと軽く声を漏らす。あのリアクション的に、聞かれたことあるのかな?


「いつこーくんがご飯食べに来てもいいように置いてるんだよ」


「嘘つけ」


 そんなことあってたまるか。

 俺がツッコむと、結は笑いながら言葉を続ける。


「あはは、わたし的にはその理由が大きいんだけど、最もな理由としてはお父さんのお友達とかが来たりするから。ま、お客さん用って感じかな」


「そういうこと」


 それに三つじゃ収まりよくないしな。


 そんなことを話していると、結がお盆にお皿を乗せて運んできた。

 結は俺の正面に座り、それぞれの前にお皿を並べる。


「……一応聞くけど、これ何?」


「ケーキだよ」


「いやそれは見たらわかるよ」


 堂々たるショートケーキだった。

 一切れは一切れだけど、それがえらく大きい。


「あ、でもただのショートケーキじゃないんだよ。夏に相応しいアイスケーキなんだ」


 じゃじゃーん! とでも言うように結は自慢げに披露する。


 そういうことじゃないんだけど。


「買ってきたの?」


「んーん。作ったの」


「これを?」


「うん。することなかったから何か作ろうかなーって思って」


 それでアイスケーキ作ろうとはならないだろ。そんなホットケーキ作るくらいのテンションで言われても。


「で、いっぱい作ったからこーくんにも食べてもらおうと思った次第です」


 何かあるとは思っていたけど、まさかアイスケーキが待っているとは予想できなかったな。


「そういうことなら、いただきます」


 結の料理スキルは今や疑う必要がない。今まで何度も結の手料理は食べてきたが全て美味しかったし、これも間違いないだろう。


「うん、美味い」


 一口食べて、率直な感想を漏らす。

 結は「よかった」と分かりやすく喜んでいた。


「おじさんとおばさんは仕事?」


「今日は休みだよ。二人とも出掛けてる。なんか今度行く旅行の買い出しなんだって」


「へー。相変わらず仲いいな」


「でしょー?」


 なぜか結が誇らしげだった。

 旅行ということは結も行くんだろうな。夏休みだし、そういうのがあってもいいよな。


 うちは久しくそういうのはない。もともと俺はアウトドアなタイプじゃないから全然いいんだけど。


「どこ行くんだ?」


「まだ詳しく聞いてないんだ。なんか急に決めたみたいだから」


「そうなんだ」


 そんな感じで近況報告をしながらアイスケーキを味わった夏休みのある日の午後。


 もちろん、宿題はできていない。

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